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171話 ヘイゼル、大きく曲がる矢の軌道

この話の主な登場人物

ヘイゼル 単発銃(マスケット)を武器とする元女海賊

イスルギ 鉄製の弓と矢を軽々と扱う凄腕の弓兵

 ──時は、少し(さかのぼ)って。

 まだ、オニメの張った「焦熱地獄(しょうねつじごく)」の結界が解除されず。戦闘中の二人(アズリアとオニメ)が隔離されていた頃。



 (つる)までが鉄製の剛弓を構えたイスルギと。

 二本の単発銃(マスケット)を手にしていたヘイゼルは。

 互いの仲間に加勢する意図で、灼熱の結界の外側を全く気に留めていなかった二人の女戦士に狙いを定め。

 それぞれの武器から、互いの仲間への援護射撃を放つも。


「……なっ、見えない壁に弾かれた、だとぉ?」


 鉄球の射線を目で追っていたヘイゼルが、驚きの声を上げた。


 着火した炸薬(たまぐすり)の爆発音とともに、筒口から高速で発射され。オニメを一直線に狙った鉄球だったが。

 対象に届くよりも(はる)かに手前、地面に掘られた大きな(みぞ)の真上辺りで。何かに激突したように鉄球が止まってしまったからだ。


 一方で、同じく援護射撃を仕掛けたイスルギの鉄矢(てっし)もまた、仲間(オニメ)が発動させた灼熱の結界に阻まれたが。

 ヘイゼルとは違い、然程(さほど)動揺した様子は顔に表れてはいなかったイスルギ。


「オニメ……魔剣(カグツチ)の力を使ったか。これでは、外側からの援護は無駄、か」

 

 さすがは、最強の傭兵団「韃靼(タタルゥ)」として共に活動していた仲間ということもあり。オニメの溶岩の魔剣(カグツチ)の能力は、ある程度ではあるが把握(はあく)はしていたようだ。


「それならば……俺の次の目標は」


 これ以上の結界内の介入は無意味、と判断したイスルギは。攻撃の対象を変更し、鋭い視線を彼女(ヘイゼル)へと向ける。

 自分の鉄矢(てっし)を超える、絶大な威力の単発銃(マスケット)という武器の所有者へと。


「──お前だ、奇妙な武器を持つ、女」


 ヘイゼルとイスルギ、二人の間には灼熱の結界が存在しており。互いに相手の姿は、熱気の影響で身体の輪郭(りんかく)が揺らいで見えている。

 にもかかわらず、イスルギから向けられた視線に込もった殺意を鋭敏(えいびん)に感じ取るヘイゼル。


「へっ、今さら()る気になりやがって……こっちはとっくに奥の手を用意したんだよ、っ」


 たった今、鉄球を放ち、空になった単発銃(マスケット)の筒に鉄球と炸薬(たまぐすり)補填(ほてん)していくヘイゼル。

 幾度(いくど)となく繰り返し行ってきたであろう補填(ほてん)の手の動きには、一つたりとも無駄な動作は見られず。

 多分、今までで一番迅速(じんそく)に、次弾を詰める作業を終えると。


「まあ、それはそれとして。この位置取りは、少しばかり……いや、相当あたいに不利だろうがっっ……くそっ!」


 などと愚痴(ぐち)を吐いたヘイゼルが、イスルギから放たれる視線から逃げるように、突如として駆け出し。

 二人の直線上に灼熱の結界を挟まない、絶好の位置を探して移動していく。

 炸薬(たまぐすり)が爆発した勢いを利用し、鉄球を前へと飛ばす構造の単発銃(マスケット)は。どうしても鉄球の軌道が一直線となってしまうからだ。


 かたや……三の門までの道中。迷路のような道を作り出していた城壁に視界を阻まれ、射線が通っていない筈にもかかわらず。こちらへと連続して矢を射ってきたイスルギの腕前を考えると。

 矢も鉄球も(さえぎ)る結界が間にあるといえど、避ける軌道を描いて一方的に矢が降り注ぐ可能性は否定出来ない。

 そうヘイゼルは読み、素早く戦場を駆けるのだが。


「……させんぞ」


 当然、一発だけの破壊力ならば自分の鉄矢(てっし)凌駕(りょうが)した鉄球を放つ、ヘイゼルを野放しに出来る筈のないイスルギは。

 移動するヘイゼルに狙いを絞り、鉄弓を構えて固く張った鉄製の(つる)を軽々と引き。二本の鉄矢(てっし)を背中の矢筒から取り出し、素早く矢を(つが)えると。

 

