188話 アズリア、仲間らの状態を知って
直前にも、戦意を喪失した状態から炎の吐息を浴びせられたのだ。アタシが警戒するのは当然だったが。
地面に強く叩き付けられたオニメの頭は、潰れてこそいなかったものの。地面に衝突した箇所から大量の血を流し、剣を貫通させた胸の傷からの血で、血溜まりが出来るほどで。
半開きになった両眼からは、戦意や憎悪の視線どころか、生気すら感じ取ることが出来なかった。
つまり、死んでいた。
「やれやれ……最後の一撃は、地面に取られちまったみたいだ、ねぇ……」
結果として、オニメに絶命の一撃を与えたのは地面ということになり。
アタシの大剣がオニメの命運を断つことが出来たかは結局のところ、分からず終いになってしまったのだが。
勝利の方法にこだわりなどない。あれだけの強敵に勝利出来た、それだけで満足すべき結果だ。
「さて……問題は」
既に動かなくなったオニメを立った体勢のまま見下ろしながら。アタシは、あの時起きた爆発とは一体何だったのかを考えた。
あの時とは……アタシがオニメの首筋を斬り裂くために放った「漆黒の魔剣」の剣閃が逸れ。代わりにオニメの二本の角を叩き折った際に起きた、謎の爆発について、だ。
「あの時のオニメに起きたのって……魔力の、暴走、だよな?」
魔力の暴走。
体内の魔力が、一時的に魔力容量を超え、何らかの理由で行き場がなくなったりすると。体内の魔力が攻撃魔法に似た状態に変わり、自分の身体に肉体的損傷を与える……という現象だが。
誰でも使える通常の魔法を使っている限り、魔力の暴走など起きはしない、絶対に。
だが、アタシは魔力の暴走を知っている。
いや、自分の身を以って魔力の暴走を起こしているからだ。それも、今までに二度ほど。
二度の暴走とも、魔術文字を発動させる時の力ある言葉を意図的に間違えることで、一時的に身体能力を爆発的に上昇させることが可能だったわけだが。
その代償としてアタシは、動けなくなる程にまで全身に酷い火傷を負い。「師匠」と呼ぶ大樹の精霊と、水の精霊の治療が施されなければ一月……三〇日は治療院の寝床の上だったろう。
もしかしたら、一度は溶岩の魔剣の過剰な使用で魔力を使い切ったオニメが、口から炎の吐息を放てたのは。アタシと同じような魔力の使い方をしたからなのだろうか。
すると。仲間であるオニメとの対決を、最初の宣言通りに門の前に立ち、傍観していた筈のカムロギが。
徐にこちらへと歩を進めてくると。
「……角を、折られたからだ」
息絶えていたオニメの血に塗れた亡骸を、両手で抱き上げると。
多分、アタシが口に出してまで考えを巡らせていた、魔力の暴走の理由をカムロギは説明してくれる。
「そ、それって、どういうコトだいッ?」
「オニメの種族は、角を無くすと魔力の制御が効かなくなる……確か、酒に酔ったこいつの口から一度か二度、そう聞いたことがある」
オニメが人間ではないのは、頭から大きく伸びた二本の立派な角だけでなく。肌の鱗や背中の翼からも一目瞭然だが。
まさか竜人族という種族が、頭部の角で自分の魔力を制御しているとは。
「じゃあ、カムロギ。アンタらは何度かオニメが暴走した姿を見たッてのかい」
「いや」
あれだけ目立った角が弱点ならば、どうして今の今までオニメの角が無事に残っていたのかという、新たな疑問が湧いてきたが。
そんなアタシの疑問にも、カムロギは左右に首を振りながら、即座に答えを返した。
「今までにも、オニメの角を狙った輩は大勢いたが。どんな攻撃も跳ね返しちまう硬さの角を折れた奴は、ついぞ現れなかった」
