161話 アズリア、オニメの反撃を凌ぐ
低空で飛ぶ軌道を瞬時に逸らしたオニメは。身体を反転させて、既に一度振るった大剣を構え直し。
振り下ろした大剣を地面へと盛大に叩き付け、大きな隙が出来たアタシへと。勢いを乗せた漆黒の刃を放つ。
今度は脚ではなく、胴体を斜めに斬り裂こうと。
「いや……違う、ッ」
そこでアタシは、オニメの腕の動きが少しばかり不自然な点が気になった。
ただ、攻撃の動作に入る早さのみを重視し、剣撃に重さを乗せられていない不自然さに。いくら魔剣の切れ味を信頼しているとはいえ、アタシを斬り伏せようとするには剣に乗せる殺意が少なすぎる。
おそらく、斬撃の構えは虚撃。
剣を地面に打ち付け、防御には使えないと踏んだオニメは。斬撃を普通に放っても、まずアタシならば回避するだろうと見越して。
こちらに分かりやすく斬撃の予想が出来るような、あからさまな構えを取り。剣閃の軌道を読んだアタシが身を躱すのを誘っていたのだ。
回避で、アタシがさらに体勢を崩すのを狙って。
ならばオニメの虚撃を、逆手に取る。
「ぐ……う、うううッ……ッ!」
アタシは筋力を増幅する右眼の「巨人の恩恵」の魔術文字の魔力を、脚から大剣を握る右腕へと巡らせながら。
敢えて、オニメの誘い通りに身体を横へと逸らし、虚撃に誘われたフリをする。当然、続く攻撃に備えて体勢は崩さぬように。
すると、アタシの読み通りオニメは、こちらの胴体を斬り伏せようとする斬撃の手が途中でピタリと止まり。
大剣の切先がちょうどアタシに向いた途端、背中の翼が大きく横へ広がると。飛行するオニメがさらに加速し、真っ直ぐに突き出した構えのまま突撃してくる。
「ハッ! そっちは囮だっ、本命はっ──」
「……急所を一突き、だろ?」
まさか、胴体を狙う斬撃が虚撃だと見抜かれるとは思ってなかったのか。アタシの一言を聞いて、オニメがギョッと目を見開き、驚いた顔を見せる。
「て、テメェ?……な、何故、それをッ!」
だが、アタシはオニメの問いには沈黙を貫き。
本当の読み通り。猛烈な速度で突撃してくるオニメから突き出された、心の臓を一点狙いしてくる大剣の切先を。
「うおおぉッ……間に合えッッ!」
右眼の魔術文字の魔力を目一杯込めた右腕が、地面へと減り込んだアタシの巨大剣をどうにか持ち上げ。
眼前にまで迫っていたオニメの凶刃を、右手一本で握った剣で真横へと受け流そうとする。
「ぎ、ッ!……ぐ、ぐぐ、ぐッッ!」
「ふ……ふざけろっ! あの状態から剣が間に合う、だとおおっっ!」
オニメが放ってきた強烈な勢いの刺突。
アタシの身体とオニメの魔剣との間に、巨大剣を何とか差し込み、防御に間に合わせることは出来たが。
常に背中の翼で空を飛んでいたオニメの勢いは、切先を受け止めたからといって一向に衰えることはなく。
鎧の部品が擦れ合う時の音と、金属同士がぶつかり合う時の音が合わさった、何かが削れていくような不快な音が。オニメの魔剣の切先とアタシの巨大剣が衝突する箇所から、激しい火花とともに鳴り響く。
「だったら……押し切ってやんよ!」
オニメの攻撃の威力に押され、アタシの両脚は地面を擦る音を鳴らし、徐々にではあるが後ろへと押されてしまっていた。
しかも、火花を散らしていた巨大剣とオニメの魔剣との接点もまた、徐々に内側へと移動していた。
オニメとの競り合いが続けば、いずれは勢いに押し切られ、アタシの胸に魔剣が突き刺さるのは時間の問題だろう。
「ちょ……調子に乗るンじゃねぇぞ……だったらッ──」
