170話 アズリア、漆黒の刃対紅蓮の刃
猛り狂う紅蓮の炎の向こう側に見えた、オニメと視線が重なり。
彼女の顔が驚きの表情のまま、固まる。
「ふ、ふっ……ふざ、けろっっ⁉︎」
何故ならアタシは、炎の吐息を斬り裂いた「漆黒の魔剣」を放った直後に。
同時に、右眼の魔術文字の魔力を両脚へと流し込み。足元の地面を強く蹴り抜き、真上へと跳躍し。
アタシに向け急降下してくるオニメへと、斬り裂いた炎と炎の隙間を跳び上がっていた最中だったからだ。
つい先程までは魔剣に帯びていた、鉄を溶かす程の高熱を。今は全身に纏って落下してくるオニメ。如何に巨大なクロイツ鋼製の巨大剣でも、猛烈な速度で迫るオニメの突撃を受け止めるのは至難の業だ。
どうせ、待ち構えていても受け切れないのであれば。そして、オニメの突撃を躱して凌ぐ気がないのであれば、と。
アタシからオニメに迫っていく選択を取る。
「言っただろ。決着を付ける……ッて、ねぇ」
「じょ……上等だよ、テメェェ!」
吐いた吐息を、目の前で両断してみせた事実に少しの間動揺したオニメではあったが。
冷静さを取り戻すのではなく。アタシへの敵愾心を昂らせる事で、動揺した心中を無理やりに怒りで塗り潰したのだろう。
彼女の高揚した感情に反応し、全身から発する高熱が、さらに上昇していく。
「は……ッ」
額に浮かんだ大粒の汗が、頬を伝って左肩を守る肩当てに触れた途端。
ジュッ、と音を立てて瞬時に白煙を上げて蒸発した。
「アンタの攻撃を受け止める、なんて選択してたら。アタシの身体が、また……黒焦げにされかねないから、ねぇ」
また、というのは。アタシは半年程前に、帝国と黄金の国との戦争に首を突っ込んだ際。
帝国の女将軍・ロゼリアが操っていた強烈な火属性の攻撃魔法を浴び続け。左脚が火傷を通り越して黒焦げにされてしまった、という事があったが。
まさに今、アタシはその時を思い出していた。
剣を打ち合わせていた時にも、オニメの魔剣から発する高熱でジリジリと肌を炙られ。鎧で覆われていない右腕や顔は、軽く火傷を負ったように痛むくらいだったが。
──今や。
頭上から迫るオニメが全身から発する高熱は。
アタシの身体を覆う部分鎧を、落ちた汗が触れた途端に蒸発する程に熱し。鎧が溜め込んだ熱が今度は、全身のありとあらゆる箇所の肌を焼いていた。
オニメの高熱を発する状態が続けば、左脚が黒焦げになるどころの損傷ではなくなるだろう。
だからアタシは。こちらを害する高熱を、攻撃を、その元凶たるオニメを斬り伏せるために。
「コレで、終わりにするよ──漆黒の魔剣」
夜の闇の魔力を刃に集束したことで、恐るべき切れ味を発揮するようになったアタシの魔剣。
不規則に浮かぶ刃紋が特徴的なクロイツ鋼が。まるで黒曜石のような漆黒の光沢を放つ半透明の材質へと、すっかり変貌した巨大剣を。
迫るオニメに向けて、炎を両断した時とは違い、高速の剣閃を放っていくと。
「死……ねえエエエエエエエエエエエエエエっっ‼︎」
頭上から真っ赤な閃光と化して急降下しながら、雄叫びを放ち。アタシの頭を叩き割ろうと、振り下ろしてきたオニメの溶岩の魔剣と。
漆黒と紅蓮。
二つの剣閃が、空中で激しく激突する。
瞬間、時が凍り付いたように。アタシとオニメは空中で剣を衝突された状態で微動だにしなかったが。
……今までの経緯ならば、右眼の魔術文字一つの魔力では、全力を発揮したオニメの剣の威力と対等には渡り合うのは不可能だ。
