189話 アズリア、二人を介抱する
その、カムロギはというと。
ヘイゼルの単発銃を喰らったのだろう、胸に大きな傷……おそらくは致命傷を受けた弓兵の大柄な身体を。
さすがにオニメのように抱えられなかったのか、背中に担ぎ。アタシが倒したオニメの亡骸と並べるために、運ぼうとする最中だった。
「構わない。こちらも倒れた仲間を運んでやりたいからな」
こちらを見ずに、アタシの提案を承諾するカムロギ。
オニメに続いて、仲間を殺した相手だというのに。虫の良い提案を飲んでもらった事を幸運に思ったアタシは。
「……感謝、するよッ」
一言、そうカムロギに告げると。胸に大きな傷を負った弓兵とは別の場所。フブキとユーノが倒れていた側へとアタシは駆けていった。
遠目から見た限りでは、先に傷の深さや息があるかの確認をしなければならないのは、間違いなくヘイゼルなのだが。
提案によって今は剣を収めているとはいえ。後々戦う事になるカムロギとは、あまり馴れ合いをしたくなかったという気持ちが。アタシにはあったからだ。
フブキとユーノ、手を触れ合っていた二人の元に辿り着いたアタシは。まず大声で二人の名前を呼び掛け、意識の有無を確認する。
「フブキ、ユーノッ!……二人とも、大丈夫かいッ!」
そして、二人の鼻や口の辺りに指を近付けていき、息をしているかどうかを確かめていくと。
アタシの指には、息を吹き掛けられる感触が。
「うん、うん、ッ……息は、あるッ。よ、よかったぁ……」
どうやら二人とも意識を失ってはいたものの、生きてはいた事に安堵したアタシ。
何しろ側には、大きく目を見開いたまま氷塊の中に閉じ込められていた敵の子供が。そして離れた位置には、胸に矢が刺さったまま身動き一つしていなかったヘイゼルが倒れていたからだ。
すると、即座にこちらの呼び掛けに応じたのは頑強なユーノではなく。フブキが先に反応を示し、閉じていた目蓋をゆっくりと開いてアタシに焦点を当てた。
「あ……あ、れ、アズ、リア?」
「フブキ! 目を、覚ましたんだねッ!」
まずアタシはフブキに謝らなくてはならない。
目を開けたばかりのフブキに対して、アタシは顔を伏せて頭を深く下げていく。
「悪かったねぇ、『アタシが守る』なんて大きな口叩いておきながら、肝心な時に側にいてやれなくてさ……」
オニメとの戦闘で、敵が所持していた溶岩の魔剣の灼熱の結界によって分断させられた、とはいえ。
フブキの護衛を依頼されていたのはアタシだった。その本人が敵側に分断された事は、最早言い訳にもならない。たとえ……フブキを灼熱の結界の中に呼び込んでいたら、フブキが無事では済まなかっただろうとはいえ。
謝罪の言葉を口にするアタシが深々と垂れていた頭に、弱々しく震えていた何かが触れた。
それは、地面に寝ていたフブキの手だった。
「な……何言ってるのよ、アズ、リア……貴女、ちゃんと勝って戻ってきて、くれたじゃない……」
「ふ、フブキ、ッ」
思わずアタシは感極まって、彼女の身体を抱き上げようと。背中と膝の裏に腕を差し込もうとしたが。
見れば、頭を強く殴られたのか、フブキの頭からは血が流れている。頭に傷を負っている時には、あまり身体を揺らさないほうが良い……というのは、傭兵時代に学んだ事を思い出し。
腕を差し込む前に、思い止まることが出来た。
「ふぅ……危なかったよ……ッ」
「な、何のこと?」
「いや、こっちの話だよ。それよりも──」
一方でユーノは、まだ目を覚ます気配はない。
アタシが確認した様子では、左肩や脚に深傷を負ってはいたものの。フブキのように頭に強い衝撃を受けたようには見えなかった。