普段、アタシは攻撃範囲を広く使うために剣を片手で使っていた。今度もまた、右手一本のみで巨大剣を握っていたが。
今の状況は、攻撃範囲を気にする必要などない。
しかも、右眼の魔術文字で増強された左腕を剣に添えれば。剣の威力も左腕の分、増すのが道理だ。
アタシは早速、息を一つ吐いてから、空いていた左手で剣の柄を握りしめ。
劣勢に傾いていたオニメとの競り合いへとあらためて挑むと。
途端に、オニメの突進に押し負けて身体が退がるのが止まり。火花が激しく散る箇所も、外側へと逆に押し返していくのが見える。
「ぐ、っ……ぎ、な、何が起きやがったっ……っ? いきなり、動かなくなりやがっ……てえエエ!」
こうなると、逆に歯……ではなく鋭い牙を噛み合わせ、苦痛に顔を歪めていたのはオニメだった。
無理もない、先程までは翼による突進の勢いは全部アタシの脚や剣へと向けられていたが。
威力が拮抗し、互角以上に競り合う今。翼による突進の勢いは、受け止められている魔剣を握ったオニメの両手にのし掛かっていたからだ。
このまま押し切れば、やがてオニメは自分が放つ突撃の威力に負け、魔剣を手放し自滅するだろう。
「ちいぃぃっ! クソがっ、クソがっ、クソがああああっっっ‼︎」
だが、どうやら剣を手放すまで対抗するほどの馬鹿ではなかったようで。オニメは途中で競り合いを諦め、一度後方へと退がっていく。
力負けを認めることが余程悔しかったのだろう、距離を空けていても分かる程に顔を真っ赤にし、悪態を吐いていたオニメ。
「テメェは剣の腕だけで斬り伏せてやろうと思ったが……今ので気が変わったぜぇ」
憤怒の形相をアタシへと向けたオニメは、さらに身体が変貌し。頭の角が伸び、剥き出しの手足の表面に浮き出た鱗はさらに禍々しい形状に変わっていた。
しかも彼女が吐く息に、僅かながら小さな火が混じっているのさえ見える。
「なんだ? 竜属みたいに口から炎でも吐いて見せるってのかい?」
ようやく強烈な刺突から解放され、軽口を叩いてみせたアタシだったが。
先程の競り合いで、オニメが意地を張らずに炎の吐息を放っていれば。避ける余裕などアタシにはなく、炎が身体に直撃していただろう。
オニメの返答次第では、アタシもまともに剣を打ち合わせる戦法を変える必要がある。
アタシの冗談のような口調の言葉に、どう反応を見せるのかを注意深く待っていたのだが。
炎を吐くか否か、を聞かれたオニメは。手にしていた漆黒の魔剣を頭上へと掲げてみせた。
「ハッ! 見せてやるのは、魔剣の力さあ!」
オニメが言葉を吐いた瞬間。
彼女が高く掲げていた魔剣から、朱い閃光が発せられたかと思えば。
足元の地面がぐらぐらと揺れ始め、アタシとオニメのいる場所の周囲に、円を描くように大きな溝が生まれる。
そういえば、オニメとの出会い頭に一度。魔剣の力らしき能力を使って地面を揺らし、溶岩で出来た蛇を多数召喚したのを思い出した。
あの時は、フブキが持つ氷の加護の力で溶岩を冷却し、無力化することに成功した。
アタシはてっきり、邪魔をするフブキがいない好機とばかりに。周囲に出来た溝から同じく溶岩で出来た何かが召喚されるものかと思い。
「何だ何だ、また溶岩の蛇を召喚するってのかい? そりゃちょいとアタシを甘く見過ぎじゃないかねぇ!」
「ハッ……魔剣カグツチの力はあんなもんじゃねえぞ」
「は? そりゃ、どういう意味だ──」
オニメの意味深な返答に、アタシはさらに真意を問い詰めようとした時。
アタシの頬に、一粒の汗が流れ落ちた。




