150話 アズリア、紙片の巨像と対峙する
そんなアタシの視線を、嘲笑じみた表情を浮かべ余裕で受け流した異種族の女は。
「ハッ! イスルギの矢を簡単に往なすたぁ、面白えじゃねぇか!」
歯を剥き出しにして笑いながら、手に持っていた漆黒の大剣を両手で握り直し。今にも飛び掛かってきそうな構えを見せる。
「へえ……オニメ姉ちゃん、やる気じゃん。じゃあオイラもやる気出しちゃおうかな」
さらに。四人の中で唯一、こちらに興味を示していなかった少年と思しき子供。
最初にアタシがその存在を見逃がしていたのも。カムロギやオニメら三人の影に隠れて見えなかった、というのもあったが。
その子供が自分の懐、服の中に手を差し込むと。取り出したのはなんと──真っ白な、草紙の束。
「あ、ありゃあ……ッ、確か、式神とかいうヤツじゃ?」
少年が持つ白い草紙を見て、アタシは思わず大きな声を発してしまう。
大陸では見ることは少ない、綺麗な白の草紙にも驚きはしたが。どうやらこの国では、白い草紙が当たり前のように使われているらしく。今回アタシが驚いたのは実はそこではなく。
ふと……思い出したのは。
カムロギ率いる盗賊団の一人、イチコという少女が使っていた魔法が「式神」だった。
確か、小さな人型にした草紙に、仮初めの生命を吹き込み、自分の命令を実行させる従者を作成していた。自分の体格よりずっと大きく重い木箱を、軽々と運搬していたことから。かなりの腕力を有していると推測される。
その時、イチコが用意した紙片は手のひら程の大きさだったが。今、目の前で少年の手の中にある草紙はアタシの顔と同じ程度の大きさだ。
そんな大きさ草紙の従者「式神」を複数も作成されては厄介だ、と。アタシは一瞬、顔を歪めてみせたが。
アタシの反応に、何故だか機嫌を損ねたようで。まるで駄々を捏ねる子供のように。
「へ、式神だってえ? そんな弱いものと一緒にしないでよ! オイラのは全然違うんだからなっっ!」
そう感情的な言葉を発した少年は。持っていた草紙の束を、頭上高くばら撒いていく。大きな草紙は、何故か強い風が吹いているわけでもないのに、まるで渦を巻くように舞い上がっていくと。
やがて風に泳ぐ草紙は、次々と渦の中心部に集まっていき。徐々に大きな人型を形成していく。
人型は少年の背丈どころか、馬上のアタシと頭を並べる程であり。横幅はアタシ二人分ほどの大きさ。
「これがっ! オイラの奥義っ! 名付けて──式神顕現・式皇子だぞおっっっ‼︎」
やがて、風に舞うように辺りを渦巻いていた全ての草紙が、中心部に鎮座する巨大な人型の表面に張り付き終えると。
「よし動けっ! 式皇子っっ!」
少年の掛け声を合図に、草紙の塊である筈の巨大な人型は。まるで自分の意志を持っているかのように腕を動かし、一歩……また一歩と前に進み始める。
敵側の戦力が増強されてしまったことで、アタシだけでは対処し切れないと感じたのか。
先程、弓兵の鉄矢から庇ったばかりの、背後に位置する筈のヘイゼルに声を掛けようと視線を向けた……その時だった。
「ちぃッ……何だか厄介な敵が増えた、ねぇ……ッて。おいヘイゼル、どうしたんだい?」
「……むぅぅぅぅ」
やけにヘイゼルの表情が険しく、眉間に皺が寄るほどに凝視していた視線の先は。
今しがた、少年が大量の草紙を使って作成した「魔巨像」と呼んでも差し支えない代物に向けられていた。
「いや、あたいさ……どっかで見たことあるんだよな、あの白い巨体をさ……でも、思い出せないんだよ、むぅぅ……」
敵と向き合ってる最中だというのに、呑気に回想に浸り。腕を組んで、首を傾げながら、何とか草紙の魔巨像の記憶を蘇らせようと努力するも。
「……なあ、ユーノはどうだい? あれに見覚えはないかねえ」
「え? あれって……あのしろいの?」
早々に、自分の頭で思い返すのに諦めを付けたヘイゼルは。
