193話 アズリア、四人の前に現れたのは
フブキの治療の手を止めさせた人物の顔を確かめるべく、アタシが声の方向へと振り返り、視線を移すと。
アタシらがやって来た二の門からの通路を、こちらへと進んできていたのは。
「あ……アンタらはッ?」
それは、海の王国でアタシとユーノが、故あって手を貸していた三人の獣人族の女冒険者らだった。
三人は、海の王国で暗躍していた獣人売買組織に囚われの身だったのを、偶然ユーノが発見し。
組織を壊滅させるために共闘したり、王都ノイエシュタットに迫る危機にも一緒に立ち向かったりした関係だった。
アタシらが逃げ出すように海の王国から出る前に、港街モーベルムを拠点とするグラナード商会の専属冒険者になった……と聞いていた筈だが。
「お久しぶりです。あの時は本当にお世話になりました」
姿を見せたばかりなのに、丁寧な挨拶をしてくるのは熊人族のカサンドラ。
アタシと変わらないくらいの大柄な体格に、全身を覆う全身鎧を装着し。小柄なユーノがすっぽりと隠れてしまう程の大楯を片手で扱う重戦士だ。
「……うん。アズリアにはいくら感謝しても足りない」
「あ、ありがとよッ」
ボソリ、と小声で感謝の言葉を漏らしながらも。アタシから視線を合わさず、顔を逸らしていく小柄な少女は鹿人族のファニー。
頭からは、形状こそ似てはいたが。先程アタシが戦ったオニメの刺々しい角とは違う、先端が丸くなった二本の立派な角を生やしている彼女は。手に握っていた魔法の杖から分かる通り、風属性の魔法を得意とする魔術師だ。
「そ、そんなコトよりだよッ!」
二人からの言葉を受けて、思わず少しばかり和んでしまったが。
我に返った頭に浮かんだ疑問を、三人に包み隠すことなくぶつけていくアタシ。
「……な、何で海の王国で冒険者やってるアンタらがこの国にっ?」
「あー……仕方ねぇだろ。あんたを追っかけるのが依頼主の要求だったんだからよぅ」
両肩に愛用武器の両斧槍を担ぎながら。他の二人と違い、少しばかり粗暴な態度でアタシに接するのは猪人族のエルザだ。
ユーノやファニーと同じくらいの短躯ながら、自分の背丈ほどもある両斧槍を振り回す戦士……なのだが。
チラッとアタシは、魔力を回復させるために眠りに就いていたユーノに視線を落とす。
「そのユーノは、今寝ちゃてるんだよ、ねぇ」
エルザは、同じ獣人族のユーノから直接戦い方を師事された、言わば「ユーノの弟子」でもあったからか。アタシへの態度とは違い、ユーノには丁寧な口調で話す。
もしユーノが目を覚ましていれば、他の二人のように再会の挨拶が出来たのだろう。そう思うと、残念でならないが。
「……それよりも、だ。エルザ」
まずは、つい今しがた彼女が口にした言葉の内容で、あまりに気になった箇所を本人に確認しようとする。
「依頼主って、誰の……何のコトなんだい?」
エルザの言う依頼主の目的が、何故にアタシらなのか。そして、何故アタシらがこの国に入った事を知っていたのか、だ。
アタシにユーノ、ヘイゼルの三人は。この国を訪れる一月は前には、海の王国に滞在していたが。
魔法で籠絡し、その上で「ユーノに求愛をする」という不埒な真似をした第一王子を。大勢の貴族や国王の面前で鉄拳制裁したのが原因で、国を逃げるように退去した経緯があり。その後に海軍の追撃があった事から、アタシらに懸賞金が懸けられている可能性もある。
それにヘイゼルの海賊団は海の王国では元々、数々の悪行から。かなり高額の懸賞金が懸けられてもいた。
海の王国で冒険者稼業に精を出す三人に、アタシらの行き先を追うのを依頼した人物。
