178話 ユーノ、形勢逆転の一撃
まさか、顔を殴り飛ばした相手が。吹き飛ぶ自分よりも早く背後に回り込み、追撃を仕掛けてくるとは予想外だった。
強引に地面に足を着けていれさえしていれば、まだ地面を蹴って無理やりに飛ぶ方向を変え。回避することも出来ただろうが。
現状では、ユーノが回避行動を取るのは困難だった。
「……く、くそおっっ! でも、っ!」
だが、ユーノは諦めることなく。自由に動かすことの出来る両腕の籠手を、頭上で交差させて構え、巨像の放った蹴撃に備える。
咄嗟の防御が間に合ったようで。空中を舞い、頭上から振り下ろされた巨像の重い脚による一撃は。ユーノが頭への直撃を避けるため、頭を守ろうと交差した両腕と激突する。
ユーノの両腕に装備された黒鉄の籠手からは、まるで鉄が潰れるような重く大きな衝突音を響かせ。
「ぐ、っ、ぎ、ぎぎぎ……っ?」
「へえ、蜂旋火に反応出来るなんて、やるじゃん」
それでも、ユーノの堅固な防御の構えは、巨像が放った重い蹴りの威力を受け止めた……ように見えた。
確かに、ユーノが咄嗟に取った防御行動で、直撃していれば頭蓋が砕けたかもしれない威力の蹴りを防ぐことは出来たが。
「う、うでが、っ……し、しびれてっ?」
思わず防御のための腕の交差を解いたユーノ。
いくら軽い紙で出来ていたとはいえ、巨人族を思わせる体格の巨像。そんな大きな物体が勢いを乗せて頭上から降ってきたのだ。
籠手で受け止めはしたが、威力を完全に殺し切ることが出来ず。
脚と籠手との接点から強烈な振動が、ユーノの両腕に伝わり。腕が痺れて、防御の姿勢を保てなくなってしまった。
「──でも。蜂旋火はここからが本番なんだぜ。残念だけど」
「へ……っ?」
不意に、体勢が崩れたユーノの肩に何かが触れ、ぐいと掴まれる感触が襲う。
見れば、今蹴りを打ったばかりの巨像が、ユーノの肩に手を置いて。その腕を軸にしてユーノの背中へと、直立した体勢のまま回り込んでいくと。
「これがっ──蜂旋火・火蜂いっっ‼︎」
今度は両脚を揃えて、完全に無防備になったユーノの背中を目掛け。踏み付ける、とも言えるような両脚での蹴りを浴びせていく巨像。
「が……はあっ、っっつ⁉︎」
背中と腰辺りに、巨像の全体重を乗せた一撃を喰らい、大きく身体を仰け反らせてしまい。蹴りの威力で折れた肋骨から激痛が奔り、一瞬白眼を剥いてしまうと。
顔面を殴られた時には何とか転倒せず踏ん張ったものの、今度こそユーノは地面へと顔から倒れてしまう。
「が、ふっ……ぎ……く、くやしいけど、こいつ……つよい……っっ」
力で押し負け、速度でも自分を上回る動きを見せたシュパヤの実力に。地面に倒れたままのユーノは、悔しさから唇をキュッ……と噛んでしまう。
直ぐに立ち上がろうとするユーノだったが。頭上を狙った蹴撃を止めた際の痺れが残っているのか、まだ腕に上手く力が伝わらず。
腰を踏み抜かれたことで、両脚にも力が入らず。何とか四つん這いの体勢になるのが、今のユーノにはやっとだった。
「た、たてよっ、ボクのあしっ……ま、まだ、ボクはたたかえるぞっ……」
そんなユーノから少し距離を空け、互いの拳や脚が届かない位置へと着地する巨像。
荒れた地面にもかかわらず、着地の際にほとんど音を出さない足捌きで。まだ起き上がれるまでに時間の掛かりそうなユーノに、ゆっくりと近寄ってくると。
「あれ? もう終わり? つまんないな──あっ!」
立ち上がらないユーノに対し、興味を失ったような言葉を投げ掛けると。
地面に転がっている小石を蹴るように無造作に、四つん這いの体勢のユーノの腹を蹴り上げようと脚を動かした巨像。
だが。
「まだ……おわりじゃ、ないもんっ!」
