152話 アズリア、フブキを護る
瞬間、フブキの両手に集束していく魔力が白く輝き始め。
彼女の両眼が大きく見開かれた、と同時に。
「──毘沙那、零凍波っ!」
魔力を解放した途端、フブキの周囲一帯に魔力が放出されると。冷気のせいなのか、空気のあちこちがキラキラと煌めく。
地面を這って進む冷気が、溶岩が進み赤熱化した土を一気に冷やしたためか。周囲からは燃え盛る炎に水を浴びせ、瞬時に沸き立つような音と、霧のような白煙が巻き起こる。
「ふ、フブキいいッ⁉︎」
大量に吹き上がった白煙の霧で、完全にフブキの周囲の視界は閉ざされてしまい。
アタシは、霧の中のフブキが安否を知りたい一心で、大声でフブキの名前を呼んでみたが。
「う、うお、霧がッ……コッチにまでッッ?」
フブキの反応が返ってくるよりも先に。巻き起こった白煙と地面を這う冷気が、アタシの周囲までも包み込んでいき。
アタシの周囲の視界もまた、完全に塞がれてしまう。
「く、くそっ、一体何したってんだあのお姫様はよぅ、ぜ、全然見えねぇじゃねえかっっ!」
視界を覆い尽くした白い霧の向こう側から、姿の見えないオニメの焦りの色濃い言葉だけが響いてくる。
視界が塞がれたことで、アタシは自分の周囲で暴れていた溶岩の蛇が、霧の中から突然襲い掛かってくるのを警戒していたが。
先程まで、動きこそ遅いものの矢継ぎ早に体当たりを繰り返してきた溶岩が。霧が立ち込めてから、途端に止んでしまったのだ。
「ど……どういうコト、だい?」
アタシの見解では、フブキの発した冷気の威力は、瞬時に地面を凍結させる程だとはいえ。岩を融かす程の高熱を帯びた溶岩に対して、劇的な効果を発揮するとは思っていなかったのだが。
やがて、緩やかに流れる微風によって霧が晴れていき。何が起きたのかが明らかになると。
「う、おッ……ッ?」
「ば、馬鹿なっっ、オレの溶岩を、凍らせた、だとおっっ!」
オニメが絶叫したのも無理はない。
カガリ家の血統が持つ「炎の加護」とは真逆の、氷の加護を持って生まれたフブキが発動させた冷気の奔流は。
魔竜の眷属と対峙した時と同じく、地面を完全に凍結させ。さらにアタシの予想を裏切り、隆起から飛び出していた溶岩すら冷却し、融ける前の岩石へと戻していたのだから。
冷却され、堅い岩に戻ってしまえば。先程までのように動くこともなければ、触れたところで何の脅威もない。
細長い形状で不自然に固まってしまった岩石には亀裂が生じ、次々と地面に崩れ落ちていった。
「……どこまでも邪魔だな、お前、さあ」
おそらくは魔剣の能力であろう、溶岩を操る攻撃を完全に無効化したフブキに対して。
殺意を乗せたオニメの鋭い視線が向けられ。
同時に、地面に突き立てていた漆黒の大剣を引き抜き。二、三、空を斬る素振りを見せた途端。
「じゃあまずお前から死ねよお姫様ああああ!」
次の瞬間、憤慨を込めた咆哮を吐きながら。オニメが前方へと跳躍する。その踏み込みの強さからか、彼女がつい先程まで立っていた地面が浅く抉られ。二〇歩ほどの距離を一瞬にして詰めてしまう突撃速度は。
冗談ではなく、アタシが右眼の魔術文字を発動させた時の突撃の速度と対等なのではないかと思う程だった。
そんなオニメの視界の先には、馬に騎乗したフブキ。
「……え?」
接近してくる速度の凄まじさもあったが。周囲一帯の地面を溶岩ごと凍結させる程の威力の冷気を解放した直後だったためか。
一瞬、放心状態だった隙を突かれたフブキは、間の抜けたような声を出すことしか反応が出来ず。大剣を掲げたオニメの攻撃範囲にまで、踏み込まれるのを許してしまうと。
次の瞬間、オニメの姿がフブキの視界から消えた。
「上だフブキッ! あの女、上に飛びやがった!」