その目的は、アタシらの身柄の確保か生命。
アタシらを倒した証拠を海の王国へと持ち帰り、高額の懸賞金を受け取る事。もしくは、大勢の前で鉄拳制裁という恥辱を味わった報復かもしれない。
アタシは三人に悟られないよう、最低限の頭の動きで、背中の後ろへと視線を向けていくと。
突然、この場に面識のない人間が現れたことで警戒心を強めていたヘイゼルは。いつでも単発銃を握れるよう身構えていた。
勿論、アタシも例外ではなく。
三人の背後に隠れていた「依頼主」なる人物に警戒し、大剣を持ち上げる音をガチャリ……と鳴らしていく。
『その好戦的な態度。相変わらずですわね、アズリア』
すると、カサンドラやエルザら三人の間を割って、姿を見せる依頼主。
先程、フブキを回復しようとしたアタシの手を制止した、凛と響く声とともに。
「は?……い、いや、あ、アンタが、依頼主だってのかい?……で、でも何でアンタがここにッ?」
その姿を見てしまったアタシは、あまりにも想像とかけ離れていた人物だった事に。
目を大きく見開き、口をぱくぱくと動かしながら、現れた人物を指差して、困惑した心情を露わにしてしまう。
ふんわりと艶のある金髪。
真っ白な鎧に金の刺繍が施された外套。
誰もが例外なく「美麗だ」と讃えるだろう、少女のあどけなさと気高さを兼ね備えた容貌。
アタシは今まで、こんな外観を持った女をただ一人しか記憶していなかった。よもや、間違える筈もない。
記憶にしっかりと残っていた人物の名前を、アタシは動揺しながら口にしていく。
「──べ、ベルローゼ・エーデワルトッッ⁉︎」
そう。
アタシの故郷である北の軍事大国・ドライゼル帝国。四分割された帝国領土を治める「帝国の三薔薇」と呼ばれる三つの公爵家の一つ、エーデワルト公爵家の唯一人の令嬢。
……そして、幼少期にアタシを肌が黒く、貧しいというだけで「悪魔の子」だの「忌み子」だのと罵倒し。周囲の人間を扇動し、アタシを虐げ愉悦に浸っていた女でもある。
過去に虐げていた相手に、指を差されたのが余程不快だったのだろう。不機嫌そうな表情のまま、顔を背けていくと。
「ふ、ふん……砂漠の国以来、になるかしら……ねえ、アズリア?」
「どうしてアンタ……いや、今は確かエーデワルト公爵代理だったっけ、それがこの国までッ……」
砂漠の国、という言葉を聞いて、アタシは警戒心をさらに強めていく。
以前にもアタシは、砂漠の国の央都にて。当時、既に隣国ホルハイムに侵攻を開始していた帝国は、砂漠の国にも兵をホルハイムに派遣要請をするべく。帝国の使者だったベルローゼと再会をした、が。
アタシを目視した途端に、ベルローゼが先に剣を抜き。あろう事か、街中だというのにこちらへ斬り掛かってきたのを思い出し。
「アタシを探してまで、あの時の決着を付けようッてえのかい……ッ」
大剣を握った状態で、ベルローゼに立ち塞がるアタシ。
アタシの眼に込められる明確な敵意を。視線を向けられたベルローゼ本人だけでなく、周囲に控えていたカサンドラら三人も感じ取り。
「……ひ、いっ!」
視線に圧され、一、二歩ほどその場から後退っていくベルローゼ、それにカサンドラら三人だったが。
「お、おいエルザ、ど、どうするつもりだよ……あたしらじゃ、多分アズリアさんには……」
「で、でもよぉ、仮にも依頼主を見殺しにゃ、で、できねぇだろうがよ……?」
アタシとベルローゼ、どちらに味方するのか。それともこのまま傍観するべきかを決め倦ねて、困惑した表情を三人ともが浮かべていた。