「──螺旋牙(らせんが)


 指を離し、イスルギから放たれた二本の矢は。

 あろう事か、射線が通りつつあったヘイゼルから大きく逸れ、全くの別の方向へと飛んでいってしまった。  

 イスルギが矢を放つ動作を確認したヘイゼルは。空中で飛来する鉄矢(てっし)を撃ち落とそうと、一旦単発銃(マスケット)を構えて立ち止まるも。

 

「な、何だよっ、驚かせやがって……」


 単発銃(マスケット)とは違い、弓から放たれる矢の軌道というのは、決して一直線を描くわけではない。

 至近距離でなければ、矢は山なりの軌道を描くため。弓矢で狙いを付ける時には、(やじり)が向く先よりも、(わず)かばかり下に照準(しょうじゅん)を合わせると良い、と一般的にはされている。


 そんな弓矢の軌道でも、修正しきれない程に。大きくヘイゼルから逸れていく二本の矢。


 あらぬ方向へと飛んでいった二本の矢から視線を外し。射ち損じた、と判断したヘイゼルは、再び駆け出そうとしたが。

 不意に、頭に警告を知らせる感覚が流れる。


「……待てよ。射ち、損じた……だって?」


 先程思い出した筈の、三の門の道中のイスルギの射撃は。ただの一本も狙いを外す事なく、二〇本以上の矢を浴びせてきたのに。

 そんな凄腕の射手が、咄嗟(とっさ)に構えたのでもないのに、射ち損じなど果たしてするものだろうか……という違和感。


 あまりにも気になり。一度は視線から外した、あらぬ方向へと飛んでいった二本の射ち損じた矢を探すヘイゼル。

 だが、彼女(ヘイゼル)の視線が捉えたのは。


「……は?」


 風切る音を鳴らし、自分へと迫る二本の鉄矢(てっし)だった。

 

 馬鹿な、とヘイゼルは思った。

 飛んでいった軌道から、絶対に自分には当たらないと確信したからこそ、彼女は目線を放たれた矢から外したのに。

 (はる)か横へと逸れた矢が、自分に飛んでくるとしたら、空中で矢の軌道が大きく曲がったとしか考えられない。


「な、な……何でっ!」

 

 目の前で起きている状況に困惑しきっていたヘイゼルの頭。

 と同時に、軌道を大きく曲げてまでヘイゼルに迫った二本の矢は。最早(もはや)混乱などしていなくても、回避も防御も間に合わない距離にまで達していた。

 呆然(ぼうぜん)と立ち止まったままのヘイゼルの身体に、二本の矢が降り注ぎ、突き刺さる。


「ゔ、あああ──があっっ⁉︎」


 かろうじて、直撃の瞬間に咄嗟(とっさ)に両腕で、命中すれば致命傷となり得る頭と胸だけを庇うのには間に合ったが。

 一本は右の(もも)に。

 もう一本は急所を庇った腕に、深々と突き刺さっていた。

 二つの傷から全身に奔る激痛で、絶叫を発してしまい。思わずその場に(しゃが)み込みそうになるヘイゼルだったが。 


 ふと、矢を放ったイスルギを一瞥(いちべつ)すると。今のヘイゼルの立ち位置からでも、射線は通っているのが確認出来た。

 痛みに耐えてこの場から動こうにも、矢を穿(うが)たれたのが右の(もも)という箇所だったのもあり。即座には動くことが出来ない、と判断したヘイゼルは。

 

「こ……このまま、脚を止めたら、いい的になるだけじゃねえ──かっっ!」


 苦し紛れと言わんばかりに。イスルギに向けて手に持っていた二本の単発銃(マスケット)、二つの筒口を同時に向けると。

 無詠唱で「点火(フリント)」の魔法を連続して発動し、着火した炸薬(たまぐすり)が炸裂して。単発銃(マスケット)の筒口から撃ち出された二発の鉄球。

 

 高速の弾道が、矢を放ったイスルギへと迫る。

螺旋牙(らせんが)

イスルギの恐るべき弓の戦技(わざ)の一つ。

元来ならば、弓から放たれた後に大きな軌道の変化を付けるのは不可能な矢だが。

(やじり)の形状を特殊なものにし、風属性の魔法を無詠唱で発動させて風の流れを利用することで。特定の方向へと矢の軌道の常識を超え、威力を然程(さほど)損なうことなく、大きく軌道を曲げるのを可能とした。


名前にこそ「螺旋(らせん)」とあるが、一度の発射で二方向に曲げることは、イスルギにも不可能である。

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