148話 アズリア、カムロギとの邂逅
この話の主な登場人物
アズリア 右眼に魔術文字を宿した女傭兵
フブキ カガリ家当主にして姉マツリの救出を誓う少女
カムロギ ジャトラに雇われた傭兵団「韃靼」の一人
オニメ 同じく 元はカガリ家に囚われの罪人
イスルギ 同じく 元はカガリ家配下の武侠だった
まさかの場所で、まさかの再会に。
警戒からか、少し距離を空けながらも。
アタシとカムロギは同時に口を開いた。
「な、何でアンタがこんな場所に……ッ?」
「侵入者は余所者、と聞いていたが……まさか、その相手がアズリアだったとはな」
本拠地の入り口付近ならまだしも、三の門という奥まった場所で偶然に遭遇するなんて事は、まずあり得ない。
つまり、三の門の前にて立ち塞がっているという事は。
「ああ、察しの通りだ。俺は……この城の当主たるジャトラに雇われ、侵入者を止めるため、今……この場に立っている」
今まさに、彼が宣言した通りだ。
カムロギは、アタシの敵としてこの場に現れたというわけだが。
アタシには一つ気掛かりがあった……それは。
「なあ、イチコたちはどうしたよ?」
イチコ、というのは。カムロギを親代わりに慕う孤児の少女の名前だ。
カムロギはかつて、フルベの街の郊外で盗賊団を組織していたが。組織、というからにはカムロギ一人で盗賊団は名乗れない。イチコの他二人の孤児に、武侠から外れた人間を仲間に引き入れていた。
アタシがカムロギら盗賊団の一味の流行り病を治療した際にも、イチコや他の仲間を心配する彼の姿は印象に残っていたが。
その盗賊団の一味が、カムロギの側に控えていなかったのだから。
まさか。全員を置いて、一人だけジャトラに尻尾を振った……とでも言うのか。
だとしたら、アタシがこの男を助けたのは全くの見込み違いという話なのだが。
「あいつらは、城には連れてきたが。この戦場には連れてきていない。今から殺し合いが始まる、この戦場には……な」
そう口にしながら、カムロギは腰に挿していた二本の剣の柄へと手を掛けるが。
敵として対峙している筈のカムロギからは、何故か一切の敵意を感じなかったのだ。
カムロギ以外に門の前に控えていた三人からは、こちらへの明確な敵意が発せられているのに。
その内の一人が動きを見せる。
「なあ、カムロギ……よお。やけに敵と馴れ馴れしいじゃねぇか。まさか……この女に惚れた、とかじゃねぇよなあ?」
突然、カムロギの肩へと腕を回し。アタシとの会話へ割り込んできたのは。
炎のような真っ赤な髪に覆われた頭に、大きな二本の角を生やした外観からして。人間ではないのが一目で分かる異種族の女。
すると背後から、驚きの声が響く。
「あっ! あの女はっ……」
その声の出処は、アタシの後ろに同乗していたフブキだった。
確かにアタシらの中では唯一、この国の事情に詳しい人間がフブキではあるのだが。それにしても、角を生やした女を見たフブキの反応は尋常ではない睨み方だった。
「何だ、フブキはあの女を知ってるのかい?」
「知ってるも何も──」
見れば角だけではなく、背中からは鳥とは違い羽に覆われていない翼と。尻からは長い尻尾を生やしていた女の外観は。
モリサカが竜属性の魔法を用い、身体の部位を竜属の身体に変化させた時の姿に似てはいた……が。
三の門の前に立ち塞がり、明確な敵意を放ってくる以上、こちらの敵には違いない。アタシは警戒を解かずに、小声で背中の後ろにいたフブキへと驚いた理由を聞いていくと。
「あの女はオニメ。父様に刃を向けた大罪で城の地下で幽閉されていたはずなのに……この女を牢から解き放ったわけね、ジャトラは」
「なるほど、ねぇ」
どうやらジャトラは、二の門を守らせていた四本槍だけでは戦力が足らなかったのか。先代のカガリ家当主であるフブキの父親に叛逆した罪人を、戦力として解放したようだ。
