175話 ヘイゼル、抱いた疑問の種明かし
二発の鉄球が穿った胸の傷は、誰が見ても致命傷は避けられないほどの深傷。
だが、イスルギは自分の胸に空いた二つの穴には目も暮れず。真っ直ぐとヘイゼルを睨み据えると。
「な……何故っ? そ、その武器が……使えた、っっ?」
弱々しく動かした腕で、ヘイゼルがまだ向けていた単発銃、その二つの筒口を指差してみせる。
そう、今のイスルギにとって、致命傷を負った事よりも優先すべきなのは。装填が終わっていない筈の単発銃から、何故に鉄球が放たれたか……という謎の解明だったからだ。
「──か……はぁ、っ!」
そう問い掛けたイスルギの口から、鮮血が吐き出された。
鉄球が命中したのは胸。腹や喉を斬られたり、刺されたりはしていないのに、口から血を吐くのは。おそらくは肋骨が砕け、内臓を傷付けたからだろう。
即座に治癒術師の合意の治癒魔法による回復を受けなければ、生命を落とす……というのがヘイゼルの見立てだ。
残念ながら、ヘイゼルに扱えるのは擦り傷ほどの軽い傷を癒せる、簡単な治癒魔法だけだ。とてもではないが、イスルギの負った致命傷を回復することは出来ない。
「まあ……どうせ、死んじまうんだから、最後くらいは聞かせてやってもいっか」
ならば、代わりにと。ヘイゼルは手に握っていた単発銃を一本、脇へと挟み。片方だけ手を空けると。
その空いた手を懐に入れると、取り出して見せたのは、小さな紙包みであった。
紙、とは言っても大陸で一般的に使われている羊皮紙や草紙ではなく、この国で使われている真っ白な紙、ではあったが。
「そ……それが、な、何だと……?」
ヘイゼルが持つ紙包みと、イスルギの抱いた疑問とが全く結び付かず。震える指と大きく見開いた目が、言葉以上に訴えかけていた。
紙包みの正体と、その中身が何なのかを。
だからヘイゼルは、目の前で紙包みを破いてみせると。裂けた紙の隙間からポロポロと溢れるのは、黒色の粉状の物体と。単発銃に詰められる鉄球だった。
「こいつはね、鉄球と炸薬を一緒に包んであるんだよ。この国の紙で、な」
鉄球を撃ち終え、空になった単発銃の攻撃の準備を整える装填作業に、何故そこまで時間が掛かるのかというと。
単発銃の筒口へと鉄球を入れるのもだが。一番の難点は、粉末状の炸薬を流し込む事だ。決して大きくはない単発銃の筒口に、外に溢さずに粉末を注ぐのは。想像以上に集中力と手先の器用さを要求される作業なのだ。
「で。何とか作業を簡単に出来りゃ、単発銃の連発も出来るんじゃねえか……と踏んでな。そこであたいは、この真っ白な紙に出会ったんだ」
当然、海の王国の中でも「鉄球と炸薬を一緒に装填出来れば」という発想は出てきたが。
大陸製の羊皮紙では、紙の厚さから包みが嵩張ってしまい。草紙では紙の強度に難点があり、黒色の粉末状の炸薬が包みから漏れてしまう。
二種類の紙ともに、筒口に入れること自体が出来なくなってしまい。無理に筒に詰めれば、発射すら出来ない……という結果に。
いち早く単発銃を導入した海の王国の海軍でも、装填を早める案は立ち消えになっていたのだが。
薄く、しかも丈夫なヤマタイ製の紙。
ヘイゼルが、この国で日常的に使われていた紙との出会いが。大陸最強と名高い海の王国の海軍ですら一度は諦めた、単発銃の装填時間の短縮に成功した、という理屈を。
「──と、いうわけさ」
ヘイゼルは、死を待つのみという状態のイスルギに説明を続けていた。
ふと、周囲を見渡したヘイゼルは。装填が短縮出来る秘密を一番知られたくない相手、つまりは真っ赤な空気の内側で戦っている最中の女戦士と、ほぼ視界が通っていないことを確認すると。
