153話 ヘイゼル、窮地を救う一撃
この話の主な登場人物
アズリア 古の魔術・魔術文字を使う女傭兵
ヘイゼル 元海賊の女頭領 単発銃を使う
オニメ 魔剣カグツチを所持する異種族の女戦士
イスルギ 巨大な鉄弓を巧みに扱う凄腕の弓兵
──だが。
敵はオニメだけではなかった。
アタシがオニメと互いの剣を衝突させ、だが双方が一歩も引かずに競り合いを続けていた時。
巨大な鉄弓を構えたイスルギが、足の止まったアタシを狙う好機と捉え。素早く一本の鉄矢を番えていたのだ。
弓を射る体勢をとっくに整え、獲物を狙う視線をアタシへと向けるイスルギ。
「……油断したな」
こちらを狙う鋭い視線を肌で感じた時には、イスルギの指は強く引いた弓の弦から既に離れ。矢は一直線に、アタシを射抜こうと恐るべき高速で今まさに迫っていた。
「ハッ! 調子に乗って飛び出してきやがったが、テメェはこれで終わりだあっっ!」
そういえば。アタシらが三の門に到着した直後にも、イスルギが五本の鉄矢を放ってきたが。
攻撃の合図を出していたのは、この女の目配せだったのを思い出した。
しかし今頃気付いても、もう遅い。
「ぐ……ぐ、ッッ?」
迫る矢を避けようと体勢を崩せば、その隙を見逃がさずオニメが容赦なく追撃を仕掛けてくるだろうし。
アタシを仕留める好機をみすみす逃がすわけが、そもそもなく。ここぞ、とばかりにオニメが武器に力を込めて。距離を空けようとするアタシへ、強引に漆黒の大剣を押し付けてくる。
「ハッ! どこへ行こうってのさあ!」
これでは矢を回避するどころの状況ではない。
それに……イスルギが矢を放つ気配を、察知が遅れたのが致命的だった。アタシは迫る鉄矢に対し、何ら有効な解決策を見出せないまま。
もうアタシの間近にまで矢は接近していた。
唸りをあげ、高速で矢が切り裂く風が鳴る音が徐々に大きくなるのを耳で感じながら。
その時──耳に飛び込んできた衝撃音。
「「──な、ッッ⁉︎」」
驚いて声を漏らしたのは、アタシだけではなく。吐息がわかる程に顔が迫っていたオニメも、矢を放ったイスルギもであった。
何しろ、一方的な攻撃を仕掛けた筈のイスルギの頬の横を何かが通り過ぎ。通過した何かが少し肌を掠めたのか、頬から血を流していたからだ。
離れて見ているアタシとオニメは、直ぐにイスルギの異変に気が付くことが出来たのだが。当のイスルギはもう一つの異変に気を取られ、自分の頬から流血している事実に気付いてはいなかった様子だ。
そう、もう一つの異変とは。
アタシを射抜こうと飛来していた鉄矢が、何か堅い物に弾かれたように吹き飛んだ事だ。
鉄製の矢は中折れすることなく、くるくると回転しながら空中を舞い。そして地面へと落下していった。
「……だ、誰が、俺の矢を、っ?」
ようやくイスルギが頬を傷付けられたことを理解し、同時に何者かの攻撃が自分に向けられた事実を知り。
感情のないように思えたイスルギの表情に初めて焦りの色が浮かび、慌ててその場から離れると周囲を警戒し始める。
「て……テメェ? な、何をしやがったあっ!」
「はは、それをアンタらに答えてやる道理があるッてえのか、ねぇ?」
「ぐ、ぐぎぎ……ぃっ」
対峙していたオニメは、矢を弾いた原因をアタシだと思い込み、一体何をしたのかその手段を聞き出そうと試みるも。
今回に関してはアタシが何かをしたわけではないため、オニメの問いを冷たく遇らうと。再び頭に血が昇ってきたのか、顔を真っ赤にしながら歯軋りをし始めた女。
「ははッ、それに、ねぇ──」
それにアタシは、最初こそ敵側の二人同様に何が起きたのかを理解出来ずに驚いてしまっていたが。
今では、何故自分を狙っていた矢が吹き飛び、イスルギが頬から血を流しているのか。その理由をすっかり理解していたからに他ならない。
アタシは、連中が知りたがっている二つの異変を生んだ張本人へと目線を向け。
剣を交えていたオニメに聞き取れぬ程の小声で。
「……助かったよ、ヘイゼル」
と、窮地を救ってくれた感謝を視線の先にいた女海賊へと口にしていく。
耳に飛び込んできた、ヘイゼルのみが用いる単発銃の発射の際の特徴的な炸裂音。そして撃ち終えた後に漂う、炸薬特有の焦げ臭い匂いを鼻に感じたことで、すぐにヘイゼルの仕業だとアタシは理解したのだ……が。
いつの間に、馬でアタシとオニメを挟んだイスルギとの直線上に並ぶ対面に、騎乗したまま移動していたヘイゼルは。
アタシの視線に気付いたのか、片目を瞑りながら口から舌を出し。こちらを小馬鹿にするような表情を見せながら。
発射したばかりの単発銃の、次弾の補填を行なっていた。
「まあ……いつまでもアズリア、お前さんの背中に隠れ続けてるわけにゃいかないからな」
イスルギもオニメも、まだ何が起きたのかを把握出来ずに戸惑っている間にも。
空になった単発銃へ、鉄球と炸薬の装填を終えたばかりのヘイゼルは。
弾を込めたばかりの単発銃の筒口を、アタシと競り合うオニメへと向けると。
「さて、やられたならこっちもやり返してやらねえと、なあ──っ」
先程アタシに見せた表情が一変し、顔から感情が消え失せたような無表情となり。冷徹に獲物を狙う狩人の眼で、オニメを凝視し。
無詠唱で「点火」の魔法を使い、何の躊躇いもなく引き金を引いたヘイゼル。
つい先程聞いたばかりの炸薬の爆発音。
イスルギが強力な張りの鉄弓から放つ風を貫く高速の鉄矢と同等、いや……それ以上の速度でオニメへと迫る単発銃から発射された鉄球。
「う、うお、っっ⁉︎」
まさかイスルギと一緒に仕掛けた戦法を、アタシとヘイゼルがそっくり真似てくるとは思ってもみなかったのだろう。
背中の翼を横に大きく広げて、剣を交えていたアタシから離れようとしたが。先程、矢が迫っていたアタシと同じオニメの思考を読み切り。
「逃がさ……ねぇよッッ!」
右眼の魔術文字の魔力を、脚へと巡らせて。後方に退がろうとするオニメを逃がすまいと、前方へと大きく跳躍し。
ヘイゼルが放った単発銃の鉄球の軌道へと、オニメの身体を追い込んでいく。
先程のアタシと同じ立場ならば、最早オニメには何ら打つ手は残されてはいない筈だ……が。
ヘイゼルの行動を察知したイスルギが動く。
「──させん、ぞっ!」
移動しながら鉄弓を縦ではなく、横に構えたイスルギは。素早く一本の鉄矢を弓に番え。
ヘイゼルがしたように、自分もまた単発銃の鉄球を弾き、射ち落とそうと矢を放ち。
さらに素早い動きで、再び矢を番え。少しの狂いもない同じ動作で弓の弦を引き絞り、全く同じ軌道の第二射を放っていったイスルギ。




