155話 ユーノ、紙の巨像に拳を放つ
この話の主な登場人物
ユーノ 格闘が得意な獅子人族の少女
シュパヤ 紙の魔巨像を作成した子供
その間近では。
もう一つの戦いが起きようとしていた。
「オニメの姉ちゃんもイスルギも始めちゃったけど……そろそろ、オイラたちも始めよっか?」
そう口を開いたのは。すぐ隣にこの国特有の白い草紙で出来た魔巨像を控えさせた、オニメらの仲間と思しき子供。
相手を小馬鹿にするような不敵な笑みを浮かべる子供の言葉に合わせ。白い魔巨像もまるで意思を持つかのように、一歩前に動いて拳を構えてみせる。
そして子供の視線の先にいたのは──ユーノ。
「う、っ……」
だが、白い魔巨像が一歩前に出るのを見たユーノは。一歩後退って一定の距離を取ろうとする。
子供に挑発的な言葉を投げ掛けられたにもかかわらず、好戦的なユーノが攻めに転じられないのには理由があった。
それは、魔獣・鵺との戦闘の時の記憶だ。
最初ユーノは、鵺への決定打を横取りされたことに腹を据えかねていたが。
冷静に思い返せば、全くの警戒の外から割り込んできた白い魔巨像の速度と。鵺に繰り出した、自分の拳に匹敵する程の威力の攻撃を繰り出した事実に。
ユーノは少なからず警戒を強めていたのだ。
「お姉ちゃん、ヘイゼルちゃん……どうしよう?」
攻撃に躊躇を見せたユーノは、一度左右へと視線を向けていく。
自分から攻勢に出るか、それともまずは相手の出方を待つかを相談するために。
「──あ。そっか」
だが、当然ながら。答えを返してくれる相手は、左右どちらの側にも控えてはいなかった。
ヘイゼルはイスルギと睨み合っており、アタシはオニメと剣を交えている最中なのだから。
「そうだよね。ここはボクががんばらなくちゃ、だよねっ!」
ユーノは、この場に及んでアタシとヘイゼルに頼ろうとした自分の心の弱さを振り払うように。何度も左右に首を振ると。
あらためて、両腕に装着した「鉄拳戦態」の巨大な籠手で拳を作り。
大きく息を吸い込み、吐いた──次の瞬間。
両の眼を大きく見開き、紙で出来た魔巨像へと鋭い視線を向けると。
「いっっ……っくよおおおおぉぉっっ!」
足元の地面を強く蹴り、気合いを乗せた雄叫びを轟かせながら。イスルギの放った鉄矢やヘイゼルの単発銃の鉄球にも負けず劣らぬ速度で、真っ直ぐに突撃していき。
獣人族の少女の短躯に似合わぬ、巨大な籠手の拳を繰り出していく。
考えるのが面倒になったから突撃したのではなく、ユーノなりの考えがあっての選択だったりする。
そもそもユーノは、回避こそ得意でも防御側に回るのがあまり得意ではないし、ユーノ自身好きでもなかった。
どうせ相手の実力を測るのであれば。自分が得意としている攻め手側に回ったほうが最適だ、と。獣人族に流れる野性の血が、直感的にユーノの頭に訴えたからだ。
魔獣だけでなく、武侠ですらも。直撃すれば胴体の骨の二、三本は砕ける程の威力のユーノの鉄拳。
だが、鉄拳を迎え撃つ立場にいた子供は。ユーノを嘲笑うかのような不遜な表情を崩すことなく。
寧ろ、周囲の空気を震わせながら高速で突撃してくるユーノを見て。鼻で笑うような仕草を見せる子供は。
「ふふん、生意気な口利いて。そんなもんかい?」
迫るユーノの姿を一本、指を立てて指し示すと。
「行けっ式皇子っっ!……オイラの式皇子の力を、舐めんなよお!」
子供の合図に応えるように、紙で出来た魔巨像の頭の部分に顔のような模様が浮かび上がると。頭の模様が、まるでユーノを睨むような形状を取り。
