162話 アズリア、魔剣の力の片鱗を味わう
最初は、オニメとの生命のやり取りが一息吐いたことで、汗をかいたものかと思ったが。
続けて頬に流れてくる汗に加え、鎧の内側が熱を帯びて蒸れてくる身体の異変を感じ。
「暑い……いや、気のせいじゃないよ、コレはッ」
慌ててアタシは周囲を見渡すと。先程、魔剣の力だろうか……二人を取り囲むように円を描き、地面に刻まれた大きな溝が赤く輝き。
アタシらの周囲の空間には、先程までとは全く違う熱気に覆われていた。
ふと視線を赤く輝く地面の外側へと向けると。
溝より外側の景色や、ユーノやヘイゼルらの姿が淡く揺らめいていた。まるで、砂漠で見られるような陽炎のように。
「……な、何が起きてるんだいッ?」
突然の周囲の変化に、一体何が起きたのか不可解な表情をしていたアタシだったが。
先程のオニメの台詞を思い返し、この異変の原因であろう漆黒の大剣へと視線を向けると。
「ハッ、気に入ってくれたかい。灼熱の結界は、よう」
「やっぱ、この異変はその魔剣の仕業かい……」
「そうさ、これこそ──」
周囲に満ち満ちた熱気の影響で、額からは一滴どころか、止めどなく汗が滲んでいたアタシだが。
一方で、魔剣を握ったまま涼しい笑顔を浮かべるオニメの顔には、ただの一滴も汗を浮かべておらず。
彼女の掲げる魔剣の刀身に刻まれた謎の文字が、地面に刻まれた溝と同じく赤く輝いていた。
「炎舞の三・焦熱地獄……魔剣カグツチの力を使ったオレの戦技だ」
魔剣の能力だという事を、さも自慢げに語りだすオニメだったが。
異様な熱気で空間が満たされた、とはいえ。突然、身体が燃え出すような即座に生命の危機に瀕類いの能力ではなく。
以前、海の王国で遭遇した「剣匠卿」を自称した人物が所有していた魔剣は。黙って立っていれば全身が凍り付く、という能力を発揮していた。
その時の氷の魔力と比較すると、脅威と呼ぶ程には感じなかった。
もしくは、アタシの体力が周囲の熱によって徐々に奪われていくのが狙いなのだろうか。
──だったら。
「この熱さから解放されたいなら……アンタを倒しゃイイだけだろおッ!」
次の瞬間、獣の吠え声にも似た大声を発しながら、アタシは地面を蹴り。オニメの距離を詰めるために前方へと跳躍する。
初めて先手を打ち、オニメへと攻勢に出るアタシ。
地面を蹴る勢いで、地面が踏み足で抉られ。先程のオニメの低空飛行と然程変わらぬ速度で、一瞬でオニメをこちらの攻撃範囲へと捉えていく。
「ハッ……殺れるもんならなあぁっっ!」
だが相手も先程の攻防では。互いの攻撃の隙を狙い合い、それでも傷一つ負わずに済んだ程の実力を持つ。
オニメもまた、笑みを崩すことなく気を吐きながら。周囲の空間を熱した魔剣を構え、アタシの突撃に怯むどころか、前に一、二歩踏み出すと。背中の翼を大きく広げ、アタシに向けて高速で突っ込んできたのだ。
攻勢に出たアタシのクロイツ鋼と、突撃してきたオニメの握る漆黒の魔剣が激突し。今までで一番激しい火花と、周囲の空間に響く衝撃音。
「ハッ、倒そうとする割りにゃ、随分と生温い一撃だなぁ、え?」
「う……うるせえ、よッッ!」
アタシとオニメの威力はほぼ互角だった。先程までと違い、アタシは巨大剣を両手で握っていたにもかかわらず、だ。
魔剣と大剣が交わる箇所から、金属が擦れ合う音が鳴り。間近に顔同士を寄せ合うオニメが悪態を吐く。
こちらは両手持ちで威力を増していたが、オニメは先程の変貌で、外見だけでなく腕力も増強させたのかもしれない。
「ならばッ……コイツはどうだよッッ!」
オニメの腕力と、翼による機動力は確かに脅威なのは、先の攻防と今の競り合いで充分に理解した。ならば、ここからは剣を巧みに扱う技術の勝負に持ち込む。
アタシは一瞬の隙を突き、自分の体勢が崩れるのも構わず、オニメの魔剣を強引に弾いていく。今は何としても力の拮抗状態を逃がれたかったからだ。
「う、おおっっ?」