「そして、もう一つの秘密だ。それはね──」
すると、既に包みを破って使い物とならなくなってしまった鉄球と炸薬を地面に捨てたヘイゼルは。新たに懐から二つの紙包みを取り出すと。
「並列行動」
言葉とともに、ヘイゼルが魔法を発動した瞬間。
彼女の両の手に握られていた単発銃の筒口に、左右それぞれの指で摘んでいた紙包みを。
右手の指で、左手で握る単発銃に挿入し。
左手の指で、右手で握る単発銃に挿入する。
胸の前で交差をさせるように、全くの同時に紙包みを筒口に詰め終えてみせた。
僅か一度、瞬きをする程度の時間で。
「……そ、その、魔法は?」
「ああ、普通なら戦闘にゃ使わねえ魔法なんだけど……コレがさ。装填に使うと便利だったんでな」
並列行動。
一瞬だけ思考を二つに分け、左右の手で別々の作業を実行出来るようになる、といった効果の基礎魔法だ。
効果時間は本当に一瞬なので、たとえば。料理の最中に材料を横で切ったり、二つの衣類を同時に洗ったり、書類を記しながら指印を押したり、と。日常生活がより便利になるような使用法が一般的だが。
まあ……戦闘中でも。武器を構えながら腰にある道具を取り出したり、という使い道もあるにはある。
そんな「並列行動」を単発銃の装填に使える、とヘイゼルが気付いたのは、意外にも。
この国で使われていた真っ白な紙で、鉄球と炸薬を包めば時間を短縮出来る、と閃いたのと同時だった。
「さて、答え合わせの時間は終わりだよ」
胸に空いた二つの大穴から、大量の血を流しながら片膝を突いていたイスルギの頭へと。
目の前で装填をしてみせたばかりの単発銃を構え、無慈悲に筒口を向けていくヘイゼル。
「そうか……残念だ、ぐ、ぐ……っ、ぬうう!」
最早、自分の運命は変えられないと理解していたイスルギだったが。
まだ敗北を受け入れたわけではないのか、血を吐きながら歯を懸命に噛み締め、まさに最後の力を振り絞る様子で。鉄弓を構え、背中から一本の鉄矢を取り出して弓に番えてみせる。
「お……オレもまだ、貴様に語っていないことが、あ……あって、な」
「そいつが聞けなくて、本当に残念だよ」
ヘイゼルの興味を惹くためなのか、イスルギもまた何かの種明かしを説明しようとしたが。
好奇心よりも、目前の勝利を確実にしようとしたヘイゼルは。イスルギの言葉には耳も貸さずに、最早その場から動けないであろう敵へと。装填したばかりの鉄球を撃ち放つ。
同時にイスルギもまた弓の弦を弱々しく引き絞り。
「まあ……焦るな、すぐにわかる。すぐに──な!」
矢は放たれたものの、先程までのイスルギの矢は比べ物にならないほど矢の速度は衰え、風を切り裂く音すら物足りない。
しかも胸の傷の影響で手が震えたからか、弓から放たれた矢だったが。
目標であるヘイゼルのの頭の位置とはあらぬ方向へと飛び、身体を掠めるだろいという程に軌道が逸れていってしまう。
「おっと──」
それでも、身体に命中すれば痛いわけで。
単発銃の発射による衝撃で、手足が痺れていたヘイゼルだが。どうにか身体を捩って急所から外れた矢を回避するヘイゼル。
対照的に、ヘイゼルの単発銃から撃ち出された鉄球は。
地面へと片膝を突き、その場を動く気配のないイスルギの頭部へと直撃し。頭蓋を粉砕する音と、赤い飛沫が地面に舞い散っていき。
「──が、っっ⁉︎……あ……ぁぁ……」
頭の一部が吹き飛んでしまったイスルギの身体は、力を失い。握っていた鉄弓を手から離し、地面へと仰向けに倒れていった。




