177話 ユーノ、紙の巨像に翻弄される
この話の主な登場人物
ユーノ 格闘戦が得意な獅子人族の獣人族の少女
フブキ カガリ家当主マツリの実妹
シュパヤ 「韃靼」の一員で南天紅雀拳の手練れの子供
さらにもう一方。
白い紙の魔巨像を操る子供・シュパヤと対峙していた、ユーノとフブキはというと。
◇
「……どうしたの? 掛かってくるんじゃなかったのかい?」
自分が作り上げた白い巨像の内側へと入り込み、巨像と一体化したシュパヤの声が響く。
その声が発せられた箇所、子供の顔が浮かび上がった巨像の頭部が睨むその先には。
拳を構えたまま前に出るのを躊躇し、動きを止めていたユーノと。二、三歩ほど後ろに位置していたフブキ。
ユーノの両腕には既に、「鉄拳戦態」の巨大な黒鉄の籠手が装着されていた。にもかかわらず、である。
「な、何よ、あれっ……?」
「わ、わからないけど……あいつ、さっきまでとぜんぜんふんいきが、ちがうっ」
二人が足を止めていたのは。目の前で紙で組み上げた巨像の中に、その術者である子供が飲み込まれる様子を目の当たりにした……それだけではなかった。
「まだ、うごいてないのに、ボクのはだが……ぴりぴりしてる……っ!」
巨像から発せられたのは声だけではなく、先程まで戦っていた時にはなかった威圧感も、だった。その圧力を肌で察知し、思わず足が止まっていたユーノ。
氷の加護を扱えるフブキも、素手戦闘の手練れ二人の激突に巻き添えにでもなれば、おそらく生命はない。二人の戦闘に巻き込まれないよう、さらに一歩、二歩と後退る。
待てども、攻勢に出る気配のないユーノに。
戦況が停滞するのを嫌った巨像は、一定の距離を保とうとする二人の姿勢に。呆れたような、小馬鹿にするかのような口調で。
「ふぅん、掛かってこないの? それじゃ、仕方ないなぁ──」
先程と同じく、巨像の頭部から声を発した途端。
「ゔ、ええっっ⁉」
力こそユーノの鉄拳と互角以上ながら、鈍重な動きしか出来なかった白い巨像が。足元の地面を吹き飛ばし、信じられない高速で突撃してきたのだ。
突然の展開に、驚きの声を上げたユーノだったが。
「……とっとと終わらせてやるよっ、雑魚どもっ!」
「な、なんだ……とお、っっ!」
巨像の挑発的な台詞に苛立ちを覚え、怒りで即座に我に返ったユーノは。
一度、四足獣が獲物に飛び掛かる予備動作を思わせる、腰を低く屈めた姿勢を取ると。
「フブキ、あぶないからよこにどいててっ」
「う……うんっ!」
後ろにいるであろうフブキに、目線を合わせずに前を向いたままで。自分の背後には立たないよう、立ち位置の警告を発したユーノは。
間髪入れずに、白い巨像が迫る前方へと大きく跳躍した。
「ざこって……いうなああああアアアアアア‼︎」
獣の咆哮にも似た雄叫びとともに、巨像に劣らぬ速度で飛び出しながら。
巨像を殴り付けるため、巨大な黒鉄の籠手を握り込んだ右腕を大きく振りかぶる。
怒りで、自分が負った胸の痛みも忘れて。
「おお、すごいすごい。咄嗟に攻撃に出れるなんて、ねえ」
一方で、猛然と突進していた巨像もまたユーノと同じように拳を振り上げ。
低い体勢のまま高速で跳躍するユーノの、黒い閃光と化した黒鉄の拳と。白い巨像が繰り出した巨拳が──空中で激突する。
「が……っ! ぐ、ぬ、ぬうぅぅっ……」
「へえ、やるじゃん。式皇子と互角なんて、ね」
堅い物体同士がぶつかり合った時の、鈍い衝突音が盛大に鳴り、強烈に空気を振動させながら。二人の拳が重なった状態で、ユーノと巨像は互いに一歩も引かず。
互いに拳の威力で、相手を押し切ろうと力を拮抗させていたが。
「ぐ、っっ……ぎ、ぎぃぃ……っっ?」
ユーノの額からは大粒の汗が浮かび。歯を噛み合わせた顔は力を込めているよりも、痛みに必死に耐えている様子だった。
……それもその筈。
最初の巨像と子供と一対二の攻防で、不覚を取ったユーノは。巨像に力任せに空中高く放り投げられ、身動きの取れなくなったところをシュパヤの大技「南天紅雀拳・鷲爪蹴」をまともに喰らい。
右の肋骨が折れていたのだから。
前方へと猛然と飛び出し、拳を繰り出したまでは。子供に挑発され、小馬鹿にされた怒りの感情が、胸の痛みを忘れさせてくれていたが。
拳同士を合わせ、力を拮抗させていくうちに、感情で忘却していた折れた肋骨の痛みが呼び戻される。
「でもさ。さっきの鷲爪蹴を受けて、無傷ってわけにはいかないよね」
「ぐ……そ、そんなこと、ない、もんっっ」
どうやら巨像の内部に同化していたシュパヤは、自分が放った蹴りによって、ユーノが胸を痛めている事を既に知っていたようだ。
煽るような巨像からの言葉に、さらに噛み合わせた歯を軋ませ、痛みに耐えながら強気を保とうとしたユーノだったが。
「──いぃっ!」
拮抗する状態を維持し、巨像の拳を押し切ろうと右腕に力を込め続けていたからか。肋骨の激痛で顔を歪め、言葉を詰まらせてしまい。
途端に、ユーノの腕の力が緩み。力の均衡が巨像側へと大きく傾き。
「雑魚にしては頑張ったほうだけどさ──」
威力で押し切った巨像の拳が、真っ直ぐにユーノの頭へと直撃する。
「が、ふ……っっ!」
左腕の籠手による防御が間に合わず、顔面を殴られたユーノの身体は。後ろへと倒れ込むような体勢で、大きく後方へと吹き飛ばされていった。
だが巨像は、放置すれば後方に吹き飛んだユーノがそのまま地面に転倒するのを許そうとはせず。
ユーノへとさらなる追撃を加えるために、既に移動を開始し、その場から姿を消していく。
「まだまだ、この程度で解放される、と思ったら大間違いなんだけど、ねっ!」
姿が消えた、と思うくらいの高速の足捌きで。吹き飛ぶユーノを追い越し、いち早く後方へと回り込んだ巨像は。
「さっきも出した、南天紅雀拳の蹴りを、この式皇子で披露したらさ……どうなると思う?」
そう言い放つと同時に、まだ地面に足が着かず体勢を整えられていないユーノへと背を向けると。
背中側、つまり吹き飛ぶユーノの方向へと大きく弧を描くように跳躍した白い巨像は。足先が真上に、頭が真下になるよう空中で身体を回転させると。
一回転、二回転と回数を重ねる毎に速度と勢いが増していく──そして。
「南天紅雀拳・蜂旋火っ‼︎」
飛ばされたユーノが迫ると同時に。数回転した速度を乗せた巨像の太い脚が、真上から一気に振り下ろされた。
まさに、ユーノの頭を叩き割らんとする勢いで迫る、轟音を立てる凶器と化した巨像の脚。