試みは見事に成功し、魔剣を大きく弾かれたオニメが後ろに怯み、拮抗が崩れる。
後は、オニメより先に体勢を立て直し。速さを重視した剣閃を以って、オニメの防御を突破し傷を負わせることが出来れば。
オニメの魔剣を弾いた時に、無理な力の使い方で重心が傾き、アタシもまた体勢を崩してはいたが。
もう一度、地面を両の脚で踏み締めて身体の重心を元へと戻すと。握っていた巨大剣を構え直し、オニメの胴体目掛けて予備動作無しの一撃を放っていった。
普通なら、相手を一撃で斬り伏せるために力を溜める予備動作を必要としたが。鉄よりも重いクロイツ鋼製の巨大剣の重量と、右眼の魔術文字の魔力を上乗せしたアタシの膂力ならば。予備動作無しでも充分な殺傷力が得られる、と判断しての一撃だった。
だが、アタシの読みは甘かった。
「おっ、とお! 危ねえ危ねえっ!」
「──な、なんだとぉッ⁉︎」
アタシが体勢を整えるのと、ほぼ同等の速度で体勢を立て直したオニメは。
こちらと全く互角の速度で、アタシの攻撃の意図と全く同じようにこちらの胸目掛けて放たれた魔剣の軌道が。アタシが放った大剣の軌道と重なり、再び魔剣と巨大剣が衝突する。
「ぐ、ッ──!」
「おいおい、連れないぜ? せっかくテメェとの戦いの邪魔が入らねェように結界を張ってやったってのによお……」
再び、互いの剣と剣が拮抗する状態になってしまい。
唯一の打開策だった、攻撃の速度ですらもオニメと互角となり。追い詰められてしまうアタシの思考。
そこに投げ掛けられてオニメの言葉に、力負けせぬよう剣を握りながらも、アタシは少なからず動揺する。
「ど……どういうコト、だいッ?」
「どういう事、って……こういう話だよ、ほれ」
剣同士が拮抗した体勢のまま、オニメが視線を地面へと落とすと。足元に転がっていた拳大の石ころを蹴り飛ばし。
石は、アタシら二人を取り囲むように円を描いて地面に出来た、赤く輝く溝へと飛んでいき。普通ならば、溝の外側へと石は飛んでいくように見えたが。
「……なッ⁉︎」
石の行方を目で追っていたアタシは驚きの声を漏らす。
オニメが蹴り飛ばした石が、溝から発せられる赤い光に触れた途端、何かが邪魔したように内側へと弾かれてしまう。
いや……それだけではなく、弾かれた石は何故か真っ赤に焼けてしまっていたのだ。
「ああ、さっき使った『焦熱地獄』ってのはなあ……ただ、オレらの周りを暑くするだけじゃねぇんだ、これが」
オニメは実に愉しそうな声で、魔剣をじりじりと押し込みながら。アタシに向けて魔剣で生み出した、アタシらを取り囲む溝の説明を始めていく。
いや、説明などされなくても。今、内側に弾き飛ばされた石ころを見れば、オニメが魔剣を使って何をしたかは一目瞭然なのだが。
「見ての通り……あの境目にゃ、カグツチの灼熱の結界が張られてる。勝手に出ようとしたら、大火傷じゃあ済まないぜぇ」
つまり、オニメの使った「焦熱地獄」という戦技は。
結界の内側に高熱を籠らせ、相手の体力を奪いながら。相手を決して逃がさない空間を生成する、まさに好戦的なオニメに相応しい効果というわけだ。
「……おっと、言い忘れてたけど、なぁ?」
一度は押されていた剣を押し返しながら、アタシは魔剣カグツチの能力を頭で整理していたところ。
オニメの説明にはまだ続きがあったようで。
「炎舞の三・焦熱地獄」
溶岩の魔剣カグツチの有する灼熱の魔力を広範囲に開放し、使用者を中心に約10〜15m半径の空間に赤色の閃光で領域の内外を区切る結界を作成する。
結界内は徐々に魔剣の高熱により気温が上昇し、溶岩と同程度の高熱を発する赤色光の結界は、内外からの出入りを禁ずる。
使用者の恩恵として高熱への耐性が付与されるが、時間経過と共に結界内の気温は際限なく上昇するため、早く解除しなければ使用者にも諸刃の剣となってしまう。
なお、竜人族の血が流れるオニメは通常の人間より高熱への耐性を持っているため。恩恵と合わせ、この領域内では優位に戦闘が出来る。




