194話 アズリア、女中に止められる
この話の主な登場人物
アズリア 魔術文字とクロイツ鋼製の巨大剣を扱う女傭兵
ベルローゼ 白薔薇公爵当主
カサンドラ 大楯を使う熊人族の重戦士
ファニー 風魔法を得意とする鹿人族の魔術師の少女
エルザ 両斧槍を振り回す猪人族の少女
すると、警戒を強めたアタシとベルローゼら四人との間へ割り込んでくる人影が。
「お待ち下さいませ、アズリア様」
恭しく頭を下げ、一歩前に出ようとしたアタシを制したのは。
戦場となったこの場に全く相応しくない、貴族の屋敷で働く女中の仕事着を身に纏った黒髪の女性だった。
「……へ?」
場にそぐわない姿格好の人物を目にしたアタシは、すっかり毒気が削がれ。間抜けな声を漏らしながら、踏み出そうとしていた足を止め。
もう一度、冷静になってベルローゼを見ると。砂漠の国で遭遇した時のように好戦的な態度ではなく。戦意を宿したアタシの視線に対し、あり得ない程に怯んでいたからだ。
……まるで別人か、と思える程に。
「あ、アンタ……ホントに、あのお嬢なのかい?」
直情的なアタシは、昂りを鎮める代わりに胸に湧いた疑問を即座に口にしてしまうと。
その問い掛けに、頭を下げていた女中は白い手袋を付けた指で口元を隠しながら。アタシが抱いた疑問に答えていく。
「アズリア様。信じられないかもしれませんが……この方は間違いなく、あの、エーデワルト公爵家の当主であるベルローゼお嬢様でございます」
「と、当主、だってッ?」
「はい。この度、ベルローゼお嬢様は正式にエーデワルト公爵家の当主の座を継承いたしました」
女中の答えは、アタシが知りたかった内容ではなかったものの。
まさか、ベルローゼが公爵家の当主となっていたとは。
砂漠の国で聞いた時には、まだ代理だった立場が。完全に公爵家の跡を継いだ、という事実を知り。帝国で、皇帝に次ぐ権力を持つ「帝国の三薔薇」の一家・白薔薇公爵家の当主ともあろう人間が、何故この国にいるのか。さらに疑問は深まっていったが。
帝国の権力者となったベルローゼが、よもや他国の王子の面子を守るためや、海の王国の賞金首を狙うとは思えない。
アタシは、目の前に現れた女中やベルローゼらからなるべく顔を逸らないよう。背後で警戒していたヘイゼルを一瞥し。
「……とりあえず、海の王国絡みの話じゃないのは理解出来たよ」
後ろ手で、警戒心を下げるのと単発銃をしまうように合図を出す。
声を出さずに、手振りだけでの合図というのは、本来だと綿密な相談を事前にしておく必要がある行為なのだが。
さすがに「武器をしまえ」と声に出すわけにはいかなかった、アタシの精一杯の行動だった。
だが、それなら尚の事。
ベルローゼがこの場にいる意味が理解出来なくなった。
白薔薇の公爵となり、領地を統治する役割を背負っている筈のベルローゼが。何故に帝国が交流していないこの国などを訪れたのか。
何らかの帝国の施策として、国の使者としてこの国を訪れたのであれば。護衛にはカサンドラら冒険者ではなく、帝国、もしくは白薔薇の紋章を刻んだ騎士を引き連れている筈だ。
考えれば考える程、アタシは困惑する。
「じゃ、じゃあ……何でアンタはこんな場所に、ッ?」
しかもエルザの口振りからは、依頼主がわざわざアタシを目当てにこの国まで追い掛けてきた、というようにも解釈出来た。
それこそ、アタシの理解が追い付かない。
アタシが帝国を出奔してから、もう八年も経過していた。
無断で国を去った時の罪を問うならば、砂漠の国で偶然に遭遇した際にでも口にするべきだろう。だが、あの時ベルローゼは八年前の罪を問わなかった。
それどころか、自分から斬り掛かっておきながら不敬の罪をアタシへ問うてきたのだ。
もし魔族の大侵攻などなければ、地面に頭を擦り付けての謝罪など応じる事はなかっただろう。