オニメの背中に生えていた一対の翼は、ただの飾りではなかったようで。
横へと大きく広げた翼の能力なのか、通常の人間の縦方向の跳躍よりも遥か高くへと飛び上がると。
上空から回避も防御も出来なかったフブキ目掛けて、突撃と落下の速度を振り上げた大剣に乗せ。些かの躊躇も見せず、漆黒の刃を振り下ろしたオニメ。
「ひゃっはあ! 死、ねえええええええええ‼︎」
「ひ、っ……!」
憎悪と呼べる程の殺意が込もったオニメの剣閃が間近へと迫り。
死を覚悟したフブキは、小さく悲鳴を漏らしながら両眼を閉じ。自分の身体に鋭い刃が振り下ろされる瞬間の恐怖から逃避しようとし。
同時に、肉に刃が喰い込む際の激痛に耐えるため、歯を噛み合わせ。
硬い物体同士が激突する音が鳴る。
「…………あれ?」
だが。いつまで経っても、刃が振り下ろされて身体が斬られる痛みが襲ってくる事はなく。
もしかしたら、痛みがなく死ねたのかもしれない……と。恐る恐る、ゆっくりと目蓋を開いてみると。
フブキの視界に映ったのは、見覚えのある背中。
「……あ、アズリアっ?」
「は、ははッ……間一髪、間に合ったみたい、だねぇ……ッッ」
アタシは、フブキとオニメの間に横から割り込み。フブキの生命を絶とうと放たれた漆黒の大剣の威力を、頭上に構えたクロイツ鋼製の巨大剣で受け止めていた。
オニメの突撃と、攻撃の対象がアタシではなくフブキだと気付いた時に。
発動させるのに血という触媒を必要としない、右眼の魔術文字を発動させ。脚の筋肉を強化して、オニメの突撃速度に割り込み、落下地点へと先回りしたのだ。
「大口叩いたワリにゃ、大したコトない斬撃だねぇ、これでフブキを斬れると思った、かいッ」
「く、っ──邪魔するんじゃねええっっ!」
アタシが掲げた巨大剣で完全に攻撃を阻止されてしまったのが、余程悔しかったのだろうか。感情的になったオニメは、一度、二度と大剣を振りかぶり。防御に使った巨大剣の刀身を何度も打ち据えていくも。
突撃の速度と、上空から落下する自重を乗せた初撃とは全然違い。ただ感情と腕力任せに放たれた二撃目以降を、アタシは軽々と受け流し。
「無駄だッてえ……のッッ!」
感情的になったオニメの息が続かなくなり、連続攻撃が徐々に乱雑となった攻撃と攻撃の合間に。アタシはオニメの大剣を弾き飛ばそうとするが。
「させねえ、よっっ!」
アタシが距離を空けようとする意図は、向こう側も読んでいたらしく。武器を弾こうと動いた途端。
オニメは自分から背後へと大きく跳んだ。その移動距離は、最早「跳躍」ではなく「飛んだ」という程に大きく。
アタシが振るった巨大剣は、虚しく空を斬る。
「ふぅ……っ、やれやれ、頭が冷えたぜ。にしても、オレの剣を止めるたぁ、お前……面白れぇな、気に入ったぜ」
一度、距離を空けたことで。連続攻撃で乱れた息を整えていたオニメだったが。
どうやら息を整えたことで、怒りの感情もまた沈静化し、冷静さを取り戻したのだろう。即座に攻撃を再開せずにアタシに会話を持ち掛けてきたのだ。
だが、生憎と。
危険人物として幽閉されていたというフブキの話通り、いきなり溶岩を放ってくるような輩と会話が成立するとは思えず。
三の門を突破するために立ち塞がる障害の一つ、でしかない彼女に対し。素っ気無い態度を取るアタシに対し。
「別にアンタに好かれたところで、何か褒美が出るわけじゃないんだろ?」
「ハッ! 連れないこと言うんじゃねえ──よっ!」
先程、フブキに仕掛けた突撃と同様に。地面を蹴って不気味な笑みを浮かべながら、今度は一直線にアタシを狙い。
凄まじい速度で大剣を振り上げ、突貫してきたのだ。
漆黒と漆黒の鋼鉄が衝突し、火花を散らす。




