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156話 ユーノ、敵対する者の名を知る

「ははっ、どうしたんだい? 手も足も出ないじゃないか──ほら、ほらっ!」


 それでも攻勢が止む事はなく。ユーノの腕や脚から噴き出す血に高揚したのか。子供は紙の巨像の肩に乗りながら高笑いし、切れ味鋭い葉の刃を続けて放つ。

 左腕の巨大な籠手(ガンドレッド)で、(かろ)うじて急所への直撃こそ避けてはいるものの。

 

「ぐ、っ……こ、このままだと……だったら」


 ただ一方的に攻撃に晒されていれば、状況はさらに悪化するだけだと悟ったユーノは。

 頭と胴体を庇うように前面に掲げていた、防御の(かなめ)とも言える左腕の籠手(ガンドレッド)を下げた。


 突然、防御の構えを解くユーノを見た子供は。


「何だい、もう諦めちゃったのかい? しょうがないな、それじゃ──」


 数箇所、身体を切られたことにより。ユーノの心が痛みで折れ、戦意が喪失したと見做(みな)した子供は。

 早々にユーノとの決着をつけるためなのだろう。子供が魔力を集束していき、複数枚の葉が手のひらの上で渦を巻く。

 子供が「葉刃(リーフカッター)」よりも、上位の攻撃魔法を準備しているのは確実だった。


 いよいよ、発動の瞬間が迫り。

 子供がユーノを格下を眺める視線を向け、魔法を放とうとした。まさにその時。

 

「これでっ、終わ……」

「──黒鉄の礫(アイアンバレル)っ‼︎」


 巨像の肩に立ち、ユーノを見下ろす子供が言いかけた台詞(せりふ)に割り込んで。ユーノの左腕の拳が前方へと突き出され。

 そこから一本の指が籠手(ガンドレッド)着脱し(はなれ)て、子供目掛けて一直線に飛んでいく。


 黒鉄の礫(アイアンバレル)

 ユーノが「鉄拳戦態(モード・アイゼルイェーガ)」という、攻撃のための魔力を身体に纏った戦闘態勢にならないと使えない魔法で。発動こそ無詠唱で出来るものの、籠手(ガンドレッド)の指を魔法として放つための予備動作を必要とする。

 その予備動作を取るため、ユーノは一度防御を解かなければならなかった。


 だが、その効果は大きかったようで。


「ゔえっっ⁉︎」


 ユーノの得意分野が両拳による格闘のみだと思い込んでいた子供は、まさに不意を突かれたような声を漏らし。

 高速で迫る黒い鉄塊を前に、驚きの表情を浮かべ、巨像の肩の上で固まっていたが。


 まさにユーノの起死回生の一撃が子供の胸の真ん中を捉え、直撃は(まぬが)れない……と確信した瞬間。

 目を大きく見開き驚愕(きょうがく)していた子供の顔が一変、先程までと同様にこちら(ユーノ)を小馬鹿にしたような嘲笑(ちょうしょう)を浮かべ。


「──なんちゃって」


 ユーノの左腕から放たれた黒い閃光は、直撃する筈の子供の身体を透過する。

 まるで、実体を持たない幽霊(ゴースト)亡霊(ファントム)を相手にしたかのように。投擲(とうてき)武器と化した籠手(ガンドレッド)の指は、何ら子供に傷を負わすことなく。通り抜けてしまったのを見て。

 今度はユーノが驚きと困惑の表情を浮かべる。


 一体、何が目の前で起きたのかを全く理解出来ていなかったユーノ。ただ一つだけ理解していたのは、今の逆転の一撃が敵に避けられてしまったということだけだった。


「え?……ど、どうなってるのっ?」


 だが、元いた位置から全く動く気配を見せていなかった子供が。回避する動きも、防御のための構えや魔法も使わずに、しかも無傷で自分が放った「黒鉄の礫(アイアンバレル)」を凌いだ、その方法がユーノには全く理解出来なかったのだ。


 困惑していたユーノが、一番知りたがっていた問いに答えたのは。

 予測し得なかった方向からの声だった。


「そりゃ、こういうことだっての」


 突然の事態に、頭がすっかり混乱していたユーノは。獣人族(ビースト)特有の直感と警戒心を、周囲に働かせる事すら忘れてしまっていた。

 そのため、子供がいつの間にか真横に回り込んでいた事をすら察知出来なかったが。

 それはユーノの頭をさらなる混乱に(おとしい)れる。


「え?……ええっ⁉︎」


 何故なら、ユーノの視界には。

 白い紙の巨像の肩に乗る子供の姿に。真横から突然姿を見せた子供と。

 先程まで敵対していた人物が、二人に増えていたように映っていたのだから。困惑に困惑を重ねたユーノは、接近された対処よりも。目の前の事態を理解することを優先し、二体の子供を何度も首を左右に動かし見返してしまう。


