167話 アズリア、目に見えた魔剣の異変
敵意の込もった視線をこちらへと向けたオニメは。
武器である魔剣を力無く垂らした左手に握ったまま、竜属がごとき鋭い爪を生やした右手を開いて、アタシに掴み掛かってきた。
「まだ終わりじゃ……ねえええぇェェェェ‼︎」
オニメの顔面を殴りつけたアタシとの位置が、大剣を振り回すには懐に入りすぎている……というのもあったが。
おそらくは、オニメの腕にはまだ大剣を扱うまで、力が戻ってないのだろう。
アタシの頭を鷲掴みにしようと、突き出されたオニメの右腕だったが。迫る爪撃に、先程までの勢いは感じられない。
「そこまで弱ってるのに、意地を張る根性だけは認めてやるけど──ねぇぇッッ!」
ギリギリまでオニメの爪を引き付けたアタシは。首を大きく傾け、頭を横へと動かして、一直線に突き出された右腕を避けると。
腕でも、脚でもなく、アタシは回避のために動かした頭をそのまま、オニメの顔面目掛けて叩き込んでみせた。
「が、ふ……っ、っ⁉︎」
頭蓋の一番堅い箇所による頭突きが、オニメの鼻に減り込む感触。
堪らずに強く打ち付けた鼻を押さえ、二、三歩ふらふらと後退るオニメ。押さえていた手からは、数滴ほど鼻から垂らした真っ赤な血を流していたが。
それでも戦意が衰える気配のないオニメの両眼はアタシを睨み、まだ敗北を認めるようには見えなかった。
傭兵、と名乗っていたオニメは、つまりカガリ家の関係者ではない。なのに、何故にここまで追い込まれながら、敗北を認めようとしないのか。
その疑問を、思わずオニメに問い掛けていた。
「なあ、アンタは……何のために戦ってんだよ?」
オニメとの戦闘に入る前に、フブキから彼女の簡単な素性について聞いてはいた。
フブキの父親である先代のカガリ家当主を殺そうと刃を向けるも、失敗し捕らえられ。その罪でこの城の牢獄に幽閉されていた罪人だ、と。
最初にフブキを狙ってきた時も、先代に長い間幽閉されていた恨みを吐き出していたが。
アタシも傭兵だったから言わせてもらえば、敗北したのは自分の実力が足りなかったからだ。勝利した相手を逆恨みするのは筋違いというものだ。
だが……今のオニメを動かす動機は、どうも先代から受けた屈辱だけではない気がしたのだ。
「ふぅ、ぅぅっ……ふぅ、っ……ふぅ、っっ!」
だが、先程のアタシの頭突きで鼻から血を流していたオニメは、息を整えるのも難儀し、苦しそうな息を吐いていたが。
息苦しさよりも、アタシへの敵意が優先されたのか。鼻を押さえていた手を離し、溶岩の魔剣を両手で握ると。
「う、うるせえうるせええっ! 勝ち誇ってんじゃねえぞテメェェ! これでも、喰らい……やがれえエエエ!」
まだ止まってはいないのか、鼻から血を垂らし、獣が吠えるかのように大声を発しながら。
握った漆黒の大剣の切先を下へと向け、地面へと魔剣を突き刺していく。
そう。オニメが挨拶代わりに、とアタシらを襲わせた溶岩で出来た無数の大蛇。それを召喚したのと全く同じ動作だった。
「はぁ、っ……え、炎舞の二・暴れ炎蛇! あの厄介な力を使う忌み子の姫様もここにゃいねえ!」
「……ちぃ、ッ!」
確かにオニメの言う通りだ。地面から襲ってきた溶岩の蛇に、アタシらは苦戦したのだったが。
フブキが「忌み子」と呼ばれた氷の魔力を解放したことで、瞬時に溶岩を冷却し、ただの岩石の塊へと無力化したという経緯があった。
だが今は、オニメが魔剣の力で作り出した灼熱の結界で、アタシのいる空間は結界の外と隔絶してしまっており。
つまりは、フブキの加勢は望めそうにはない。
アタシらの立っていた地面が揺れる……のだが。
「……ん?」
「な、なん、だ……とォ?」
途端、アタシとオニメの二人の顔に驚きの表情が浮かぶ。その理由は、地面の揺れが、あまりに小さかったからだ。
