179話 ユーノ、意識を刈り取られる
感情の昂りは、ユーノが身体に負っていた数々の損傷の悪影響を、一時的にではあるが抑えてくれる。
立ち上がり、腕を一本失ったばかりの巨像を睨みつけていたユーノは。
「う……腕がっ、吹き飛んだ、だってえ?」
ユーノとの戦闘で初めて被弾したからか、激しく動揺する姿を見せ。ふらふらと体勢を崩していた巨像の状態を見逃がさなかった。
「ここでいっきにたたみかけるっっ!」
地面を蹴って駆け出すと。真正面から突撃する……のではなく。「黒鉄の礫」を受けて腕が吹き飛んだ側面へと、回り込んでいった。
自分の突撃を、拳で迎撃されるのを避けるために。
「──はああああああぁぁぁっっ‼︎」
気合いを轟かせながら、右腕に装着した巨大な籠手の拳を振り上げると。先程は躱されてしまった、巨像の胴体部へと狙いを定め。
地面に弧を描くような軌道で走るユーノは、一気に巨像との距離を詰めていき。
攻撃が届く間合いにまで踏み込んだユーノは、振り上げて力を溜めていた右腕を。胴体部を打ち抜く勢いで真っ直ぐに突き出していく。
だが、ユーノが攻撃を繰り出した瞬間。
巨像の頭部に浮かび上がる、顔を模した紋様が不気味に笑ったように変わり。
「……なんちゃって」
迫ってくるユーノを小馬鹿にしたような言葉と同時に。
紙で作られた巨像の腕が吹き飛んだ際、地面へと散らばっていた真っ白な紙が。ふわり、と浮き上がったかと思うと。
ユーノの魔法が直撃し、腕があった箇所へと集まり出すと。失ったばかりの巨像の腕が再生され始めていた。
「忘れてない? 式皇子の身体は紙で出来てること、だからいつでも、簡単に元に戻せるわけ。術者が生きてる限りは、ね」
今、ユーノが戦っている巨像の巨体は。ほぼ全てが真っ白な草紙が素材の、創造魔法で作られた魔巨像の一種だという事を。
あらためて紙の巨像を作り出した術者に説明をされる。
と同時に……本来ならば魔法で腕が吹き飛んだ時点で再生出来たにもかかわらず。ユーノが突撃を仕掛けるまで、元に戻すのをわざと躊躇していた事を。
見れば、先程までは腕が吹き飛び、これ見よがしに崩れていた巨像の体勢は。
既に、軽やかに左右に小さな跳躍をするまでに体勢をしっかり整えられ。ユーノの突進に備えて、再生している最中の腕で力を溜めている最中であった。
「で、まんまと誘き出された……ってわけよ、雑魚がさ」
右の拳を打ち放った後のユーノではあった、が。
感情が昂り、興奮状態の頭ても、さすがにここまでくれば嫌でも理解していく。
自分はシュパヤに煽られ、騙されたのだ、と。
「し、しまっ……?」
だが、既に突き出した腕の勢いは引き戻せはしない。
ユーノの右拳と、再生したばかりの巨像の拳とが、三度空中で衝突した。
「──う、わあああっ⁉︎」
先の二度の激突では、ほぼ互角の威力だったユーノと巨像だったが。三度目の衝突では、再生したばかりの腕に完全に威力で押されてしまった。
シュパヤの作戦に見事に引っ掛かってしまった事に動揺し、拳に込める力と勢いに躊躇いが生じた事で。巨像の攻撃の重さに対抗する威力が発揮出来なかったのだ。
力負けした右腕が弾き飛ばされ、その勢いで敵の目の前で無防備な姿を晒してしまったユーノ。
先程のシュパヤと違い、本当に体勢が崩れている状態。
「これで決めてやるよっ、南天紅雀拳……」
その時、巨像は既に右の脚を振り上げ。体勢を崩したユーノの頭目掛けて、鋭い蹴りを繰り出していく。
当然ながら、大きな隙を作ってしまった今のユーノには攻撃を察知することは出来ても。迫る右脚に回避や防御などの反応をすることが出来ず。
成す術なく、側頭部には強い衝撃が。
「──はぐぅ⁉︎」
