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174話 ヘイゼル、傷の代償を払わせる

 それは「奥の手」と銘打ってヘイゼルが腰に構えて準備していた、新たな二本の単発銃(マスケット)

 こうしてヘイゼルの手に握られた二本の単発銃(マスケット)の火種には、既に無詠唱での魔法で火が灯っており。後は、引き金を押し込めば鉄球が放たれる準備が整っていた。


「一発程度ならどうにか出来るあんたでも、さらに二発足されたら──どうだいっ!」


 そう言葉を吐き捨てたヘイゼルは、何の躊躇(ためら)いもなく引き金を引き。

 構えた単発銃(マスケット)の鉄筒から(ほとばし)る火花と爆発音。そして火を噴く二つの筒口からは鉄球が恐るべき高速で飛び出す。


 ヘイゼルとの距離がまだ空いていた時には。単発銃(マスケット)から放たれた二発の鉄球を、連続で射った四本の矢で迎撃するのには成功しているイスルギだが。

 半分ほどに距離を詰めて、しかも二発ではなく先の単発銃(マスケット)の鉄球も含め、計三発。それを迎撃するためには、四連射を超える速さで鉄矢(てっし)を放たねばならない。


 だが、イスルギの顔に焦りの色は見られない。


「……面白い。ならば、見せてやる!」


 矢を取り出すために矢筒に回した手から、一本ではなく六本の鉄矢(てっし)を取り出した途端。

 突然、イスルギの両腕の筋肉が膨れ上がり、一回りほどに太くなり。

 

「う、うおおおおおおオオオオオオっっ!」


 無表情なイスルギの口からは、珍しく感情を乗せた雄叫(おたけ)びが発せられると。

 

 鉄弓に素早く(つが)えた矢とともに、本来ならば一人で引っ張る事すら難しい鉄製の(つる)を高速で引き絞り。

 矢を放つと同時に、既に二本目の矢を弓に(つが)えて、発射の反動でまだ震えていた鉄の(つる)を無造作に掴む。まだ震えている最中の(つる)に触れれば、下手をすれば指の先が切断される程に危険なのだが。

 こうして掴んだ(つる)を再び高速で引き絞ると、二本目の鉄矢(てっし)を一瞬で射ち出すイスルギ。


「──な、何だい、その、速さはっ……」


 信じられない、といった様子でイスルギが連続して矢を放つ一連の動作と、その速度を目の当たりにしたヘイゼルは。

 四連射が限界、という自分の思惑(おもわく)を遥かに超えていたのを認めざるを得なかった。


 それほどに、矢を(つが)え、(つる)を引き、離すという一つ一つの動作が早すぎたのだ。


 矢を握り、鉄製の(つる)を軽々と引き絞る側の腕の表面には血の(くだ)が浮かび上がる。いや……(つる)を引く腕だけではなく、鉄弓を握る側の腕もまた。

 両腕ともに、尋常(じんじょう)ではない力が込められてるのをヘイゼルは一目で理解する。


「れ──連矢(れんし)・六連……っっ!」


 三本目、四本目……と先の二本と同じく、一切の加減なく限界まで(つる)を張り、自分(イスルギ)へと迫る三発の鉄球へと狙いを変更しながら。

 (またた)く間に、用意した六本の鉄矢(てっし)全部を弓から射ち終えていくと。


 三発の鉄球と、六本の鉄矢(てっし)は。

 空中で衝突、威力が相殺(そうさい)され。

 全ての凶弾は力を失い、地面に落下していく。


「……はあ、っ……はぁ、っ……ど、どうだっ?」


 六本の矢をほぼ一息というあまりに短い時間の中で、連続して放ったイスルギは。

 息を荒らげ肩を上下させ、顔には大粒の汗が滲んでおり。

 先に、二発の鉄球を迎撃するために四本の矢を連射した時よりも、明らかに消耗が激しい様子だったのが一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だった。


