180話 フブキ、怒りの極零波
というのも。
今までにフブキが氷の加護を発動させた際、魔力を周囲に放出していたため。猛烈な冷気は下へ、下へと流れ、まず地面を凍てつかせていたからだが。
現時点で、同じような発動をすれば。まず冷気に晒されてしまうのは、地面に倒れているユーノだ。
ユーノを助けるためには急遽、加護の使い方を変えるしかない。
巨像に足蹴にされ続けている事に怒りを覚えてはいたものの、あくまで冷静に。フブキはどうやったら氷の加護を有効に発動出来るかを、目を閉じながら必死に考え。
……そして、導き出した結論が。
「毘沙那っ──」
この国の言葉らしき詠唱と、胸の前に突き出した両手の指を妙な型で組む。そこまでは今までの氷の加護の発動方法と同じではあったが。
まず、指の組み方が違う。
これまでのフブキは、両手の指を大きく広げて重ねたような組み方だったが。今は、握り込んだ拳を縦に並べて、剣を持つような指の構えを見せ。
カッ、と大きく両眼を見開くと。
冷気の対象とするべき巨像を睨み据え。
「──極零、波あああああ‼︎」
今までの「零凍波」とは違う呼び名を叫ぶフブキは。
握り込んだ両手の指に溜めていた氷の加護を、まるで剣を振り下ろすかのように。巨像に対して怒涛の勢いで解き放つ。
指の組み方を変えただけで、フブキから解放された冷気はこれまでのように無差別に広がるのではなく。
明らかに指向性を持って、いまだユーノの頭を踏み付けていた巨像をのみ対象に。集束した冷気が一直線に迫っていく様に。
氷の加護を放った後のフブキがボソリと小声で。
「や、やったっ! 咄嗟にだけどっ、成功して、よかったっ……」
そう呟きながら、巨像を睨み険しかった表情を。今まで一度も挑んだ試しもない発動の方法が成功したことで、少しだけ緩んでみせる。
周囲の空気までが煌めいている程の、猛烈な冷気の的となった巨像はというと。
ユーノの頭を踏み付ける事に固執し過ぎたためか、それとも。フブキの氷の加護を「足元を凍らす」程度ばかりと侮っていたのか。
「う、うわああああ⁉︎」
回避が間に合わず、ユーノを踏み付けた体勢のままで迫る極低温の塊が直撃した途端に。
紙で出来た巨像の表面が、冷気が触れた箇所から霜が張り凍り付いていき。凍結の範囲は瞬く間に巨像の全身へと広がっていくと。
「さあ、完全に凍り付きなさいっ!」
「……ああ……あぁぁ、ぁぁぁ──」
巨像と一体化していたシュパヤの驚きの声が聞こえなくなる頃には。巨像の全身のあちらこちらに霜や小さな氷柱が張り付き、完全に凍結し、動きを停止してしまう。
「ゆ、ユーノっ!」
巨像の足裏から、頭を踏み付けられていたユーノへと冷気が伝わってくる前に。ユーノの身体を巨像から引き離すため、フブキは急いで二人の場所へと駆け寄っていき。
「お、重い、っ……あ、脚をっ、退かしな……さいよ、っっっ!」
まだ意識を失ったままのユーノを、身体が凍結し動きが止まった巨像の足元から何とか引きずり出すと。
両腕の「鉄拳戦態」が解除され、小柄な少女の体格であるユーノの身体をフブキは何とか抱き上げると。
一度、全身を凍結させた巨像から大きく離れて、意識のないユーノを地面へと寝かしていき。
数度、巨像の太い脚から繰り出された重い威力の蹴りを身体に、頭に連続で喰らい。ユーノの頭や目、鼻に口と、至る箇所から血を流していた痕が何とも痛々しい。
「か、簡単な治癒魔法しか、使えないけどっ……」
血を流すユーノの顔を見たフブキは、今自分に出来る最大限の行動を取る。それが即ち、初歩的な治癒魔法の一つ「小治癒」だった。
