151話 アズリア、魔剣と加護
すると、突如として地面が大きく揺らぐ。
「う……うおッ⁉︎」
多少、驚きはしたものの。震動は即座に収まり、アタシらが体勢を崩す程ではなかった。
だがその直後、大剣を突き刺していたオニメの足元の地面が突如として盛り上がったかと思えば。地面の盛り上がり──つまり隆起が数個に分かれ。
まるで生き物のようにアタシらへと迫ってくる。
「な、何だッ……ありゃ!」
隆起した地面の正体を確かめるよりも前に。アタシの脚は地面の軌道を避けるよう、横へと飛び退く選択をしていた。
アタシの直感が「コレは危険だ」という雰囲気を嗅ぎ取ったのだろう。
だが。アタシが跳躍し、地面の隆起を避けた瞬間。
謎の攻撃を仕掛けたオニメが、未だ地面に大剣を突き刺した体勢のまま。不気味に笑っているのが視界に入る。
「ハッ! その程度で避けたつもりかよ、異国の女武侠さんよおっ!」
その台詞が何を意味していたかは、すぐにわかった。
盛り上がった地面の下から突然、何かが姿を現わす。それこそが地面を隆起、アタシらに迫っていたモノの正体なのだが。
地面から出現した姿を見て、アタシは驚く。
「こ、コイツは……溶岩……ッ?」
そう。地面から飛び出してきたのは、溶岩と呼ばれる高熱で岩石がドロドロに融けた物質だ。
その溶岩が長く連なる姿は、まるで巨大な蛇を連想させ。飛び出した無数の溶岩の蛇が、アタシに襲い掛かってきたのだ。
だが、火山の麓などでない限り、地面の真下すぐに溶岩が流れているわけではない。もしそうなら鉱山や岩塩を掘るなど、あまりにも危険すぎる。
にもかかわらず、こんな浅い地面から当然に溶岩が出現するなど、本来ならばあり得ない。
「──そうか。さっきの揺れ、そして……その魔剣とやらの力かい、こりゃ」
あらためて、オニメの両手に握られていた漆黒の大剣を凝視すると。
アタシの推察を肯定するかのように、地面に突き刺さっていた刀身の文字数個が真っ赤に輝きを放っていた。
「はっはあ、正解さ! ご褒美にあんたにゃ溶岩の攻撃をくれてやるよっ、遠慮なく受け取りなっ!」
高笑いするオニメの言葉を合図とばかりに、溶岩の蛇はアタシを取り囲むように動き。真っ赤に焼けた身体を押し付けようと体当たりを仕掛けてくる。
幸いにも、溶岩の動き自体は早くはないため、脚を動かせている間はまず命中する心配はない。
アタシは前方から、続けて左右から向かってくる溶岩の塊を。地面を跳ねるように移動し、躱し続けていく。
「お、お姉ちゃんっっ!」
「──来るんじゃないよ、ユーノッ!」
「えっ? ど、どうしてっ!」
複数の溶岩の蛇に襲われていたアタシを見兼ねて、紙片で出来た魔巨像と睨み合いを続けていたユーノが。慌てて援護に入ろうとするが。
アタシは広げた手をユーノへと突き出し、きっぱりと少女の加勢を拒否してみせる。
その理由とは。
「ちぃッ……触れても駄目、避け続けてもキリがない、厄介だねぇ……ッ!」
何しろ、溶岩の熱たるや。鍛冶屋に置いてある鉄を真っ赤に焼く炉と同じか、それ以上の熱さなのだ。肌で触れれば火傷どころの傷では済まない。
鎧で防いだとしても、溶岩の熱を帯びた鎧が今度はアタシの肌を焼き焦がす。つまり、アタシは一撃たりとも回避に失敗は許されない状況なのだ。
加えて、蛇を模した溶岩が地面を動き回ることで。高熱に晒された地面もまた、高熱を帯びてしまい。
溶岩に焼かれた地面を踏むと、靴を通してなお足の裏がジリジリと焼かれているのを感じてしまい。熱を帯びていない地面を選んで動いていれば、逃げる空間が限られてしまうという状況でもあった。
にしても、溶岩を召喚する魔剣とは。
三の門に来て、とんでもない相手を敵にする事となった。
「ハッ! なかなか粘るじゃねえか……だが」
見せ物を愉しむようにアタシを見ていた魔剣の使い手・オニメの視線が、他へと移る。
女の視線の先は──フブキ。
「護衛のいないお姫様は、どうやって溶岩を避けるのか……楽しみだよっっ‼︎」
アタシを取り囲んでいたのとは別の隆起が、こちらから離れてフブキへと迫る。
「シュテン! フブキを乗せて逃げなッ!」
慌ててアタシはフブキを背に乗せた馬に指示を出す。他の馬ならいざ知らず、人語を理解する能力を持つシュテンなら。きっと退避してくれるに違いないと思っていた……が。
何故か、シュテンはその場を一歩も動かなかった。
「お、おい、どうしたシュテ──」
最初こそ、馬が指示を理解出来なかったのか、と愕然しそうになったアタシだが。
シュテンが動かなかった理由を、すぐに理解した。動かなかった、のではなく。動けなかったのだ、フブキの身を案じて。
そう。フブキは今、馬を操るための手綱を握っていなかったからだ。この三の門に到着したつい先程まで、アタシが手綱を握っていたのだから、当然といえば当然なのだが。
手綱を持たぬ状態で溶岩を避けるため、シュテンが俊敏に脚を動かせば。身体を支えるのは背に跨がる両脚だけとなり、途端にフブキは落馬してしまう。
乗り手だけを危険に晒すくらいなら、と賢いシュテンは判断したのだろう。
その判断とシュテンの意図を、溶岩の回避を続けていたアタシだけではなく。馬上のフブキもまた理解したようで。
「乗り手のアズリアだけじゃなく。私を気遣ってくれたのね……ありがとう、シュテン」
背中の後方に跨がっていたため、シュテンの頭や首に手が届かなかったフブキは。先程までアタシが座っていたシュテンの背中の部分を、愛おしげな表情を浮かべながら撫でてやると。
表情を一変、鋭い目で迫る地面の隆起を見据え。
口を小さく動かしながら、何かを呟き始める。
「ハッ……命乞いかい、だったらもっとハッキリ口にしろよ、『助けて下さい』ってなあ! はっはっは!」
フブキの呟きを、溶岩が迫り最早逃げられないと諦めたが故の、命乞いだと決めつけ。
高笑いを始めたオニメだったが。
「我祈り願う……鎮める権現……白く凍れる銀嶺の風──」
それは呟きではなく、詠唱だった。
しかも、アタシはこの詠唱を知っている。
「あ、ありゃあ……ッ?」
シラヌヒまでの道中、おそらくは魔竜の眷属らしき蛇人間の奇襲の際。地面に凄まじい冷気を放ち、瞬く間に地面を凍結させたフブキの魔法。
いや、カガリ家の血が成せる術と呼ぶベきか。
盛り上がった地面がフブキの足元まで移動して、溶岩の蛇が飛び出してくるよりも一瞬だけ早く。
フブキの詠唱は完了していた。




