187話 アズリア、オニメの命運を断つ
この話の主な登場人物
アズリア 右眼に魔術文字を宿した赤髪褐色肌の女傭兵
オニメ 溶岩の魔剣を持つ竜人族らしき女戦士
こうして、オニメが溶岩の魔剣の魔力で張り巡らせた灼熱の結界の外では。ヘイゼルとユーノと、最強の傭兵団「韃靼」の二人との勝敗が決していた中。
──再び、時は元へと戻る。
◇
大剣に纏いし夜闇の魔術文字を刻み、発動させた全てを斬り裂く「漆黒の魔剣」にて。
背中に生やした翼で上空から襲い掛かってきたオニメの手から、溶岩の魔剣を吹き飛ばしたアタシは。
「あ……ぁ、ぁぁ」
半開きにした眼からは戦意が喪失し、頭を下に向けた体勢で落下していくオニメに向けて。
三振り目となる「漆黒の魔剣」を放とうと、刀身が真っ黒に染まった巨大剣を構える。
「ふぅ、ッ……はぁ、ッ……はぁ、はぁッ」
息が荒くなっているのは、構えた剣にアタシの魔力が絶えず「喰われて」いたからだ。
分厚い石壁をも易々と両断する、恐るべき切れ味を発揮する「漆黒の魔剣」だが。ただ発動しているだけでも、術者であるアタシの魔力を著しく消耗する、という欠点を持つ。
戦意を失い、意識があるかも定かではないオニメ相手ならば。「漆黒の魔剣」を解除し、通常の斬撃でも問題はない……とは正直、アタシも思う。
オニメを倒しても、まだ最後の一人が三の門の前には控えている。二本の武器を使う凄腕の剣士・カムロギが。
最悪、連戦になる可能性があるなら。魔力の消耗は出来るだけ抑えたほうが良いのは、頭では理解はしていた。
だが、それでも。
「コレが、死闘を繰り広げたアンタへの礼儀ってヤツだよ……ッ」
最後まで手を抜かず、油断はしない。オニメにトドメを刺す、その時までは。
だからアタシは自分の魔力が消耗するにもかかわらず、「漆黒の魔剣」を維持しながら。
オニメの首筋目掛けて、横薙ぎの一閃を放つアタシ。
──だが、刃が首に届くよりもその直前。
「テメェは──」
つい先程までは、確かに戦意を喪失し、意識を保っていた事すら怪しい状態のオニメだった筈なのに。
両眼がカッ!と大きく見開かれる。こちらを射抜く程のオニメの鋭い視線からは、ギラギラとした殺意が満ち満ちており。
「絶対にオレが殺してやるっっっっっ‼︎」
首目掛けて放たれた剣閃を避けるか防ぐかする、と思いきや。回避も防御もせずに、オニメがこちらへと口を大きく開いてみせると。
必殺の決意を口にするとともに、喉の奥から真っ赤な閃光が覗く。
「し⁉︎ しまっ──?」
油断など微塵もしていないつもりだったが、まさか戦意を失った状態から突然に精神を回復させるとは思ってはおらず。
また、渾身の力を両腕に込めて大剣を振るう動作を、今さら制止することなど出来ず。
アタシの大剣の刃が、オニメの首と命運を断ち切るよりも一瞬だけ早く。
オニメの口から紅蓮の炎が盛大に吐き出される。
溶岩の魔剣の力を行使し過ぎたせいで、灼熱の結界が維持出来ない程に魔力を消耗していたと思っていたのに。
いつの間にか、吐息が放てる魔力を回復していたのは、完全にアタシの想定外だった。
「燃え尽き……ちまええええエエエエ‼︎」
当然ながら、剣撃を直接浴びせられる程の至近距離で吐息を放たれたら、回避や防御が間に合うわけがない。
逃げ場なく轟々と視界中に広がる炎に巻かれたアタシは、炎の熱によって剥出しになった肌や髪をじりじりと焼かれていく。
「ッッッ……あッ、熱ちいッ?……熱ちいいいいッ⁉︎」
部分鎧で守られていた身体の左側はまだ肌を焼かれずにいたが。左と比較して覆う装甲の少ない右半身の肌は、激しく燃え盛る炎に炙られ。
特に右肩と右の頬の火傷、傷の痛み具合が酷い。
それでもアタシは、炎の中から逃げる事を選ばず
。灼熱の炎に焼かれても攻撃を中断をせずに、歯を食い縛り火傷の激痛に耐えていた。
「あ……アタシがッ! 炎に屈するのが、先かッ……それともアンタがくたばるのが先か、我慢比べだよッッ!」