初歩的であるが故に、詠唱の必要もなく発動が出来る。フブキは癒しの魔力を宿した手を、傷付いたユーノの額の傷口へと当てていくと。
フブキが治療を始めて程なくして、意識がなかった筈のユーノの口から声が漏れる。
「う……う、ん……っ」
「ユーノ、目を覚ましたのねっ!」
発動した「小治癒」が功を奏したかは不明だが、とにかくユーノの意識が戻り、ゆっくりと目蓋を開いた……かと思えば。
何かを思い出したかのように、ぱちくりと何度も目蓋を大きく開けたり閉じたりしたユーノが、素早く上半身を起こしていくなり。
「はっ? ふ、フブキっ、あ、あいつはっ!」
戦闘の最中に気を失ったユーノは、敵であるシュパヤの位置を探ろうと。身体を起こすなり、周囲をキョロキョロと見渡していくが。
そんなユーノの視線に入り込んだのは。白い紙の表面をさらに霜の白さで染め上げ、全身が凍り付き動きを停止していた巨像の姿だった。
「す、すごい……すごいすごいっ! あれ、やったの、フブキだよねっ? だよねっ?」
「え、ええ、そ、そうだけどっ……」
すると、先程まで気絶していたとは思えない程、フブキに鼻の頭が触れそうな勢いで顔を寄せていくユーノ。
きらきらと目を輝かせながら、全身を凍結させた巨像を指差しながら。それがフブキの氷の加護による結果かどうかを問い掛けてくるのだ。
あれだけ巨像の攻撃を喰らい、それでもまだ元気であったことに安堵しながらも。
顔を迫るユーノの勢いに、嬉しいながらも少し困惑を隠せなかったフブキだったが。
「──あ」
そう、ユーノが表情を強張らせ、声を発したのを聞いた途端。
フブキの側頭部に突然、強い衝撃が走り。
ユーノを介抱していたフブキの華奢な身体が浮き、真横へと吹き飛んでいった。
大きく宙を舞ったフブキの身体は、地面に落ちた際に着地をまともに行うことも出来ずに。地面で身体を何回転もさせながら、吹き飛ばされていったフブキを見て。
「ふ、フブキいいいっっっ⁉︎」
即座に片膝を突いた体勢から、四つん這いに似た低い姿勢で、地面を大きく蹴って跳躍し。盛大に吹き飛ばされていったフブキを懸命に追い掛けるユーノ。
吹き飛んだフブキが、一向に起き上がってくる気配がない事を心配し。追いついたユーノは慌ててフブキの顔を覗き込むと。
「あ、あはは……た、立場が逆になっちゃったわね……ぐ、っっ⁉︎」
「しゃ、しゃべっちゃだめだよおっ!」
身体が吹き飛ぶ原因となった強い衝撃のせいか、今度はフブキの額が割れ、傷口から血を流していたのを確認すると。
ユーノは険しい表情で、先程までフブキと二人でいた位置をキッ、と睨み付ける──その視線の先には。
「やれやれ。少しばかり危なかったけど……あれで終わった、と思ったのが間違いなんだよ」
紙で出来た巨像、式皇子の胴体部に入り込み、巨像と一体化して動いていた子供の姿だった。
「毘沙那・極零波」
本来ならばカガリ家ではなく八葉の一角・シラカミ家の血統が持つ雪の守護神ビシャナの力と、始祖たる凍の女皇カイの加護を具現化し、氷の精霊が司るのとほぼ同等の冷気の魔力を発生させ。
術者が生み出した冷気の魔力を集束したことで、「零凍波」よりも極低温の空気に指向性を持たせ、ごく狭い、狙った対象のみに放つ事が可能となり。さらに低温となった冷気は対象を瞬時に凍結させることが出来る。
ただし、今のフブキは氷の加護の完全な制御が出来ていないため。今回使用された「極零波」は、指向性だけしか発揮していない。