無防備な相手に放たれた、無慈悲な重い一撃に意識を刈り取られそうになり、ユーノの視界が一瞬だけ真っ黒に染まるが。
先程、胸の中に再燃させた闘志の炎が。闇に沈みそうな彼女の意識を戻していく。
「……ふあっ? あ……あぶなかったあ!」
だが、視界に光が戻ったばかりのユーノの眼に映ったのは。
蹴りを放ったばかりの巨像が、既に左脚で大きく地面を蹴って跳び上がり。頭を蹴った右脚を軸にして、身体を左へと捻っている動作の最中だった。
しかも、右脚で蹴られた衝撃で、ユーノの身体は左側へと傾いていた。その僅かな体勢の崩れが、防御のために籠手を頭との間に挟む事を許さなかった。
「火鷹──双翼っ‼︎」
轟音を立てて迫る巨像の左脚が、先程の一撃目とは左右真逆の側頭部を捉え。再びユーノの頭が重い蹴撃で揺らされる。
「が、は、っ⁉︎……あ、ぁ、ぁ……っ……」
頭に何度も蹴りを受けたからか、口からは血を吐き、鼻や目からも血を流してしまうユーノ。
一瞬の間、左右からほぼ同時に加えられた頭部への強く重い衝撃に。一撃目こそ、何とか意識を刈り取られずに済んだユーノだったが。
続く左脚の一撃は、ユーノの生命の灯こそ消してはいなかったものの。不屈の闘志を意識ごと深い闇に沈めていくのには成功していた。
悲痛な声でフブキが、ユーノの名前を叫ぶが。
「ゆ……ユーノっっっっ⁉︎」
意識を無くしていた彼女の耳には届かず、白目を剥いたまま、両膝が崩れ地面へと倒れ込んでいくのを見ると。
二人の戦闘に巻き込まれないよい離れていたいちから、倒れたユーノに向けて足を動かしていたフブキ。
「まあ、雑魚にしてはよくやったんじゃない──かなっ!」
だが、シュパヤは地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなったユーノの頭を足蹴にし。
今まさに息の根を止めることに意識を向けていたため、接近するフブキに何の警戒もしていない様子だった。
だから。
「我祈り願う……鎮める権現……白く凍れる銀嶺の風──」
フブキがその身体に宿した氷の加護、それを発現させるための詠唱を呟いていたことにも、シュパヤは気が付かなかった。
詠唱を完了し、両手に氷の加護の魔力を溜めたフブキが声を発するまでは。
「……ユーノから。その脚を、退けなさいよっ!」
察知されていない時点で氷の加護を解放してもよかったのだが。
たとえ付き合った時間こそ短くても。カガリ家とは何の縁もない余所者にもかかわらず、自分のために生命を張ってくれるユーノが。黒幕の手の者に頭を踏まれている、という状況がどうにも許せなかったのだ。
憤った腹からの大声で、ようやく声の主であるフブキに反応し。ユーノの頭に脚を乗せたままで振り向いてみせる巨像。
「へえ。自分から殺られに来るなんて、身の程知らずもいいとこだね、お姫様」
言葉に反応こそしたものの、いまだユーノから足を退けない巨像を怒りの感情のまま睨み付けていくフブキは。
「──許さない」
手の中にある氷の加護の魔力を、両手の間に溜めたまま、ぎゅぅぅぅと収縮していく。
「南天紅雀拳・火鷹双翼」
まずは脚を振り上げ、対象の頭を目掛けて鋭い蹴撃を放つ。防御、もしくは直撃をした瞬間。軸足としたもう一方の脚で跳び上がり、蹴りを放った脚を軸に腰を捻って。
もう一方の脚でも頭部を狙い、二本の脚で対象の頭を挟み込むように蹴りを連続して浴びせる。
最初の一撃で片側に意識が寄っている視界の外側からの攻撃となるため、二撃目の蹴りを回避や防御は困難となる。
本編では未公開だが、両脚で頭を挟んだ状態を保ちながら。対象の身体を持ち上げ投げ飛ばす派生技もある。