オニメが炎の吐息を放った以上、アタシを吐息で焼き焦がすためには、首をこちらに向けて固定している必要がある。もし剣閃を回避しようと頭を動かせば、その時点で吐息が逸れていってしまうからだ。
つまり、今のオニメは完全に無防備な状態。
「とっとと……くたばりやがれえぇッッ!」
身体のあちこちが焼け焦げ、髪の先端にも火が着き。ついには炎の熱で炙られた鎧の装甲で内側から肌を焼かれながらも。
炎で視界を遮られている中でアタシは。「漆黒の魔剣」と化した大剣を握り締め、真横へと振り抜いていった途端。
剣を握るアタシの手に、何かが触れた感覚が伝わる。
「──っが、あ⁉︎」
紅蓮の壁の向こう側から聞こえてきたのは、首を両断しただろうオニメの末期の叫び。
だが……アタシの手に伝わった感触は、首の肉に刃が喰い込んだにしては随分と硬質な物に衝突した感じだったし。
刃と衝突した硬質な物が、「両断された」のではなく「砕け散った」のならば。おそらくは首の骨でもない。
それでも、オニメの命運が尽きたためか。
アタシの身体を焼き続けていた吐息の炎が止み、ようやく目の前の視界が晴れていくと。
「く、首じゃ、ねぇ……ッ? アタシが斬ったのは、角?」
視界を塞がれた状態で、アタシが放った「漆黒の魔剣」が両断したのは。想定していたオニメの首ではなく。
オニメの頭から真上に生えていた二本の立派な竜属の角を、額を掠りながら斬り裂いていたのだ。
どうやら、自分では振り抜く大剣の軌道を変えてはいないつもりだったが。身体を焼かれる激痛や炎で視界を邪魔されたことで、軌道が少し逸れてしまっていたのだろう。
オニメを仕留めきれなかったアタシは、自分の詰めの甘さに思わず舌打ちをする。
「ちぃッ……外したのかよ、こんな肝心な場面で……ッ!」
しかし、次の瞬間。
二本の角を折られ、絶叫を発したオニメの身体に、目に見えて明らかな異変が起きる。
「──が、ふううううつっっっ⁉︎」
まるで、オニメの体内で何かが燃えたかのように。
途端にオニメの胸や腹が膨張したかと思うと。口や鼻、耳といった顔に空いた穴という穴から、黒煙をもうもうと吐き出し。
完全に意識が途絶えてしまったのか、白眼を剥いて項垂れるオニメ。
「何だか知らないが……もらったよッッ‼︎」
アタシからすれば、首を刈ってオニメとの勝負に決着を付けるつもりが。二本の角を砕くに止まり、窮地に追い込まれる筈だったのに。
何故かオニメの吐息が止み、勝手に大きな隙を晒してくれたのだ。オニメの身体に突如起きた異変は気になるものの、今のアタシは好奇心が勝機を上回る程の余裕などなく。
アタシは、無防備となったオニメの胸のど真ん中、心の臓へと大剣の切先を向け。腰を捻り、剣を握る両腕を弓の弦を引き絞るように動かし、力を溜め。
四振り目の「漆黒の魔剣」、斬撃ではなく一点を狙った刺突を打ち放つと。
「が──ぐ……が、ぁ、っ⁉︎」
両腕に溜めた力を開放したアタシの漆黒の剣閃は、オニメの胸の肉や骨、そして……心の臓を容易く刺し貫いていき。
短く絶句を漏らしたオニメの背中からは、貫通した大剣の切先が覗かせていくと。
頭から地面に落下していったオニメは、翼を使う様子もなく、そのままの体勢で地面に強く叩き付けられる。
「はあ、はあ、ッ……か、勝ったのかいッ?」
身体のあちこちに火傷を負い、息を荒らげ肩を上下させながら。
激しく地面に激突したオニメに、アタシは火傷を激痛を押して、大剣を構えながらゆっくりと警戒を解かずに近寄っていく。
さすがに四振り目に魔力の消耗の激しい「漆黒の魔剣」を行使するのは諦め、魔術文字を解除すると。真っ黒な大剣の刀身には、クロイツ鋼製の特徴的な刃紋が戻っていったが。
「も、もしかして、まだ、息があるんじゃ……ないだろうねぇ……?」
うつ伏せに倒れ、身動き一つしていなかったオニメの頭を。アタシは脚と大剣を使って、仰向けにひっくり返していく。




