163話 アズリア、赤熱の魔剣と対峙し
まだ、この灼熱の結界には何かあるというのか。
「勿体ぶってないで聞かせなよッ!」
アタシは手に握る大剣をジリジリ……とオニメに押し込みながら、彼女が喋ろうとしたその先の言葉を待つ。
徐々に押し込まれていくオニメだったか、顔からは牙を剥き出しにした笑みを崩さず。
「……ハッ、そう焦んなよぉ。単純な話だ、魔剣の結界はこちらからも出られねぇが、外からも手出しは出来ねぇ……ってだけよ、っ!」
「──何だよ、そんなコトだったんかいッ」
何か重大な危険がアタシや、結界の外で戦ってる仲間たちに及ぶのかと気構えていたが。
オニメが告げた内容に、正直アタシは安堵して、心の中だけで胸を撫で下ろす。
「はぁ? それだけかよっ」
だが、アタシの表情を読み取ったオニメは真逆の反応を見せた。
「わかってるのか? いくらイスルギやシュパヤのヤツに、テメェのお仲間が追い詰められても助けにゃいけねぇ。それにっ──」
どうやらオニメもまた、自分が魔剣で作り出した灼熱の結界の外で。イスルギや一緒にいた子供が、ヘイゼルやユーノと繰り広げていた戦闘の様子を見ていたらしく。
結界を張り、アタシを内側へと閉じ込めることで他の連中への加勢を制したということになる。
それは、言い換えれば。
「テメェは仲間に助けてもらえねぇ、つまり……オレにゃ絶対に勝てねぇって事なんだよぉぉ!」
オニメの言う通り、アタシが窮地に陥ったとしても。外部からの救援は魔剣の結界によって完全に遮断されたこととなる。
勝ち誇ったような口調で、アタシが孤立無援の状態になった事実を声高に指摘しながら。オニメが押されていた剣を押し戻そうと力を込める。
だが。
「それを聞いて、逆に安心したよ」
「……あン?」
同時に、イスルギから戦闘の最中に横槍を入れられる警戒と、ユーノやヘイゼルの身を案じる必要がなくなり。
二つの懸念が消えた事で。目の前にいるオニメとの戦闘へと、ただひたすらに意識を集中することが出来るようになり。
アタシの右眼に宿る魔術文字からの魔力も増幅し、大剣を握る両腕にさらなる力を巡らせていった。
「……なっ、っ⁉︎」
途端に、先程まではまだ表情に余裕を残していたオニメの顔から、サッと笑みが消え。明らかに焦りの感情を顔に浮かべていた。
それもその筈、先程まで互角だった巨大剣と魔剣の刃の均衡が、アタシに傾いたままだったからだ。
オニメが力を弱めたわけではなく、寧ろ押され気味だった刃をもう一度中央へと拮抗させるべく。彼女は腕に力を込めた筈だったのに、だ。
それだけ、アタシの両腕の膂力が増していたわけだが。
「……ん、だ、とぉぉぉ、お、オレが押されて、る……っ?」
自分が力で押し負けている、と悟った彼女は。
徐々に目前へと迫るクロイツ鋼製の鋭い刃を握り、顔を近付けていたアタシを厳しい目で睨むと。牙を噛み合わせ歯軋りを鳴らして、完全に押し負けないよう踏み止まる。
「ぎ、ぎぃ……安心する、だとぉ……そりゃ、どういう?」
「簡単な話さね。まず、ヘイゼルはともかく……ユーノはアンタらなんかにゃ負けないさ。それに──」
そう。オニメがこちらの動揺を誘うため、問い掛けてきた「仲間の心配」だったが。実はアタシは、二人がイスルギや一緒にいた子供や白い巨像に敗北するという想像はしていなかった。
あの娘は一見、小柄な少女ではあるが。その実は、魔王領を治める四天魔王の一人・獣の魔王リュカオーンの実の妹であり。獣人族の中でも稀少な種族・獅子人族の族長でもある。
そんなユーノとは魔王領から海の王国を経て、このこの国まで一緒に旅を続けてきたが。