しかも、地面から飛び出してくる筈の溶岩の蛇が、一向に現れなかったことに。
本来ならば地底深くに流れている筈の溶岩を、地表へと召喚する際に。地面を大きく揺らしていた、という記憶があったが。
「そうか……やっぱり、ねぇ」
見れば、眩しいくらいに赤く輝いていた魔剣カグツチの光量が。今は何とも弱々しい、燻るような暗い赤に減衰していた。
しかも、オニメの身体を覆い、感情の昂りを受け、禍々しい形状となった竜属の鱗もまた。身体を覆うのみの鱗に弱体化しているように見えた。
魔剣の状態と身体の鱗の変化を確認したアタシの頭には、一つの結論が導き出される。
「な、何が『やっぱり』なんだ……テメェ?」
その答え、とは。
アタシは戸惑っていたオニメに対し、口を開く。
「オニメ……アンタは魔力を使い過ぎたんだよ」
「は? ば、馬鹿言うんじゃねェ、オレはまだ……っ!」
アタシの指摘に、感情的になって反論をするオニメだったが。
炎舞の一、とやらで赤熱化された魔剣の刃の輝きが弱まり。オニメの身体を覆う竜属の鱗の形状が、アタシの言葉を裏付ける何よりの証明なのだ。
冷静になって考えてみれば、当然の話だ。
三の門に到着したアタシらに、オニメが召喚し襲わせた溶岩の蛇の数は一〇を超えていた。
アタシらと外を隔絶する灼熱の結界、さらには胸を守る胸甲鎧をも溶かし、切り裂く威力の赤熱した魔剣。二つの能力を同時に発動していた。
アタシとオニメとの戦闘が始まってから、一体どれ程の時間が経過し、効果を維持していたのだろうか。
それだけの時間、オニメは魔力を絶えず垂れ流していたのだ。枯渇とまではいかないまでも、強力な威力の魔剣を使い熟す限界がやってくるのは当然だ。
さすがに確かめる危険は侵せない……が。アタシらを取り囲む灼熱の結界もまた、内側へと閉じ込める威力を既に失っているのかもしれない。
それでもまだ、アタシの出した結論を信じられないのか。両手で握る魔剣に、必死で魔力を送り込もうとしていたのだが。
「は、発動しろオォォ……溶岩の魔剣イイイ!」
魔剣の能力を発動させようと、魔剣に向けて悲痛な叫び声を発するオニメ。
そんな彼女の表情からは、アタシへの敵意や怒りの感情よりも先に。戸惑いや焦りといった感情が顔に表れていた。
「無駄だ……ッて言ってんだよッッ!」
だが、いまだ灼熱の結界と刀身の赤熱化まで発揮しておいて。さらに溶岩の蛇を無数に生み出そうとするのは到底、無茶が過ぎる。
オニメが必死になる余り、敵であるアタシから目線を切ったのを見て。出来た隙を突いて、アタシは地面を強く蹴って、前方へと大きく跳躍してオニメとの距離を一気に詰めると。
再びアタシは雄叫びとともに、オニメの腹に目掛けて右脚で蹴りを繰り出す。
戦闘の最中に一度、同じく蹴りを繰り出した際には。腹を覆っていた鱗に攻撃を受け止められ、オニメには全く痛みを与えられなかったが。
「ご、っ⁉︎ ふぅっっっっっっ⁉︎」
アタシが発した大声で、オニメは自分に迫る攻撃を命中する前に察知したが。気付いた時点で、脚は腹に触れるまさに直前であり。
回避も防御も間に合わずに、アタシの右脚はオニメの腹に直撃し、深く減り込んでいった。
「が、はぁ、っっっっっっ……」
苦痛に顔を歪ませ、舌とともに口からは涎やその他体液を吐き出すオニメ。
「炎舞の二・暴れ炎蛇」
溶岩の魔剣の魔力で、地の底に流れる溶岩を地表近くへと召喚し。溶岩に魔力を流し込んで巨大な蛇状の形態を取り、所持者の意のままに操作出来る。
空気に触れることで溶岩の高熱は徐々に冷めていくとはいえ、ただ触れただけでも火傷は免れず。しかも粘性のある溶岩が身体に付着した場合、重度の火傷を負ってしまうし。
元が岩が溶解し半液体状となった溶岩なため、魔力が通っているうちは破壊しても即座に再生するという厄介な特性まで持つ。




