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185話 ユーノ、氷の爪を振るう

 当然ながら、フブキの宿す氷の加護を使うのは初めてであったユーノだが。魔力をどう扱えばよいかは、頭の中の声が教えてくれる。


『──そうじゃ。(おのれ)の頭に思い描くがよい、目の前の敵を鋭く穿(うが)つ獣の爪を……な』

「うんっっっ!」


 あくまで、声が聞こえているのはユーノだけなのだが。まるで隣に声の主が立っているかの扱いで、ユーノは一々言葉を返していた。

 今回もまた、氷の加護の使い方を語りかける声に対し、声を張って(うなず)いていくユーノ。


 右腕に生まれた、五本の氷の爪がさらに伸び。

 短剣(ダガー)程だった爪の長さは今、長剣(ロングソード)程にまでになっていた。

 いよいよ迎撃の準備が整い、キリッとした精悍(せいかん)な視線で。距離が迫りつつあるシュパヤを真っ直ぐに睨み()え。


 自分の加護を一時的に譲渡(じょうと)してくれた、地面に倒れたままの仲間(フブキ)の名を(つぶや)くと同時に。


「……いくよっ、フブキ」


 地面から()り上がった氷柱の上、最先端に立っていたユーノは。

 腰を落とし体勢を低く構えて、巨大な氷の爪を生やした右腕を振りかぶり──力を溜めていく。


 前方へと倒れ込むように回転を続けるシュパヤは、自分を凝視(ぎょうし)するユーノの視線を受けて。

 思わず、歯軋(はぎし)りを鳴らしていた。


「た……大層な爪だけど、それだけでオイラに勝てる、そう思ってるのかよ、っ!」

 

 脇腹を指で穿(うが)たれる反撃を受けたとはいえ、今までの戦闘状況から見れば。シュパヤが終始(しゅうし)ユーノを圧倒していたのは、誰の目から見ても明らかだった。

 何度となくシュパヤは、南天(なんてん)紅雀(こうじゃく)拳の戦技(わざ)を繰り出し。(くつ)魔導具(マジックアイテム)韋駄天(カルティケーヤ)」で増強された蹴りをユーノに浴びせた……にもかかわらず。

 シュパヤを見据(みす)えるユーノの視線からは「絶対に勝つ」という強い意志と決意が込められていた。

 まだ、ユーノは自分(シュパヤ)に勝つ気でいるのだ。


「その眼がっ! 気に……喰わないんだよおおおおおお!」


 まだ、蹴りの攻撃の間合いにユーノは接近していない。

 なのに、最早(もはや)一〇〇以上は回転していたシュパヤは脚を伸ばして、(かかと)を振り下ろす蹴りの体勢と同時に。

 シュパヤの周囲に張り巡らせていた「断空(だんくう)刃脚(じんきゃく)」の不可視(ふかし)の空気の刃を、ユーノへと飛ばしていった。

 鋭く風を切り裂く音こそ聞こえてくるものの、目に見ることの出来ない空気の刃。しかも一つではなく無数に降り注ぐ刃など、本来なら回避する方法などない。


 そんな断空(だんくう)刃脚(じんきゃく)の一つが、ユーノへと迫ると。

 

「はぐう⁉︎ ぐ、ううぅ……っ!」

 

 不可視(ふかし)の空気の刃が、ユーノの左肩を大きく切り裂きながら背後へと抜けていき。一瞬遅れて、傷口から真っ赤な血飛沫(しぶき)が噴き上がる。

 一見すれば、なす(すべ)無く攻撃を喰らったように見えるユーノだったが。

 

「……ん?」


 今の結果に、シュパヤは疑問を抱いてしまう。


 何故なら、一撃目の空気の刃は頭を狙っていた筈なのに、切り裂いた箇所は左肩。

 奥義、と銘打って放った戦技(わざ)だ。狙いを外す事などあり得ない……あの一瞬で何が起きたのかをシュパヤは判断出来なかったが。


 まだ、不可視(ふかし)の刃は無数にあるし。

 左肩を切り裂いた傷は決して浅くはない。


 一撃目こそ狙いが逸れたのかもしれないが、二撃目以降の刃でユーノの身体をズタズタに切り裂いていけば良い……という気持ちが先行し。考えるのを止めてしまったシュパヤだったが。


