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13話余談② アズリア、ロシェットを抱擁する

 自発的にロシェットが息を吐くまで、アタシは懸命に塞いだ口から息を吹き込む。三、四度、ロシェットの喉奥(のどおく)へ息を送り込んでは。一旦、口を離して息が戻ったを確認し。再び口を重ねて息を吹く……を繰り返していく。


「あ、あわわっ……ろ、ロシェット様の純潔がっ……」


 アタシがロシェットの口唇(くちびる)に触れる(たび)、横に控えていたリュゼが慌てていた

 最初こそ無視を貫いていたアタシだったが。

 それ程にロシェットの口唇(くちびる)を許可なく奪ったのが衝撃的だったのか、騒ぐリュゼが(わずら)わしくなり。


「……ぶはッ! いい加減、静かにしなリュゼ!」


 一度、ロシェットから口を離した時にアタシは、横で騒ぐリュゼの口を手で制した。


「だ、だがな、アズリアっ……これは、ロシェット様にとっては一大事であってっ……」


 これまでのリュゼや護衛二人の態度から、ロシェットが貴族の……しかも高位の爵家の子供であるのはアタシも推察していた。

 だとすると、他の貴族の娘との契約結婚も控えているだろうし、(ある)いは既に婚約済みかもしれない。

 となれば当然、他の女との関係にも気を遣うリュゼの事情も理解出来なくもないが。


「あのねぇ……ッ」


 当然ながら、アタシの行為はロシェットの生命を救うのが目的であって。リュゼが想像するような感情は、一切持ち合わせてはいない。

 それに今は、ロシェットが息を吹き返せるかどうかの分水嶺なのだ。


「そもそもアンタが横でアワアワしてたら、この子の息が聞き取れないだろうがッ」 

「──ぐ、うっ!」


 溺れて水を飲み、息が止まった時ならば。息を吹き返した場合、盛大な音をさせるものだが。

 今のロシェットは長い時間、氷壁に閉じ込められ身体が冷え切ったせいで今にも心の臓が止まりそうな程だ。

 そんな状態で息を吹き返しても、限りなく弱々しい息なのは容易に想像が出来た。だからアタシはリュゼに強い口調で黙らせたのだ。


 その甲斐があったのか。

 口を離し、息を吹き込む事を諦めずに繰り返すこと、実に二〇回を迎えたその時。


「……ふ……ぅぅ……」


 ロシェットの胸が(わず)かにだが、上下に動き始め。開いた口の隙間から弱々しく……ではあるが、(かす)かな息を漏らしたのだ。


「お、おい! リュゼッ……」

「あ、ああ、ロシェット様の息が……戻ったっ」


 ロシェットが息を吹き返した事に歓喜したのは、リュゼだけでない。


「ふぅ……一時は本当にどうなる事かと思ったが」

「これで……ロシェット様は助かるんですねっ!」


 火の管理をしていたサイラスとルーナ、護衛の二人も手を合わせ。ロシェットが生命の危機を脱した事を喜んでいた。

 だが、まだ生命の危機は去ってはいない。

 

「まだだよ、三人とも」

「「えっ?」」

「見な。ロシェットの身体、全然温もりが戻らない」


 そう。

 焚き火を挟んだ向こう側にいたアイビーと、彼女に抱かれて眠っていた有翼族(イーリス)王子(プリンス)は。すっかり顔に血の気が戻り、すやすやと寝息を立てていたが。

 対照的にロシェットは、先程から焚き火の熱に当たっているにもかかわらず。顔だけでなく全身の肌が青白く、一向に体温が元に戻らない状態だった。

 

「だ、だがアズリアっ……さすがにこれ以上、ロシェット様と火の距離を近付けてもっ……」


 そもそも、洞窟内で火を焚いたのはアタシらが暖を取るからではなく。氷壁から救出した王子(プリンス)とロシェットを暖める目的だったのだ。

 特に身体が凍え切っていたロシェットは、火傷(やけど)を負わない程度の距離で、焚き火の熱の恩恵を受けていた。

 

「ああ……これ以上火に寄せりゃ、肌が(あった)まる前に火傷(やけど)しちまう」


 つまり、焚き火による体温の回復は最早(もはや)限界だった。

 ロシェットの体温を戻すには、焚き火とは別の方法が必須となるが。リュゼも、護衛の二人もそんな方法は頭に浮かばない。


 唯一、体温を回復する手段が頭に浮かんでいたアタシは。「その方法」を実践するために、外套(マント)の下、左右非対称という特異な形状のクロイツ鋼製の鎧を三人へと晒すと。