二、三歩ほど前に出ると、子供をユーノから庇うような位置へと立ち塞がり。両手を身体の前へと動かし、ユーノの突撃を真正面から受け止めようとする構えを取る。
「うっさい! ぶっとばしてやるっっ!」
「やれるモンならやってみろいっっ!」
響く文句だけを聞いていれば、まるで子供同士の喧嘩なのだが。
子供同士の喧嘩と呼ぶにはまるで相応しくない、ユーノの繰り出した鉄拳と。白い魔巨像が交わった、瞬間。
とんでもない衝突音が辺り一帯に響き渡る──結果。
「ぐ、ぎ……ぎ、ぎぎっっ、っ⁉︎」
ユーノの突撃と鉄拳は、元来ならば脆い草紙という材質で出来た巨体を打ち破ることが出来ず。
それどころか、紙の魔巨像の両手はしっかりとユーノの放った巨大な拳を掴み。威力を完全に殺していた。
魔巨像に掴まれ、動きが止まってしまったユーノは。拳を掴んで離さない魔巨像を振り解こうと、歯を食い縛りながら力を込めるが。魔巨像の腕の力は強く、ユーノは押し切ることも退くことも叶わなかった。
「……ならっ!」
だが、魔巨像が両手で掴んで離さなかったのはユーノの右拳だけであり。ユーノの左腕はまだ空いていたからだ。
当然、ユーノは。空いている左腕の拳を握る。
突撃の勢いこそ乗せてはいないものの。拳を掴まれ、ある意味では拘束された状態を打破するには、充分すぎる威力の筈だ。
左腕を振りかぶろうとしたユーノが、目の前の白い魔巨像を睨み付けた、まさにその時。
「へへ、させねえっての」
ユーノの視界に入ってきたのは。先程まで庇われていた子供が、紙の巨像の肩にひょいと乗っかる姿だった。
しかも、ただユーノを嘲笑しに姿を見せただけなら良かったのだが。肩に乗り、笑顔を浮かべた子供の二本の指には。
緑の葉と、攻撃魔法のためだろう魔力が集束していた。
「──葉刃!」
無詠唱で放たれた、魔力を帯びた緑の葉が。まるで投擲用の短剣のように風を切り裂き、一直線にユーノへと飛んでいき。
素早い動きを維持したいがために、重装備を嫌ったユーノの二の腕を切り裂いていく。
「い、いたっ? こ、この……っ!」
身動きが出来ないところに、頭上からの飛び道具を受けたユーノだったが。左腕での攻撃を一旦止めて、身体を捻って飛来した葉を回避しようとしたが。
高速で、しかも風に揺れるように軌道が途中で変化した葉を完全に躱すことが出来ず。
丁度胴体の革鎧と、腕に纏った巨大な籠手の隙間。防具のない二の腕に、決して浅くはない傷を負ってしまう。
しかも、少年の手にはまだ。
一枚だけでなく、複数の葉が用意されていた。
「ほらっ! 一発だけじゃ済まないぜっ──葉刃っ!」
「く、ぼ、ぼうぎょ、しなきゃ……っ」
詠唱の必要なく発動する攻撃魔法が故に、連続して放つことが出来る鋭い刃と化した緑の葉に。
ユーノの身体は次々と切り裂かれていった。
「……っっ! ぐ、っ……うあっ!」
勿論、ユーノも右拳が掴まれ、身動きがままならない状況で。自分が出来る可能な限りの防御の姿勢を取る。
即ち、自由に動く左腕の巨大な籠手で。急所である胴体と頭や首への直撃を避けてはみたが。
いくら巨大であっても、左腕一本では全身を隈なく庇うことは出来ず。防御出来なかったユーノの肩口や脚には、容赦なく裂傷が奔り、血が噴き出る。
「葉刃」
自然に生えている植物の葉を触媒として、攻撃対象に向けて投げつける事で発動させる、大樹属性の攻撃魔法。
葉に魔力を通わせ鉄と同じ硬度を与えながら、葉としての特性を失わず、まるで風にそよぐように軌道を変化させるため、回避は非常に困難。
難易度は初級魔法ながらも、触媒や動作が必要なことから、攻撃魔法としては一般的ではない。