魔王領の戦いの時も、海の王国での巨大な海の主との戦闘のどちらも共闘し。アタシが背中を預けてもよい、と思えた数少ない相手だ。
アタシがチラッと見た時にこそ、追い込まれていたユーノが目に映り、思わず救援という選択肢が頭を過ぎったのは。
敗北する心配ではなく、単にユーノが可愛かっただけだ。
そして、もう一人……元は女海賊のヘイゼル。
ユーノと比較すれば、戦闘の実力で言えば格下と言っていいだろう。いくら強力な威力の単発銃を所持しているからといっても、弾数や射撃の機会は限られるし。
火を放つと爆発する炸薬を用いる以上、いざとなれば単発銃に水を掛ければ無力化出来るからだ。
だが、ヘイゼルには。アタシやユーノにはない状況を観察し、様々な魔導具で策を積み上げる「狡猾さ」がある。
まあ、その狡猾さ……いや、狡猾さのお陰で、フルベ領主の屋敷に強襲を仕掛けた際にアタシは酷い目に遭ったのだが。
あの時の恨みをアタシはまだ忘れちゃいない。
だから、もしヘイゼルがイスルギに敗北し、生命を落とすような事態になったら。アタシが仇は取ってやるつもりだ。
もっとも……ヘイゼルが、そう簡単に負けるような人間でもなければ。彼女が意外に義理堅い性格なのは、今まで旅をしてきたアタシは知っているつもりだ。
「ぎ、ぃっ……そ、それに、何だいっっっ!」
こちらの動揺を誘うつもりが、すっかり予想が外れたようで。苛立ちを隠し切れず、歯軋りを繰り返すオニメに。
アタシは語気を強め、明確に言い切ってみせる。
「アタシは、絶対にアンタにゃ負けないからねぇ」
その言葉を聞いたオニメの雰囲気が変わる。
「なん……だ、とぉ?」
瞬間、真っ赤な髪が逆立ち、顔を真っ赤にして明らかに怒りの様相を見せるオニメ。
歯軋りを繰り返していた自分の歯を、激しい粉砕音とともに噛み砕いてしまう程に。
だが、何よりアタシが驚いたのは。
オニメの憤怒の感情が乗り移ったかのように。今までは黒曜石を思わせる漆黒の魔剣の刀身が、急激に真っ赤に輝きを発し出したからだ。
「舐めやがって……焼き殺してやるぜ、テメェはこの魔剣の力でなぁ……っ!」
すると、アタシとオニメの間で互いの武器同士が衝突し、一進一退の迫り合いを続けていた空間が。オニメの魔剣から発せられる猛烈な熱気で、薄っすらと歪み。
「う、うおッ? け、剣が焼けるッ!」
真っ赤に輝く魔剣に触れていた、アタシの巨大剣の刃の部分もまた、熱を帯びて赤く焼けていく。
「ハッ! 炎舞の一・紅蓮──溶岩の魔剣カグツチの熱に晒された武器は、もれなく溶けて折れるっ……テメェの馬鹿でけェ剣も例外なく、なあぁっ!」
赤く輝く魔剣の能力を、殊更自慢げに説明するオニメ。
それを聞いたアタシは、馬鹿正直に剣を打ち合うのを避けようと。一旦後退し、オニメと魔剣から距離を空けようとしたが。
「逃がすかよぉ! その剣、絶対に溶かしてやんぜ!」
「く、ッ──‼︎」
一度は拮抗していた状態だ、そう簡単に仕切り直し、といく筈が勿論なく。意地でもアタシの巨大剣を熱で溶かそうと目論むオニメは。
アタシが一歩後退ると、こちらの後退する動きに合わせて同じだけ前進してきた。
「炎舞の一・紅蓮」
溶岩の魔剣カグツチが、使用者の感情の高揚に反応し、魔剣に秘めた灼熱の魔力を刀身に具現化させた状態。
その高熱はおよそ1000度超となり、触れれば石や金属をゆっくりと溶解させ、焼き切るだけの威力を有するため。この状態の魔剣と刃を打ち合わせ迫り合えば、いずれは武器が破壊されてしまう。
ちなみに名称はオニメが勝手に名付けたもの。




