182話 ユーノ、フブキを護ると誓う
何とか体勢を立て直す時間を少しでも稼ごうと。ユーノはまだ視界の歪みは戻らず、痺れの残る手足で地面に引き摺りながら。
後ろへと退がり、シュパヤとの距離を開こうと試みる。
「は……ははっ、雑魚が、必死だねえっ!」
咄嗟のユーノの指で、脇腹を傷付けられたシュパヤだったが。
尻や背中を地面に擦りながら、必死に手足を藻搔いていたユーノを見てか。脇腹を手で押さえながらも、嘲笑じみた余裕ある表情が顔には戻り。
ユーノが懸命に空けた距離を、歩を進め、じわじわと縮めに掛かる。わざと足を遅めたり、早めてみせたりと。まるでユーノを揶揄うように。
一歩、また一歩と迫り来るシュパヤに追い付かれまいと、手足を動かすユーノだったが。
「う……うごけっ、うごけよっ、ボクのあしっ?」
まだ痺れが消えない脚に、何度か拳を振るって刺激を与え。無理やり脚が動くようにしながら、シュパヤとの間合いを維持しようと。地面に尻を着いた体勢のまま後退を続けるも。
ふと、必死に動かしていた手に何かが触れた。
「あ、れ?」
ユーノが慌てて背後に視線を向けると、自分の手が触れたモノの正体が。
倒れていたフブキの身体だということに気付く。
「ゆ……ゆ、ユー……ノ」
どうやら、先のシュパヤとの攻防の最中に失っていた意識は戻っていたようで。ユーノの手が身体に触れたのに反応を返してくれたようだが。
それは同時に、倒れていたフブキの元に。シュパヤを呼び寄せてしまった事に他ならない。
一撃、頭に蹴りを浴びた衝撃で意識を飛ばしてしまったフブキだ。倒れた状態で、追撃を受ければ取り返しのつかない事態になる可能性だってある。
自分が犯した失態に、思わず地面を叩きたくなる衝動に駆られたユーノだったが。
幸運にも、シュパヤの視線はフブキではなく、ユーノを真っ直ぐに捉えていたし。距離を詰める速度にも、まだ若干の猶予があった。
「と、とりあえず……っ!」
ならば、ユーノが今すべきなのは。すぐにフブキから離れ、自分へとシュパヤを引き付ける事だ。
ようやく顎を蹴り上げられた視界への悪影響や、手足の痺れも消え去り。その場で立ち上がろうとした──その時だった。
「ま……待って、ユーノ……っ」
弱々しく動いたフブキの手が、ユーノの手首を掴む。
突然の出来事に驚きの顔を見せたユーノは、慌てて倒れたままのフブキへと問い掛ける。
このままではフブキも巻き添えを喰うからだ。
「ちょ、ふ、フブキっ、なにしてるの、あいつがくるまえに、はなれなきゃっ──」
「……ごめんね。足を、引っ張って」
「え」
手を掴み、離れようとしたユーノを足止めして、フブキが口にしたのは。唐突な、謝罪の言葉だった。
自分の存在が足枷になり、ユーノの戦闘に支障を来していた、という事に対しての。
フブキには負い目があった。
姉マツリからカガリ家当主の座を簒奪した憎っくき黒幕・ジャトラの打倒の決意を、その口で告白したのはアズリアだけ。
ユーノもヘイゼルも、アズリアを信用していた感情からこそ同行して貰っている……と思い込んでいたし。
これまでのユーノの武勇を目の当たりにしたフブキは。彼女を超える武勇の持ち主などカガリ家に存在しなかったからこそ、二人の助力を甘んじて受けていたが。
そのユーノを、ここまで劣勢に追い込む強敵を。まさかジャトラが用意していた、という事態に。
「そ……そんな、そんなことないよっ!」
だが、フブキの存在が邪魔だとは一度も思ったことのなかったユーノは。突然の謝罪の言葉を、真っ向から拒絶してみせた。