近くにいたユーノに、草紙の魔巨像の正体が何なのか、その答えを無責任に委ねていく。
突然、謎解きをヘイゼルから託されたユーノは。上半身を乗り出すようにジッと、目の前に現れた白い巨体を見つめていくと。
「んーと……あ。ああああああああっ!」
散々悩んだ挙げ句に、結局答えに辿り着けなかったヘイゼルと違い。
即座に白い巨体を指差しながら、何かを思い出したような大きな声を上げたユーノ。
「ヘイゼルお姉ちゃん! あのときだよっ、そらとぶまじゅうをふたりでたおしたときのっ?」
「空飛ぶ魔獣?……って、あああああ! 確か、鵺とかいう魔獣かあ!」
二人の会話に出てきた鵺なる魔獣とは、アタシも縁浅からぬ関係だったりする。
というのも、今まさにアタシが纏っている身体を覆う外套こそ。話題に出ている鵺なる魔獣の革が材質なのだから。
この八年の間、何度か修繕しながら使っていた革の外套だったが。二度の魔竜の首との戦闘で、修繕が間に合わない程にボロボロになってしまったため。
フルベの街で紹介された革職人カナンによって、外套を新調することにしたが。材質となった魔獣の革こそ、ヘイゼルとユーノが討伐した魔獣だったと後で知ることになった。
……という経緯があったのだが。
どうやら魔獣討伐の最中、二人と草紙の魔巨像との間には何かあった様子だ。
ヘイゼルとユーノ、二人に事情を訊ねたい気持ちはあったが。この場面は、敢えて会話に割り込むことをせず。アタシは黙って二人の会話に耳を傾けることにした。
「そう。あのとき、ボクたちにわりこんで、さいごのとどめをかっさらっていったやつだよ。うん……まちがいないっ!」
「あれれ?……へえ、どっかで見たことある顔だな、と思ったら。あの時、鵺に苦戦してたお二人さんかあ」
ユーノの言葉を聞いた敵側の少年もまた、ユーノとヘイゼル、二人の顔を見て何かを思い出したような表情を浮かべ。
二人の戦闘に割り込み、最後の一撃だけを与えていった横取り行為を呆気なく肯定していく。
「ははあ……それで、ユーノが覚えてたんだねぇ」
冒険者も依頼を横取りする行為は、良くて組合からの警告。悪ければ冒険者資格を停止や剥奪される重大な違反事項だ。
以前、アタシが傭兵稼業だった時も。生命が懸かった戦場ではあっても、許可なしに横から加勢し、戦功を掠め取る事は禁忌とされており。
魔族と人間との戦場に長く身を置いていたユーノも、おそらくは同じような生き方をしてきたのだろう。
だからこそ、手柄の横取りという行為を自分への侮辱と捉え。ユーノの記憶の中に強く残っていたのではないか、と。
「お姉ちゃん。こいつはボクが──やる」
「へえ。でもさ、鵺程度に苦戦するお子ちゃまが、オイラの相手になるかねえ?」
ユーノが敵側の少年を激しく睨み付け。
かたや少年側は馬鹿にするような笑みを浮かべる。
そんな二人の睨み合いの外から声がする。
「こっちが戦る気になったってえのに……いつまでもダラダラ喋ってんじゃねえええ!」
無視をされたと勘違いしたのか、怒りを含んだ大声の主──異種族の女だったが。
草紙の魔巨像に目を奪われ、すっかり目線を外してしまっていたためか。オニメが力を溜めていた事に全然気付いていなかった。
そのオニメは早速、両手で構えた漆黒の大剣「魔剣カグツチ」で斬り掛かってくるのかと思いきや。
溜めた力を魔剣に込め、足元の地面へと突き刺していく。
「式神顕現・式皇子」
この国独自の魔法の一つ。この国で製作された純度の高い真っ白な草紙に魔力を帯びさせ、永続的ではないにせよ魔巨像を作成するのと同じ術式で術者の意のままに操る。
分類としては創造魔術に入り、発動難易度こそ上級魔法以上と高いものの。一度作成してしまえば効果時間が切れるまでは維持に魔力や集中を必要としない。
材質に強度を左右される魔巨像だが、魔力を帯びた紙が鉄と同等の強度を持つことで。この巨像は鉄巨像と同等の脅威を誇る。
が、材質が紙ゆえに炎には弱い。