 優れた体格と技量を持つイスルギをもってしても、通常の状態では。一息で四本の矢を連続して放つのが限界ではあった。

 今、限界を超え。六本の矢を連射出来たのには、身体強化魔法(ブースト・エンチャント)の「筋力上昇(マイトアップ)」を発動させる必要があり。

 それでも追撃が出来ないくらいに両腕が疲労してしまう、という欠点こそあったが。


「はぁ、はぁ……っ、だが。女、これでお前は打つ手がなくなったわけだ」


 息を整え、両腕の筋肉の疲労を待たずに背中の矢筒から一本の矢を取り出しながら、イスルギは笑いを浮かべてみせる。


 勝利を確信した笑いを。


 何故なら、次の攻撃のための準備に、鉄球と炸薬(たまぐすり)を筒に込める作業が必要となるヘイゼルの単発銃(マスケット)だが。

 用意していた四本の単発銃(マスケット)は、いずれも使用済みになり、遠距離攻撃の手段をヘイゼルは失ってしまっていたからだ。

 ヘイゼルが取りうる選択肢は二つ。接近戦を仕掛けてくるか、隙を突いて単発銃(マスケット)装填(そうてん)を行うか。


 特に、先にヘイゼルの言葉に乗せられてしまったイスルギは。空になった単発銃(マスケット)装填(そうてん)させてしまう、という時間をみすみす与えてしまう失態を演じてしまっただけに。


「これで終わりだ……女」


 だがそれも、先に仕留めれば良いだけの話だ。


 ようやく疲労の影響による腕の重さが取れ、今度こそヘイゼルとの射撃合戦の決着を付けようとしたイスルギは。

 最早(もはや)攻撃の手段を失った筈のヘイゼルへと狙いを定めようと、視線を向けた──その時だった。


「これで終わりなのは──そっちだぜっ」


 何と、ヘイゼルは。先程鉄球を放ったばかりの単発銃(マスケット)を左右それぞれの手に一本ずつ握り、先程と同じように構えて。イスルギへと二人の筒口を向けていたのだから。


 何の意図があるのか、をイスルギは一瞬考える。


 先程と同じく隙を作るために仕掛けた心理戦。

 もしくは遠距離を保っているならば、攻撃魔法を発動するための時間稼ぎかもしれない、と。

 しかし、現時点で想定出来るヘイゼルの行動のいずれも、解決策は一つだ……とイスルギは結論付けた。

 (すなわ)ち、時間を与えずに攻撃する、と。

 

「ふ。空になった武器で何が出来るっ!」


 即時攻撃、と判断したイスルギが構えた弓に鉄矢(てっし)(つが)え。ゆっくりとした動作で引き絞った(つる)と、矢から指を離した瞬間。


 新たにイスルギの頭に浮かんできたのは、心理戦の直後の不可解な出来事だった。

 確かにあの時、イスルギは見事にヘイゼルの言葉に誘導され、確かに時間稼ぎをされはしたが。鉄筒に鉄球と炸薬(たまぐすり)を込める、という攻撃準備を終えられる程の時間ではなかったとイスルギは記憶していた。


「──ならば、あの女は一体どうやって?」


 戦闘が継続した事で、立ち消えになってしまっていた謎への疑問がイスルギの胸中(きょうちゅう)で再燃してしまった事で。

 一瞬の迷いが生まれ、矢尻を摘んでいた指に若干の余分な力が掛かる。


「……し、しまっ?」


 途端、一直線に弓から放たれなければならない鉄矢(てっし)(わず)かに(かたむ)き。放たれた矢の軌道はヘイゼルを大きく逸れ、地面へと突き刺さっていった。


 と、同時に。


 鉄筒の中は空、だと思われていた単発銃(マスケット)の筒口からは。ヘイゼルが引き金を絞った途端に轟音と火、そして鉄球が飛び出し。

 一直線に空気を奔る二発の鉄球の軌道はそのまま、矢を射ち損じて唖然(あぜん)としていたイスルギの胸に吸い込まれていった。


「が⁉︎……ふぅぅ?」


 恐るべき威力を秘めた鉄球は、イスルギの纏っていた鉄製の金属鎧(プレートメイル)の装甲に大きな穴を空け。

 鎧に守られていた胸の肉を(えぐ)り、肋骨(あばらぼね)を砕き、イスルギに深傷(ふかで)を与えていく。


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