まだ手足が痺れて、立ち上がれないならば……と。ユーノは両肘と両膝を地面に着けた四つん這いの状態から、一度地面に倒れ伏すと。ごろごろと転がりながら、巨像の蹴りを回避してみせる。
そして、倒れながらもようやく痺れが回復してきた右腕を、接近してきた巨像へと突き出すと。
「──黒鉄の礫っっ!」
ユーノの掛け声とともに。右腕に装着していた籠手、その巨大な拳を形成する指の装甲の一本が。
まるでヘイゼルの持つ単発銃の鉄球を思わせる高速で、巨像へと放たれる漆黒の閃光。
「……は? はああああああっ? ま、魔法だってえ?」
シュパヤは完全に油断していた。
あまり獣人族の知識がないからか、ただちょこまかと動き回って暴れる程度の事しか出来ない……と。目の前のユーノの実力を侮っていたからだ。
だから、まさか。
そんな獣人族風情が、咄嗟に攻撃魔法を使用してくるなんて。微塵も思っていなかった。
ユーノの右腕から撃ち放たれた黒鉄の指は、巨像の胴体部に狙いを定め、一直線に迫る。
「く、っ……こ、この餓鬼いっ!」
心の隙を突かれたためか、ユーノの攻撃魔法への反応が一瞬遅れたシュパヤではあったが。
そこは、獣人族ならではの俊敏さを誇るユーノですら、姿を捉えるのが困難な程、高速で動くことの出来る巨像だ。
咄嗟に横へと動き、胴体部への直撃を回避することには成功したものの。
ユーノの「黒鉄の礫」を完全に回避することが出来ず。凶器と化した籠手の指が、紙の巨像の片腕へと命中し。
つい先程。ユーノの鉄拳を受け止め、互角以上に迫り合ってみせたのが「嘘」と思うくらい容易く。攻撃魔法を受けた腕には大きな穴が空き、肘から先が吹き飛んでいく。
「や、やったわ、ユーノっ! これで敵も少しは弱まったはずよっ」
劣勢だったユーノの攻撃魔法が、巨像の腕一本を奪い、形勢が逆転した様子を。二人の格闘戦に巻き込まれないよう、距離を空けて傍観していたフブキが歓声を上げる。
「うんっ、ありがと、フブキっ」
フブキの声を聞いて、手足の痺れが徐々に抜けていき、ようやく両の脚で立ち上がることが出来たユーノは。
腕を一本、失ったばかりの巨像を睨み据える。
勿論、立ち上がることが出来たからといって、今までに受けた肉体的損傷が突然に回復するわけでは、決してない。
折れた肋骨の痛みは、先程の転倒でさらに酷く痛むようになっていたし。腰に受けた重い蹴りのせいで、まだ両脚には充分な力が入らない。
それでも、ユーノの両の眼から戦意が失せず。いや、寧ろさらに闘志が再燃していたのは。
敵の不意を突いたから、とはいえ。あまりに高速な足捌きと、前後左右に加え、跳躍による頭上まで含めた変則的な動きを捉えることが出来ず。相手に有効な一撃を命中させることが、今まで出来ずにいたユーノが。
やっとシュパヤに与えた、有効な一撃だったからだ。
絶対に攻撃が当てられない相手ではない、とユーノが認識したことが大きな理由だったが。
「お姉ちゃんやヘイゼルちゃんがたたかってるのに、ボクだけまけちゃいられないよっ!」
それにもう一つ。
ユーノが「仲間」と認め、慕い、背中を預けることを良しとした者らが、この三の門の前を戦場にして。
アズリアは赤い結界の中で戦っていて。
ヘイゼルは敵の弓兵と向き合っている。
今もなお、別の敵と対峙している最中なのだから……というのが。
ユーノが再び闘志を燃やした理由でもあった。
「南天紅雀拳・蜂旋火」
一度相手に背を向けた体勢から、足を蹴り上げるように真後ろに上空高く、弧を描きながら跳躍し。空中で後ろ向きに数回転していく体勢から放たれる蹴撃を総じて「蜂旋火」と呼び、派生技に繋げていく
「旋雷」
派生技の一つで。その後、遠心力と自重を乗せた脚を相手目掛けて振り下ろし、対象の頭を叩き割る。
「火蜂」
同じく派生技の一つ。相手の頭や肩を掴み、背中目掛けて勢いを乗せた両脚を叩き込む。