だが、アタシが撃ち放った漆黒の剣閃は、徐々に空中で停止したオニメを劣勢に追い込んでいく。
その理由というのが。
「お、オレの熱が! か、掻き消され、た……だとおっっっ?」
オニメの言葉の通り、魔剣の力を開放して全身から放っていた高熱が。アタシの剣閃を受け止めたと同時に、消失してしまった。
アタシが握る「漆黒の魔剣」の剣閃が、彼女の全身を包んでいた溶岩の魔剣の魔力を斬り裂いたからだ。
直前に、形を持たない炎の吐息を両断してみせたように。
「は、はは……さすがは魔剣を名乗るだけはあるねぇ……この漆黒の魔剣を受け止めるなんて、さあ」
寧ろアタシとしては。初めて発動した時に、鉄とほぼ同等の硬さを誇る石巨像の一番太い胴体部を見事に両断し。分厚い石壁をもいとも簡単に真っ二つに斬り裂く程の威力の「漆黒の魔剣」を。
破壊されずに受け止めた、オニメの持つ魔剣の硬さに正直、驚かずにはいられなかったのだが。
そんなアタシの動揺を知ってか知らずか。
「ぎ、ぎぃぃぃィィっ⁉︎……て、テメ、ェェエエ!」
オニメが驚愕し、思わず言葉にしたくなるのは当然だ。
勿論、アタシを黒焦げにするための高熱が失せた、というのもあるが。一番の問題は、彼女の身体に帯びていた高熱は、溶岩の魔剣の魔力そのものなのだから。
魔力が消失してしまえば、如何な「魔剣」とも言えど、強固な材質で出来た武器以上にはならないからであって。
アタシが放った「漆黒の魔剣」を受け止めているオニメの状況だったが、こちらの威力にすっかり力負けして追い込まれ劣勢となり。
魔剣を握る彼女の両腕からは、徐々に力が緩んでいくのが伝わってくる。
最後の悪足掻きにと、牙が軋むほど強く噛み合わせて耐えていたオニメだったが。
「お、オレが、負ける……だ、とォォォ?」
弱音を覗かせる言葉がオニメの口から漏れた途端。
完全にアタシの「漆黒の魔剣」に威力で押し切られていく彼女は、魔剣からついに指を離し。
所有者の手から吹き飛ばされた魔剣。
何度か空中で回転しながら、切先を真下に向けて落下し。二人から離れた位置の地面へと、深々と突き刺さっていく。
「アアアアあ、あ……あ、あ、っ──」
感情が抜けたかのように呆然とするオニメは。背中の翼で再び飛ぶ様子を一切見せようとはせずにそのまま頭から落下していく。
そんな彼女の両の眼からは、ギラついていた殺気や戦意といった感情が完全に喪失していた。
このまま放置していれば、ほぼ確実に地面に頭を強く打ち付け、生命を落とすと思われる速度で落下するオニメだが。
彼女との決着を、地面などに委ねる気はアタシにはさらさらなかった。
「そうさ、アンタは負けたんだ……せめて」
右腕で真横に振り抜いて、オニメの魔剣を吹き飛ばした漆黒の大剣の柄に、空いていた左手を添えたアタシは。
両手で剣を握ると、左腕に力を込めて。横へと薙いだ位置から斜め上へと剣を跳ね上げようと構えを取る。
こうして狙うのは、オニメの首。
「──アタシが、介錯してやるよ……ッ」
地面に激突させて決着をさせず、アタシ自らの手で決着を付けようと決断したのは。何も感情的な理由からではなく。
魔剣を手放したとはいえ、竜人族としての竜属の爪撃や吐息はまだまだ脅威ではあるし。
いつ何時、戦意を復活させて。背中の翼で体勢を整えてしまうとも限らないからだ。