 

「……だから。アタシが直接肌に触れて体温を戻してやる」


 三人の目の前で、胸甲鎧(ブレストプレート)腰垂れ(フォールト)といった胴体を覆う鎧を次々と外し。

 腕甲(ブレイズ)籠手(ガンドレッド)、さらには胸や腰を隠していた布地も脱ぎ去り。


 一糸纏(いっしまと)わぬ黒い肌、そして全身に傷痕を残した全裸の姿を。

 アタシはこの場にいた全員に晒してみせる。


「んな⁉︎ あ、っ……」

「ちょ……ちょ、ちょっと、アズリア様っ?」


 突然の出来事に。火の番をしていたサイラスやルーナは驚きのあまり言葉を失い、自分の顔を両手で隠していたが。

 アタシは構う事なく、ロシェットに巻いた毛布を()いで、先に濡れた服を脱がして全裸だった少年の身体を包むように抱き締める。


「は……ぐ⁉︎ う、うぅッ……ッ!」


 想定していた通り、いや想像以上にロシェットの肌はまるで氷のように冷たく。肌が触れ合った途端、こちらの肌を侵蝕(しんしょく)してくる強烈な冷気。

 思わず叫び声を発してしまいそうになるのを、どうにか奥歯を噛んで耐えるアタシ。


「ぐ、う……が、我慢だよ……アタシ、ッ……」


 しかし「冷たい」とアタシが感じるのは、同時にアタシの肌の熱がロシェットに浸透しているのだと理解し。

 アタシはさらにロシェットへと肌を密着させ、自分の(ぬく)もりを分け与えようとすると。


 どうやらアタシが全裸を晒したのがあまりに衝撃で、完全に放心していたのか。何の反応も見せていなかったリュゼが突如、(せき)を切ったように騒ぎ立てる。

 

「あ、アズリアっ! く、口唇(くちびる)を奪った上に、は、裸で……っ!」


 リュゼとは事前に、「アタシのやる事を黙認する」という口約束を交わしていたためか。騒ぐだけで、ロシェットからアタシを強引に離す真似はしなかったが。

 約束がなければ、まだ一〇歳のロシェットを全裸で抱く不埒(ふらち)なアタシを、実力行使で引き()がしていただろう。

 

 実は──天候や魔法等が理由で、動けなくなる程に急激に身体を冷やした際。火に当たったり、熱い湯を使って暖を取っているのに、逆に身体が冷えてしまう。

 ……という悪循環に(おちい)る場合がある事を、アタシは旅の途中で耳にした知識と傭兵時代の経験から知っていた。

 一見、突飛(とっぴ)でもない行動に思われるが。「裸で抱き合う」というのは、冷えた身体を暖めるには最善の手段だったりする。


 それに第一、目の前の少年(ロシェット)はまだ一〇歳と、成人すら迎えていない年齢なのだから。いくら素肌を触れ合わせていたとはいえ、男女の関係を意識するにはまだまだ未熟すぎた。


 アタシはリュゼの抗議の言葉を無視し。


 当然、いくら焚き火で暖められていようが、洞窟の内部はまだ冷気が残る。互いの肌を晒したままでは、暖めた身体が冷えてしまうため。

 アタシは抱き締めていたロシェットごと、毛布に(くる)まり、さらに身体を密着させていくと。


「み、見て下さいリュゼ様っ? ロシェット様の肌がっ……」

「な、っ!」


 ルーナが指摘した通り。素肌を合わせる前には、死人のように青白かったロシェットの顔色は、徐々にではあったが赤みが戻り。弱々しかった吐息にも、(わず)かに生気が宿ってきている。

 今度こそ本当に、ロシェットは迫っていた生命の危機から脱した、と胸を張って言える。

 

「よ……良かった、ロシェット様っ……」


 アタシが言葉にせずともロシェットの快方を察知したリュゼは。

 両目に大粒の涙を浮かべながら、毛布に(くる)まれた少年の蜂蜜色の髪を優しく撫でていく。


 先程、互いの口を重ねただけで大騒ぎをしていたリュゼも。どうやらアタシの応急処置に、ようやく納得してくれたようで。


「意識が戻るまではこのままだけど。リュゼ、もう文句はないね?」

「……ああ、アズリア。ロシェット様を、よろしく頼んだぞ」


 アタシはこのままロシェットが意識を取り戻すか、(ある)いは洞窟から運び出すくらいには体調が回復するまで。

 洞窟の外の風雨が収まるのを待ちながら、ロシェットの冷えた身体を暖め続けた。


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