160話 アズリア、オニメの正体を推察する
この話の主な登場人物
アズリア 巨大剣を振るうこの物語の女主人公
オニメ 魔剣カグツチを所持する異種族の女戦士
──その、直ぐ横では。
アタシが漆黒の魔剣を構えた、頭から二本の角を生やす異種族の女戦士・オニメと。互いの武器を既に数度打ち合わせていた。
黒い魔剣とクロイツ鋼が衝突する度、響く衝撃音と激しい火花が散る。
「ハッ、どうしたどうしたあ? その馬鹿デケぇ剣は飾りか何かかよっ!」
攻勢に出ていたオニメが、守勢に回るアタシへと悪態を吐く。
だが、言葉とは真逆に。こちらへと力任せに黒き大剣を叩き付けていたオニメの顔には。強者と剣を交える歓喜からか、口端を吊り上げるような薄ら笑みが浮かんでいた。
「く、ッ?……ちょ、調子に乗りやがってッ……」
対照的に、予想以上に重い攻撃を連続して放ってくるオニメの攻撃を。アタシは鉄よりも頑強なクロイツ鋼製の巨大剣を構え、受け止めていくが。
完全に攻撃の威力を殺し切ることが出来ず、中々反撃に転じる隙を窺えずにいた。
だが、アタシがオニメに戦闘の主導権を握られてしまっていたのは。魔剣の予想以上の威力だけではなく。
「……ッたく、二人とも何やってんだいッ?」
同じく三の門の前で開始されていたヘイゼルとユーノが気になり。オニメと対峙しながらも度々、視線を逸らして二人の戦況を確認していたからでもあった。
ヘイゼルこそ、敵側の凄腕の弓使いイスルギと睨み合いを続けている最中だったが。
その一方でユーノはというと。敵であろう真っ白な材質の魔巨像に、上空高く吹き飛ばされていた瞬間だったのだ。
今までも何度かアタシと一緒に、強敵と戦ってきたユーノだ。その実力を信頼しているからこそ、三の門まで同行してもらったのだが。
さすがにユーノが吹き飛ぶ瞬間を目撃した時は。歓喜の表情でアタシと剣を打ち合うオニメの腹を蹴飛ばしてでも、今すぐにユーノの救援に向かいたい感情に捉われてしまう。
「……テメェ。どっち向いてやがる……っ!」
そんな感情が表面に出てしまったのか。
ちょうど十度目の衝突の時、ついにオニメがアタシが自分から視線を逸らしていることに気付いたようで。
先程まで笑みすら浮かべ、歓喜に湧いていたオニメの表情が一変。激しく苛立ち、舌打ちと歯軋りを鳴らしながら、アタシの余所見を指摘してきたのだ。
いや、それだけではない。
十度続いた連撃の次の攻撃が放たれる事はなく。
オニメが一度、大きく背後に、アタシの大剣の攻撃範囲の外へと跳躍すると。
「オレを、余所見しながら捌ける程度の相手だと侮るんじゃねえええええエエエ!」
そう苛立ちの感情を強く乗せた絶叫を放つと同時に。
オニメの両腕に装着されていた籠手や腕甲が内側から弾け飛ぶと。
剥き出しになった彼女の素肌に、棘々しい鱗が浮かび上がり。人間のような指が、竜属の指に瞬時に変貌した。
まるで、道中にアタシらに奇襲を仕掛けてきた、魔竜の眷属の蛇人間のような姿だったが。
「い、いやッ……違う。あの鱗や指の形状ッ、ありゃ……魔竜じゃねえ、アレは──」
魔竜の眷属の鱗は、水に濡れたような不気味な光沢を放っていたのに対し。
オニメの腕に浮かぶ棘々しい鱗は、彼女の髪と同じく真っ赤な色で。どちらかといえば、モリサカが竜属性の魔法を発動させて変貌させた外観に似ていた。
モリサカと竜属性の魔法、という発想に行き着いたアタシは。今一度、オニメの頭に生やした二本の立派な角と、背中の翼に注目し──ある結論に到達した。