「だって……フブキのまほうがなきゃ、いまごろボク……っ!」
「……ユーノ」
「これまでに、さんかい」
「え、何……その、回数はっ?」
「フブキのまほうに、たすけられたかず」
一方でユーノもまた、三の門に到着してから既に三度、フブキの氷の加護で窮地を救われている。
一度目はオニメの溶岩の蛇を凍結させ。
二度目は紙で作成した魔巨像、式皇子の足裏を、凍らせた地面に張り付けて。
そして、三度目はその式皇子を完全に凍り付かせ、動きを停止させ、危機を脱したのは。
ユーノの記憶にも、まだ鮮明に残っていた。
「ボクはほこりある、獅子人族のぞくちょう。獅子人族はうけたおんはぜったいにわすれない──」
倒れていたフブキと言葉を交わしながら、弱々しく手首を掴んでいたフブキの指を一度は振り解いたものの。
すぐに、離れた手をユーノは握り締めていき。
「だから、こんどはボクがフブキをまもるんだ」
ユーノは体内に宿る魔力を昂らせていく。シュパヤに何度も蹴りを喰らい、地面に倒されて体力こそ消耗はしたが。
まだシュパヤとの戦闘を継続するに、充分な量の魔力は残されていた。
強い決意を秘め、倒れたフブキを見据えたながら。再び両腕に黒鉄の装甲と武器を纏い、シュパヤを迎撃しようとしたその時。
「──え?」
ユーノが握っていたフブキの指と手が、突如熱を帯び始める。
同時に、握っていたフブキの手が白く輝き出す。
「あ、あつっ! な、な……なに、これ、っ?」
いや、ユーノが「熱い」と感じたのは手に異変を感じた最初だけで。
続けて感じたのは、火傷と間違うほどの肌が焼ける感触を持った、冷気。
火属性や氷属性の魔力が不得手だったが故の、あまり馴染みのない感覚に。思わず戸惑いの表情を浮かべていたユーノだったが。
もっと困惑の顔を見せていたのは、地面に倒れていたままのフブキだった。
「な、何で今、カガリ家の加護が発動してるのっ?」
カガリ家の加護。カガリ、という名前の由来にもなった、世界を統べる十二の属性、その一つでもある火の精霊を介さないで、燃え盛る火の魔力を操る力。
しかもフブキが宿すのは、従来のカガリ家の加護の力とは真逆とも言える、あらゆる物を凍て付かせる氷の魔力。
フブキの手の中で白く煌めく氷の魔力が、使い手であるフブキの意志を介さないで、手を握り返しているユーノへと影響を与えていた。
慌ててフブキが加護の力を制御しようとするが、白い閃光の輝きが衰えを見せる様子がない。
「こ、このまま、じゃ……」
加護の制御が効かないことに、フブキの顔が苛立ちと苦悩で険しく変わる。
今までにも、オニメの召喚した溶岩や地面、紙の巨像を凍結させてきたように。このまま制御出来なければ、ユーノの腕すらも凍結させてしまうかもしれない、と考えていたからだ。
だが。
「だいじょうぶだよ、フブキ」
「え? だ、だって……」
氷の加護に晒されてしまっていた、当のユーノはというと。
握り返していた腕が凍結する気配は全くなく、冷気を我慢して耐えている顔にも見えず。寧ろ穏やかな笑顔を浮かべ、口からは魔法の詠唱を紡いでいた。
もう一度「鉄拳戦態」を発動するための魔法・「地鳴りの戦鎚」の、である。
迫るシュパヤに対抗するための力を手に入れるために。
次の瞬間。詠唱が完了し、ユーノが魔力を解放すると。
「いくよ──鉄拳戦態ああああああああああ‼︎」
ユーノの両腕に、本来ならば攻撃魔法として発動するべき魔力が、黒鉄として装着されていく。
──本来であれば。