「つぎこそ……よけるっ!」


 首を刈ろうとした、二撃目の空気の刃が迫る軌道から。明らかに飛び退()くような動きを見せたユーノ。


「い、っ! いっ……たあ、っ」


 ほんの(わず)か、避ける動作が遅かったのか。真横に跳んだユーノの(ほお)に赤い線が走り、皮一枚が裂けて血が流れる。

 だが、一撃目の左肩の傷と比較すれば、ただの掠り傷だ。


 続けて三撃目、四撃目……とユーノに降り注ぐ見えない刃だったが。


「よっ、と! つぎは、こっちだっ!」


 氷の爪を構えた右腕の溜めの体勢を崩さぬまま、氷柱の上を巧みに動き回り。ユーノは自分に迫ってきた不可視(ふかし)……見えない筈の空気の刃を次々と回避していった。

 完全に回避出来たのは、飛んできた空気の刃の半数ほどで。残りの攻撃は(わず)かに身体が刃を掠め、身体のあちこちに裂傷を刻んでいったものの。

 

 残すは最後の一撃のみとなり。

 

「は、っ……はああ? な、何でっ、オイラの奥義が、あの雑魚(ざこ)にっ、避けられてんだよおっ?」


 意図していた結果とは大きく違った現実に、信じられないといった表情を隠そうともしないシュパヤ。

 それを聞いたユーノは、肩を斬られたことで腕を動かすだけで激痛が走るにもかかわらず。左手の指で、(ほお)から流れる血を(ぬぐ)いながら、痛みを(こら)えてシュパヤに笑みを浮かべ。


「そんなの、くうきがゆれてるからにきまってるだろ」


 不可視(ふかし)の刃である「断空(だんくう)刃脚(じんきゃく)」が、何故に回避出来たのかを口にしていく。


 ユーノは、空中高く飛んでいたシュパヤが奥義と銘打って脚を振るった際に。脚が描いた軌道上の空気が(わず)かな揺らぎがあった異変を見逃がしてはいなかった。

 上空をユーノが凝視(ぎょうし)していたのは、シュパヤを睨んでいたのではなく。シュパヤの周囲に張り巡らせてあった空気の刃の位置を把握しておきたかったから、だ。


 だが、さすがに目に見えない刃を避けるのは、おおよその位置を知っていたユーノといえど至難の(わざ)だったようで。

 初撃こそは左肩に深傷(ふかで)を負ってしまったものの。何とか急所を避け、同時に迫る空気の刃の全容(ぜんよう)を見抜き。

 二撃目以降の「断空(だんくう)刃脚(じんきゃく)」の回避に繋がったのだ、と。


 そして、ユーノは。

 残る最後の一撃に対して、一歩も退()かず。


『──大丈夫じゃ。(わらわ)を、そして仲間と認めた我が主人(フブキ)を信じるが良い』

「……うん、もちろん。しんじてるよ、ぜんぶっ」


 振りかぶっていた右腕に、ユーノの魔力が集中していき、さらに氷の爪が巨大化していくと。

 

「おおおおおお────オオオオオオオオ‼︎」


 次の瞬間、まさに獅子が如き咆哮(ほうこう)で周囲の空気を強く震わせながら。

 銀色に変容した髪を(なび)かせ、氷の爪を生やした右腕を大きく前方へと振り抜いていった。


 氷の加護が生み出した五本の氷の爪から放たれる冷気を帯びた五つの斬撃が、不可視(ふかし)の刃と交わった──その途端。


「う、嘘……だ、ろ……っ!」


 蹴りを放った体勢のまま、驚愕(きょうがく)するシュパヤ。


 見えない筈の空気の刃が一瞬で凍結し、()

描く薄氷(はくひょう)となり姿を見せ。

 パ……キン、と甲高(かんだか)く澄んだ破砕音とともに、凍結した刃は粉々に砕け散り。破片が光を反射しながら地面へと落ちていったからだ。

 

 いや、それだけではなく。


 ユーノが咆哮(ほうこう)と一緒に放った氷の魔力が込められた五本の爪撃は。「断空(だんくう)刃脚(じんきゃく)」の刃を粉砕してなお、威力が相殺(そうさい)されたわけでも、(おとろ)える様子もなく。

 ユーノの頭を叩き割る勢いで(かかと)を振り下ろさんと迫っていたシュパヤへと、容赦(ようしゃ)なく襲い掛かっていく。

 

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