「そ、そうかい……そういう事情だったのかい、ッ」
炎の吐息を浴びせてきたオニメとの我慢比べの時に。アタシが放った「漆黒の魔剣」の剣閃が逸れ、首ではなく角を折ったわけだが。
どうやら、あの時の一撃は無駄ではなかったようだ。
「さて……と」
オニメの角の秘密を語ってくれたカムロギは、三の門の脇の城壁へと、抱えていたオニメの亡骸を降ろし。
壁を背もたれにし、上半身を起こした状態で寝かせていく。
「どうやら、三の門を守るのは俺だけになってしまったみたいだな」
「そ、そうだッ? ユーノは? ヘイゼルはッ?」
オニメが溶岩の魔剣の魔力で張り巡らせた灼熱の結界が、アタシの視界を遮り、ユーノたち周囲の状況を把握させるのを妨害していたが。
視界を邪魔する灼熱の結界は、既にない。
オニメ以外にもいた「韃靼」と名乗った傭兵団の連中と戦闘に突入していた仲間二人と、護衛対象であるフブキの姿を見つけようと。アタシは忙しなく周囲を見渡していくと。
「あ、アレは……ヘイゼルッ?」
アタシがいる位置から右側の開けた場所に、胸に矢が刺さり倒れていたヘイゼルと、血溜まりに倒れていた大柄な弓兵の姿を捉えることが出来た。
今すぐにでも、ヘイゼルに駆け寄り胸を矢で穿たれた傷の具合を確認し。まだ息があるなら魔術文字で治療したい気持ちが先走りそうになったが。
「……ぎ、ッ!」
唇を噛む痛みで、一度頭を冷却し、踏み出そうとした足を押し留める。
発見出来たのはまだヘイゼルだけだ。もしあの二人も治療が必要なら、負った傷によって治療の優先順位を決めなくてはならない。
「そ、それより、まずはユーノとフブキを確認しないと……ッ!」
アタシは焦りを押し殺しながらも、残りの二人の姿を探し、別の場所へと視線を移動させる。
「あ、アレはッ……氷漬けの、ッてコトは」
すると、三の門から少し離れた場所に。身体の表面に溶けない霜が張り、完全に動きを停止していた草紙の魔巨像と。透明な氷塊に閉じ込められた子供の姿。
「あの側にいるはずだよ、フブキとユーノがッ!」
アタシらの中で氷属性の魔力を得意とする人物と言えば、フブキしかいない。
凍結した巨像を目印に、その周囲を重点的に調べていくと。
「──いたッ!」
互いに伸ばした手が触れ合いながらも地面に倒れ、意識を失っているユーノとフブキを見つける事が出来た。
ヘイゼルとは違い、見た目からでは致命傷になりそうな深傷を負った様子はないが。驚くべきはユーノまでが意識を無くしていた事だ。
「あのユーノが……嘘、だろ……ッ!」
魔王領での黒の勇者との決戦でも、海の王国での魔剣アケロンとの決戦でも、意識を失わなかったユーノが──倒れていたのだから。
目の前の結果だけでも、ユーノとヘイゼル……二人が戦った相手がどれ程の強敵だったのかを物語っていた。
アタシとて、最後にオニメから至近距離で浴びせられた炎の吐息で、身体のあちこちに火傷を負っていたし。
溶岩の魔剣が掠めた裂傷を含めれば、流している血の量は三人よりも多いかもしれないが。
今、この場に両の脚で立っているのはアタシだけだ。
「カムロギ! あの時助けてやった恩をアタシに感じるんなら、少しだけ勝負は待ってくれないかねぇ!」
意識の無い三人を、一旦安全な場所まで運ぶために。アタシは今は敵側に与するカムロギへ「待て」と提案する。
……姑息だとは思ったが、カムロギを含む数名の流行り病を治療してみせた事を交渉材料として。
アズリアが魔力を暴走させたエピソードは、第2章46話「生命の炎を纏う」で描かれてます。