「おい、ユーノ……ユーノッ?」
だからアタシは、まだ意識を戻さないユーノの頬を、揃えた指先で軽く叩いていく。所謂「気付け」というやつだ。
頬を叩いて何度目かすると、ユーノの目蓋が僅か、ピクリと動きはしたものの。
「う……ん……」
と小さな声を漏らしたのみで、目を覚ましはしなかったが。代わりに、頬を叩かれるのを嫌がるかのように、身体を捻って回転させていったのだ。
まるで、寝返りを打つかのように。
「い、いや……まさか、ねぇ?」
寝返り、という思いつきと。先程、ユーノの口から漏れた小声から、何となく嫌な予感がしたアタシは、さらに身体を屈ませてユーノの口元に自分の耳を近付けていくと。
「……すぅ……っ……すぅっ……んん……も……もう……たべられないよぉ……おねえ……ちゃ……ん……」
何と、ユーノは負傷で意識を失っていたのではなく。理由は定かではないが、戦闘の最中にあろう事か寝てしまっていたのだ。
「う、嘘だろ? 寝、寝て……やが、るッ……?」
信じられない状況に、アタシはさすがに目を点にして呆れたような声を漏らしてしまう。
アタシが知り得る限りでは、ユーノが未だ戦場であるこんな場所で寝る、なんて不可解な行動を取った試しは一度もない。
考えられる可能性としては、敵の子供がユーノを眠らせる魔法か何かを使ったくらいしか思いつかないが。
眠った状態でいられるのも困るため、とりあえずユーノを起こそうとするアタシの手を。
「……待って、アズリア」
掴んで制止したのは、フブキの手だった。
灼熱の結界のせいで、フブキやユーノが対峙した敵とどう戦い、どう決着したのかの経過をアタシは知らない。
勝利に至ったその過程を、そして何故ユーノが寝ている状態なのかを、フブキは説明し始める。
「ユーノは……私の氷の加護を使って、紙の巨像と子供、二人掛かりで襲ってきた敵を退けてくれたの」
「氷の加護って……フブキ、アンタが受け継いだ、あの魔力を、かいッ?」
そう。アタシは合点がいかない事に疑問を抱いていた。
先程の仮定で、ユーノが敵の魔法か策略によって眠らされたのならば。最終的に、敵を凍らせ、あるいは氷の中に閉じ込め勝利を掴んだのは。氷の加護を宿すフブキ、という事になるからだが。
身体能力や体術に関しては、ユーノとは比較にならない平凡なフブキが。一対二という数的不利を跳ね返すことを、果たして氷の加護だけで可能なのかどうか、という点にだ。
だが、今のフブキの説明を聞いて、最初にアタシが抱いた疑問はスッ……と解消していった。
ユーノがどうやって他人の魔力を使えたのか、という新たな疑問は湧いてくるが。
「待てよ。ッて、コトは?」
「……ど、どうしたのアズリア、そんなに慌てて?」
アタシは右眼を手で覆い、残った左眼には魔力の流れを視ることが出来る「魔視」を発動させ。
寝言と寝息を立てながら目を閉じていたユーノへと視線を落とし、寝ていた彼女の魔力を隈無く調べていくと。
「やっぱりだよ……ユーノの魔力がほとんど残ってない、ねぇ……」
一の門を守る大勢の武侠との戦闘を終えた後も。ユーノの戦闘準備とも呼べる「鉄拳戦態」を使ってなお、魔力はそれ程消耗した様子は見られなかったのに。
戦闘に勝利し、寝ていたユーノの身体にはほぼ魔力は残っておらず。魔力が枯渇する一歩手前の状態だったからだ。
だとすれば、寝ていた事も合点がいった。
魔力の回復には、カムロギの拠点でアタシが摂取した「魔力結晶」など様々な方法があるが。
魔力を回復させる一番の方法は「食事を取る」事と「睡眠を取る」事だからだ。