 当然、敵がユーノの理解を待ってくれる筈もなく。

 

「なぁにキョロキョロしてんの──さっっ!」


 真横に出現した子供は、ユーノの間近へと高速で迫ると。困惑し切っていたユーノの手前で身体を空中にて一回転させ、勢いを乗せ威力を増した蹴りを放つ。

 混乱した頭で、さらに突然背中を向けられ。左腕による防御すら間に合わず、子供の脚はユーノの側頭部を直撃し。

 

 ユーノの視界が一瞬、真っ白になる。

 

「が……っ⁉︎」


 その途端、力が抜けたユーノの身体を。右拳を掴んでいた紙の魔巨像(ゴーレム)が持ち上げ、空中高くへと放り投げた。

 投げ飛ばされた時の衝撃で、何とか朦朧(もうろう)としていた意識を戻すことが出来たユーノは。地面に叩き付けられる衝撃を緩和(かんわ)しようと、空中で体勢を立て直そうとする。


 だが。


「へえ。オイラのあの蹴りで気を失わないなんて、案外頑丈な身体してんね、でもっ!」


 ユーノの目と耳が捉えたのは。蹴りを直撃させたばかりだというのに。ユーノが放り投げられた高さよりも、より上空に飛び上がっていた子供の姿。

 おそらくは、蹴りを放った直後に紙の魔巨像(ゴーレム)を踏み台にして。空高く跳躍(ちょうやく)したのだろうが。


 その時、ユーノの頭に浮かんだのは。この国(ヤマタイ)特有の魔獣、(ぬえ)との戦闘の結末だった。

 あの時、(ぬえ)に最後の一撃を与えたのは。ユーノでも共闘していたヘイゼルの単発銃(マスケット)でもなく。横から、察知出来ない程の高速で割り込んできた目の前の子供だったからだ。


 今、ユーノのさらに上空を跳んでいる動きこそ。(ぬえ)にとどめの一撃を放ったあの動作と同等の速度と鋭さを思い返す程だった。


 そして。

 

南天(なんてん)紅雀(こうじゃく)拳──鷲爪(ししゅう)(きゃく)っ!」


 真上を取った子供の身体が、空中で前方に一回転、二回転、三回転……と幾度(いくど)も回転を重ね、徐々に回転速度が増していき。

 まだ体勢を立て直し切れていない空中のユーノの身体へ。落下時の自重と物凄い勢いの回転の威力を乗せた子供の脚が、まるで戦斧(バトルアックス)のように振り下ろされ。


「ぐ、う、ううううっっっっっ‼︎」

「無駄だぜ、このまま地面に激突させてやるからなっ!」


 何とか自由になった両腕の籠手(ガンドレッド)で、頭上から落とされた子供の蹴撃を受け止めたユーノだったが。

 衝撃を流す地面がなく、ユーノの身体は蹴りの威力で真下へと吹き飛ばされ。

 丁度(ちょうど)、ユーノの身体の上に子供が乗っかった体勢で地面へと落下していくと。


「が──はぁぁぁっっ……っっっ⁉︎」


 背中には堅い地面による落下の衝撃が。

 正面からは子供の全体重が()し掛かり。


 ユーノは全身に雷撃を受けたような衝撃と、数箇所の骨が折れて砕けたと思われる激痛が奔り。口からは絶叫とともに血を吐き出す。


「よっ……と。へへ、どんなもんだい」


 一方で。着地の際にユーノを下に敷いたことで、地面からの衝撃を受けなかった子供は。自分が繰り出した戦技(わざ)の威力とその成果を、満足そうに眺めながら。

 まだ倒れたまま立ち上がれそうにないユーノを見下(みくだ)しながら、口を開く。

 

「へ、死ぬ前に教えてやるよ……オイラはシュパヤ。最強の傭兵団『韃靼(タタルゥ)』の一人にて、南天(なんてん)紅雀(こうじゃく)拳、最強の使い手さあっ!」


 そう自慢げに語る子供(シュパヤ)の顔には、最早(もはや)勝利を確信した笑みが浮かんでいた。

南天(なんてん)紅雀(こうじゃく)拳・鷲爪脚(ししゅうきゃく)


 東西南北を冠した四つの流派の中でも、蹴撃に特化した南天(なんてん)紅雀(こうじゃく)拳ならではの脚技の一つ。

 優れた脚力で空高く跳躍し、前方へと回転することで勢いを乗せた(かかと)を振り下ろし。相手の頭上から急襲を仕掛ける様を、「獲物を狩る鳥」に見立てた戦技(わざ)

 振り下ろした一撃目で相手の体勢を崩し、自分の全体重を相手に浴びせて押し潰すまでがこの技の完成形である。

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