「……あ、アズリア」
考え事をしていたアタシに、声を掛けてきたのは。
カサンドラやエルザ、ファニーの獣人族三人組でも女中でもなく──ベルローゼ当人だった。
見ると、何かを言いたげな表情を浮かべていたものの。ベルローゼが話し出すのを待ってはみたが、待てど暮らせど彼女が口を開くことはなく。
「……お嬢様」
「わ、分かってますわっ、で、でも、っ……」
アタシ以上に沈黙に耐え切れなかったのか。側に控えていた女中が、口を開くようベルローゼの背中を押そうとするも。
どうも、何かに躊躇をしているのか、上手く言葉にして口に出せないベルローゼの様子に。
「さっき、あの使用人はベルローゼ本人だと言ったばかりだけどさ……アタシゃ、あんなお嬢を見たコトない、ねぇ……」
アタシは正直な感想をポツリ、と漏らす。
すると、聞こえないよう声を加減したにもかかわらず、目の前にいたベルローゼの眉が微かに動く。
「今……何か、聞こえたのだけど」
「いえ、気のせいでございましょう、お嬢様」
女中が誤魔化してくれたことで、それ以上の追及はされなかったが。
もし、今の独り言がベルローゼの耳に入っていようものなら、憤慨すること間違いなしだったろう。
少なくとも、幼少期のアタシが知るベルローゼという人物像はそういう性格だった。
一言で表せば、地位を鼻にかける嫌な人間だ。
確かに、幼い頃から公爵令嬢としての人望や能力は優れていたようだが。
アタシに対してだけは明確に敵意を露わにし、母親にも見捨てられた貧しい生活を嘲笑う行為を繰り返すだけでなく。アタシをまるで奴隷扱いで連れ回そうとしたのだ。
当然、そんな扱いをされ拒絶しないわけがない、アタシがベルローゼを無視すると。
ついには彼女が吐いた「悪魔の子」の一声によって、彼女を支持する子供だけでなく、大人もがアタシに罵声や石を投げ出したのだ。
そのベルローゼはいつも子供らの先頭に立ち、自分の意見や主張を真っ先に口にしていた記憶しかない。
まあ……貴族の令嬢によくある、自分の意見が通らないと癇癪を起こし。その矛先は間違いなくアタシに向けられていたのだから堪った話ではないが。
目の前で、アタシにかける次の言葉がまるで出てこないベルローゼの姿など。あの時のアタシなら、まるで想像する事など出来なかっただろう。
──しかも、である。
「お嬢を含めた、あの連中……別の通路からやってきたわけじゃないんだよねぇ」
アタシは一度、目の前でいまだ躊躇から沈黙を守ったままのベルローゼと女中から目線を外し。
ベルローゼ、カサンドラら三人組の後ろ。二の門へと通じる道へと目線を移した。王城を外敵から阻む目的で建てられた城壁と城門だ、別の侵入経路などある筈もない。
となれば……彼女らが三の門へと到着するには、二の門を突破しなければならず。
現在、二の門ではイズミやナルザネ、その他黒幕であるジャトラに明確な叛意を示した連中が。ジャトラ配下の「四本槍」と名乗る三人と戦っていたのではなかったか。
「……な、なあ、アンタら?」
「ん?」
「何。アズリア?」
「いいのかよ、オレらに構っててさあ」
アタシは、依頼主であるベルローゼに構いっきりですっかり放置していたカサンドラら三人組に。そっと小声で聞いてみることにした。
「ここに来る前に、四本槍とかいう連中が確か……立ち塞がってたハズなんだけど、さ。アンタら、どうやって三の門まで来れたんだい?」
小声でのアタシの質問を聞いた三人は、互いに顔を見合わせながら。さすがはずっと三人組で活動しているだけあって、表情と手や指の動きで声を出さずに会話を繰り返していき。
「そりゃ、その四本槍って奴を倒したからさ」
エルザは笑いながら、そうアタシに答えたのだ。




