190話 アズリア、ヘイゼルの傷を確認する
これにて2023年最後の投稿となります。
読者の皆さま、この作品を読んでくれて感謝です。
来年もアズリアをどうぞ、よろしくお願いします。
ユーノが魔力を使い果たしていた事態に驚きもしたが。
それと同時に、気を失っていたのが負傷が理由ではなく、魔力を回復するための手段をユーノの身体が選んだ事に。アタシはホッ、と胸を撫で下ろすと。
まずは目を覚ましたものの、頭に負傷し、血を流していたフブキに声を掛ける。
「フブキ、自分で立てそうかい?」
「ん……と……ま、待って、んんっ……っ!」
アタシは魔力回復のために眠りこけているユーノを抱えて運ばなくてはならない。
頭の傷が心配ではあるが、意識のあるフブキには、出来れば自分の足で移動してもらいたかった……のだが。
「ごめん、なさいっ……無理、みたい」
地面に倒れていたフブキが、懸命に上半身を起こそうとするも。まだ身体に力が入り切らないのか、必死に首を擡げるのが限界のようだ。
フブキは一度で諦めず、再び身体を起こそうと試みるが。あまり無理をさせると、頭の傷が開いてしまうかもしれない。
「ああ、無茶するなッてフブキ──そら」
「き、きゃっ? あ、アズリアっ!」
フブキが懸命に力を込め、少し地面から浮かせた背中に素早く腕を差し込むと。もう一方の腕をフブキの膝裏に回すと、一息で彼女の身体を抱き上げていき。
「ユーノを運ぶから、ちょっと大人しくしててくれよ」
さらにフブキを持ち上げ、頭を後ろにしたうつ伏せの体勢で肩に担ぐと。担いだ側の腕で、フブキが肩から落ちないようしっかりと腰を掴み。
空いた腕一本で、地面に寝転がるユーノの小柄な身体をひょいと持ち上げ、脇へと抱えていく。
チラッ、と視線をカムロギへと移すと。
アタシが意識を戻したフブキと二、三会話をしていた間にも、倒れていた弓兵を回収し、オニメの隣に並べ終えていた。
胸に矢が刺さったヘイゼルを、敢えて後回しにしたのは。これから敵として剣を交える事になるカムロギと、下手に馴れ合いをしたくなかったからなので。
急いでアタシは二人を、戦闘に巻き込まれない門から離れた場所を探していると。
「ヒヒィィィイン‼︎」
嗎きを鳴らしアタシを呼ぶのは。オニメとの戦闘で降りたまま、その場に放置しっ放しだった馬だ。
その馬が待っていた位置は、三の門から距離が空いた、三人を寝かせるにはまさに絶好の場所だった。
「シュテン、もしかして……そこに二人を寝かせろ、って言ってるのかい?」
三の門まで運んできた駿馬には、「人の言葉を理解する」という特別な能力がある。
だからこそ、当たり前のように馬に語り掛けていくアタシに対して。
こちらの言葉に頷くようシュテンは首を二、三振りし、地面を二度ほど蹄で打ち鳴らしてみせた。
「……よし」
アタシは、シュテンが見つけてくれた場所に。肩に担いだフブキと、脇に抱えているユーノを地面に寝かし。
心配そうにこちらを見ていたシュテンの額にそっと手で触れ、優しく撫でていくと。
カムロギが、氷漬けになった子供へと移動したのを確認した後。矢が刺さったヘイゼルの元へと急いで駆け寄っていった。
「く、くたばるんじゃないよ……ッ、ヘイゼルッッ!」
元気だった時は、互いに憎まれ口を叩いていたりもしたヘイゼルとの関係ではあったが。
アタシとの約束を律儀に守って、ユーノを一人きりにせず、この国まで同行してくれた女海賊に。アタシは既に、仲間としての信頼を寄せていたからだ。
小賢しく狡猾……罵っているのではなく褒めているのだが。そんな言葉で表す事の出来るヘイゼルだ。