「……オニメ。アンタ、もしかして……竜人族、なのかい……?」
竜人族。
太古の昔に禁断の秘術を用い、元来ならば人間との間に子を設けられない竜属が。人間との混血児を生み出した……とされている種族。
人間よりも竜属に近しい生活環境なためか、人の住まわぬ遥か遠くの土地に集落を築いている、とされるが。
アタシも伝承や文献でその存在を知るだけで。もし目の前のオニメが竜人族であるならば、実際に遭遇するのは初めてとなる。
だから、問い詰めてはみたものの。
オニメが竜人族かどうかの確証は、いまだ持てずにいたのだったが。
「ハハッ! さて……知らねえなあ、そんな些細なこと」
見れば、先程よりも鋭く伸び、牙と呼ぶべき歯を剥き出しにしながらニヤリと笑うと。
笑みを浮かべたまま、殺意を乗せた視線をギロリとアタシへと向けたと同時に。
背中の翼を広げ、前方へと跳ぶオニメ。
「この一撃! 余所見してちゃ受けられねぇぞオオ!」
竜属の咆哮がごとき雄叫びに、周囲の空気がビリビリと震える。
しかも、最初に一度地面を蹴ったその後は、脚が地面に触れることなく。魔剣を構えた体勢で、まるで地を駆けると見間違う程に低く。「跳ぶ」のではなく「飛ん」でいたのだ。
その速度は、間近で放たれたイスルギの鉄矢に匹敵していた……いや、それ以上の速さかもしれない。
「脚狙い、だとッ?」
しかも、地面に触れるかという低空で飛行しながら突撃してくるオニメは。白兵戦で一番、防御が手薄にある足元に狙いを定め、真横へと漆黒の大剣を薙ぎ払う。
いくら脚冑を装着している脚でも、守勢とはいえアタシの重い大剣と互角に打ち合えるだけのオニメの剣の威力だ。脚冑の装甲など易々と斬り裂き、脚を切断されてしまうだろう。
アタシが構えていたクロイツ鋼製の大剣なら、高速で突撃する勢いを乗せたオニメの一撃でも容易に断ち切れる筈もない。
この巨大剣を切先を真下へ向け、地面に突き刺すことでオニメの剣の軌道を遮り、剣閃を受け止めることも出来たが。
──アタシが今回、選択したのは。
「させるか……よッッ!」
アタシは、脚を狙う漆黒の剣閃の範囲から逃がれるように、横へと素早く跳躍する。
低い体勢で攻撃を空振ったオニメへ、反撃を放つために命中する目前まで引きつけ、回避を遅らせたのが原因で。
左脚に装着した脚冑の装甲が、オニメが振るった魔剣に触れ、装甲が吹き飛んでいく。
脚冑は犠牲にはなったが。
そこまで低い体勢を取り、しかも攻撃を空振った不安定な姿勢では。横からのアタシの反撃は絶対に回避出来ない。
「貰ったよオニメッ!」
アタシは右眼の「筋力増強」の魔術文字の魔力を、先に着地した右脚に巡らせていき。反動をつけて、回避のために距離を空けたオニメの側面へと再び跳躍し。
反撃の大剣をオニメの背中に向け、振り下ろしたその瞬間。
こちらを振り向いたオニメと目線が合う。
「──甘ぇぜっ!」
途端に、前進していたオニメの身体の軌道が急に曲がり。アタシの大剣の攻撃距離の外へと逸れていった。
アタシは、オニメが「跳んだ」のではなく「飛んだ」ことをすっかり忘れていたのだ。
跳躍と疾走ならば、どんなに速かろうが今のような低い体勢から瞬時に立て直すのは不可能だったろう。
だが、オニメは背中の翼を駆使し空を飛んでいた以上。体勢が低くても身体の均衡を崩すことはない……というわけか。
反撃を狙ったアタシは一転、今度はこちらが空振りをする大きな隙を生み出してしまう。