先程、オニメという異種族の女を睨んでいたのは。父親を傷付けた憎っくき相手だという事情もあったのだろう。
「ん?……おやおや、そこにいるのはお姫様じゃねぇか、おい」
アタシは目線をカムロギらから外さず、フブキとの会話を聞かれないよう小声で交わしていたつもりだったが。
カムロギに絡んでいた異種族の女は、目敏く……いや、耳聡くこちらの会話を拾ったのだろうか。
アタシの背中に隠れるように騎乗していたフブキを見つけた途端に、舌を垂らして挑発的な表情を見せる女。
「ジャトラには何の義理もねぇが。あんたの父親にゃ長い間、地下に閉じ込められた恨みがあってね。悪いけど……ここで死んでもらうぜ!」
「じょ、冗談じゃないわ! 私はマツリ姉様に会うまで絶対に死ねないんだからっ!」
女がこちらに、というよりアタシの背後にいるフブキに対し、握っていた武器の先端を向けてきた。
その女の持つ武器とは、まるで黒曜石を剣の形状に削ったような、光沢のある漆黒の大剣だった。刀身にはびっしりと、この国で使われている文字が真っ赤な塗料で彫られていた。
不気味な雰囲気が漂う大剣だが、漂っていたのは雰囲気だけではない。
「な、何だい……あの大剣、ッ……何もしなくても、魔力がココまで伝わってくる、ッッ……」
最早、魔力の流れを視覚化出来る「魔視」を発動するまでもなく。剣全体から発せられる魔力が、アタシの肌をジリジリと焼いていくような感触を襲う。
まるで、焚き火に腕を近付けた時に火で炙られているような不快な感覚に。
顔を顰めたアタシの反応が面白かったのか、漆黒の大剣を掲げた女が何とも得意げな笑みを浮かべ。
「へへへ、そう慌てなくても後で存分に見せてやるよお、この……魔剣カグツチの力はな。だが、まずは──」
「魔剣、だってえ?」
今、この女は間違いなく「魔剣」と口にした。
ただ魔力を帯びただけの剣でも、魔法の発動の触媒となったりと。充分に稀少な武器として扱われるのだが。
魔剣、と呼ばれる武器は。ただ魔力を帯びているだけに止まらず、恐るべき能力を発揮するから「魔剣」と呼ばれるのだ。
かつてアタシは、伝説の十二の魔剣の一振り「氷の魔剣」を詐称する剣士と対決し。身体を凍結させられそうになったし。海底に棲む海魔族らの至宝・海の魔剣アルトゥーアが、奈落に侵蝕された魔剣と対峙し。散々苦しめられたのは記憶に新しい。
果たして、女の持つ漆黒の大剣は本物の「魔剣」なのか。
そんなアタシの疑問を他所に。
女の言葉に合わせるように、大柄な体格の壮年の男が動きを見せた。
開いているのか閉じているのかわからない細い目をした壮年の男は、片目の目蓋を開いて眼を見せ、かなり大型の鉄弓を構えると。
「イスルギ! わざわざ三の門までやってきた馬鹿な連中にあんたの自慢の矢を喰らわせてやりなよっ!」
「……了解、だ」
男が構えていた大型の弓に、同時に五本の鉄矢を番えてみせる。
しかも、弓の弦を引っ張る音から、大陸で良く使われる束ねた糸や動物の内臓の類いではなく。
弓の材質と同じく鉄製の弦だと理解した。
一の門で待機していた弓兵らは、硬い鉄製の弦を引くために二人同時だったが。
どうやら目の前の男は、そんな鉄製の弦をいとも軽々と。しかも五本の矢を同時に射ち出すつもりだ。
「──あ」
その時、アタシの頭にふと過ぎる推察。
いくら何でも、そのような並外れた技量を持つ弓兵を数多く抱えているわけがない。
弓兵の男に狙いを向けられたアタシは、これまでの謎の射撃の原因が目の前の男であると確信する。
「アンタ、だったんだねぇ。フルベの領主の頭を一撃で射抜いたのも。三の門からアタシらを狙い撃ちしてたのも、さ……」
「……ふ」
アタシの問いに、薄っすらと笑いを浮かべながら肯定も否定もせずに。
男は弦を引く手を離し、躊躇いなく矢を放った。