「アイツが……こんな簡単に生命を落とすワケないだろッ、くそ……ッ」
そうアタシは思いながらも、地面に倒れていたヘイゼルの状態を急いで確認する。
見た限りでは胸に矢が突き刺さってはいるが、矢はそれほど深くは身体に潜ってはいない。それに傷口やヘイゼルの身体の周囲には、血を大量に流した痕跡は……ない。
それに。目蓋を閉じ、意識の無いヘイゼルの顔の前に手をかざすと。かろうじて息を感じることが出来たのに、アタシは安堵した。
「ま、まだ、生きてる!……けどッ」
だが、胸を撫で下ろすのはまだ早い。
ヘイゼルの胸の傷の具合によっては、すぐに生命を落とすかもしれないからだ。
そもそも、傷口を塞ぐためには一度突き刺さった矢を抜く必要があるが。もし、矢の鏃が身体の内側を酷く傷付けていた場合、矢を抜いた途端に血が大量に噴き出る事がある。
高位の治癒魔法が扱える治癒術師がいるなら、迷う事なく矢を抜いて傷口を塞げばよいのだが。そうでない場合、傷から血が噴き出したせいで死ぬ場面を、アタシは傭兵時代に何度も見てきたからだ。
「まずは、傷口の確認をッ──」
アタシは、ヘイゼルが着ていた薄手で軽量な胸甲鎧や革鎧を外せるだけ外し。胸を穿つ矢が、どれほど深く刺さっているのかを目視しようとする。
「よく見りゃ、この胸甲鎧……聖銀製じゃないか。随分と贅沢な装備拵えて、まぁ」
稀少金属である聖銀が素材の鎧は、それ一つで小さな農村なら丸々買い取れる程の高価な代物だ。
何個も炎傷石を所持していたことといい、一体海賊時代にどれだけ悪どく稼いできたのかを、機会があれば問い詰めてやりたいところだが。
その衝動を抑えて、アタシは鎧を脱がせていく。
傷が浅ければ、アタシの「生命と豊穣」の魔術文字でも何とか回復出来るだろうが。傷が深ければ、ヘイゼルの生命を救うために何らかの手段を講じなければならないからだ。
カムロギとの勝負に、魔力の余裕を残して勝ち。
一つの魔術文字の発動だけでなく、同じ魔術文字を重ねて使用する「文字重複」で、ヘイゼルの傷口を治療する必要が。
今の今まで、大して神に祈る事などなく。神殿や教会に足を踏み入れたのも数える程、聖職者との関わりもほとんどないアタシだったので。
「えっと……こういう時は、海神様にでも祈りゃイイのか、ねぇ。と、とにかく……傷が浅いことを願うよ、海神様……ッ」
ヘイゼルが海賊だった経歴から、アタシは大陸で信仰の主流たる五柱の神々に、ではなく。ヘイゼルの出身の海の王国で一番信仰されている海神ネプトの名を口にして、ヘイゼルの傷が浅くあれと願いながら。
少し乱雑に革鎧を脱がして、ヘイゼルの胸元を晒していくと。
「は……はあッ?」
確かに、ヘイゼルの胸には鏃が刺さってはいたが。
とは言っても、鏃の先端が少し減り込んでいた程度。下手をすれば、フブキが使える「小治癒で塞がる程度の軽傷しか、ヘイゼルは負っていなかったからだ。
「な、何でッ?……ど、どうなってるんだい、い、一体……ッ!」
まずは、傷が浅く済んだのを喜ぶべきなのだろうが。まさか先程のいい加減な祈りが、本当に海神に届いた恩恵……という理由でもあるまい。
しかも、雑兵の大した威力ではない矢と違い。ヘイゼルが対峙していたあの弓兵は、直撃すればクロイツ鋼を混ぜ硬くした鉄製の籠手すら破壊する威力なのだ。
ヘイゼルが装着していた聖銀製の胸甲鎧、という理由だけでもない気がしたアタシは。
矢が刺さっていた胸元を中心に調べていくと。
「ん? な、なん、だい、コレッ……」
金属鎧の下に着る革鎧の内側で、何か砕け散った破片のようなモノが、アタシの指先に触れる。




