147話 アズリア、三の門に到達する
この話の主な登場人物
アズリア 魔術文字を右眼に宿した女傭兵
ヘイゼル アズリアに同伴する元女海賊
ユーノ アズリアを慕う獅子人族の少女
フブキ カガリ家当主マツリの妹 氷の加護を持つ
シュテン アズリアの騎馬 人語を理解する賢い馬
アタシらに向けて放たれた、敵からの第二射は弾き返したものの。
「お、お姉ちゃんっっ!」
「──わかってるッッ!」
後ろを走るユーノの警告と同時に、先頭を駆けるアタシの視界は。続けて射られた第三撃の矢、数本を既に捉えていた。
その数、三本どころではない。一〇本を超える数の矢がアタシらを狙い、迫っていた。
だが、アタシの手には矢を弾く大剣があり。
騎乗していた馬には、施した「赤檮の守護」の魔術文字で矢が通らない。
ならば、何も恐れる必要はない。
「お──らあぁッ! 何本でもアタシが弾いてやるよッッ‼︎」
アタシが馬上ながら、握っていた大剣を真横へと力強く振り払い。唸りを発し、こちらへと到達した一本目の矢を打ち据えた。
「……お、おッ?」
矢と大剣が衝突した瞬間、手に伝わる衝撃と鳴り響く音にアタシは違和感を覚える。
先の鉄矢と比較すると、射手が変わったのかと思う程に矢の威力が落ちていたからだ。
だが、その違和感の正体を確認するよりも前に、二本目、三本目の矢が続け様にアタシへと迫る。
アタシが振るった黒鋼の塊が、飛来する鉄と激突し、火花を散らす音が何度も響く。
こちらが息吐く間のない程の速度で。
既に打ち落とした矢の数は一〇を超える。
シュテンに張り巡らせた「赤檮の守護」の防御結界が弾いた矢を含めれば、一体どれだけの矢を放ったのだろうか。
だが、アタシを正確に狙う矢の数はまだ終わりを迎えることはなかった。
「なるほど、ねぇ……ッ。当たらないと知って、数で押し切るつもりかい、ッ」
おそらくは、先の二射で。渾身の射撃を以ってこちらを仕留め切れないと踏んだ射手は。威力を犠牲にしてでも、こちらが捌き切れない数の矢を放つ作戦に切り替えたのだ。
しかも、打ち落とた矢を見れば……鉄矢の先端には、奇妙な型の鏃が取り付けられていた。風を切り裂く唸り、と思っていたのは。奇妙な型の鏃が鳴らしていたから、だと。
威力の減衰を、音で悟らせないために。
──だが。
「威力を弱めた判断は失敗だった、ねぇッッ!」
アタシは怯む様子もなく、逆に頬肉を吊り上げて笑う。
確かに威力こそ、最初の一撃を防御したアタシの籠手を砕いた程の威力はないが。急所に突き刺されば、一撃で生命を奪う威力は充分に残されてはいた……が。
お陰で、一発、一発を受け止めた時に大剣に響く衝撃は。こちらの構えを崩し、三の門に向けて駆ける脚を止めるまでには至らず。
アタシが大剣で受け止め、地面に叩き落した矢の数は一〇を超え、二〇に達しようとしていた頃。
ようやく、降り注ぐ矢が途切れる。
「まったく……アズリアを敵に回した相手に同情するよ」
「……あぁ?」
アタシに庇われる隊列で、背後から馬に乗り着いてきていたヘイゼルが。矢が届かない余裕からか、呆れたような口調で何か悪態を吐いたのが聞こえてくる。
当然ながら、普通の両手剣や長柄武器ではこうは上手くいかなかった。向かってくる矢と武器が交差する面が狭すぎるからだ。
アタシが握っているクロイツ鋼製の幅の広い巨大剣だからこそ、ここまでの数の矢を捌ききることは出来なかったろう。
それに──選択した武器だけが理由ではない。
いかに刀身が巨大で幅広く、かつ鉄よりも頑強なクロイツ鋼という、矢を弾くには適した形状と材質の武器であっても。
高速で飛来する矢に対応して、空中で自在に振り回せるだけの膂力がなければ。逆に枷となり、矢の的にされてしまうだろう。
その点では、武器とそれを扱う膂力の双方を持ち合わせたアタシがいたのは、敵の想定外だったのかもしれない。
……それを、アタシに身を守られてるヘイゼルが口にするのには。甚だ心外ではあるのだが。
無駄口を叩くヘイゼルを睨むことで諫めつつ。アタシは背中に隠れていたフブキに、三の門までの残りの距離を確認していくと。
「……余計なコト言ってんじゃないよッ! フブキ、三の門にゃまだ到着しないのかい?」
「ね、ねえっ、も、もう矢は飛んできてない? 平気ねっ?」
矢が飛んできてないことをアタシに確認したフブキが、ひょこっと背中から顔を出し。進んでいた進路の先を指差してくる。
「も、もう見えるはずよっ、ほらっ」
フブキがそう言った途端、視界の先にぼんやりと今までに突破した二つの門と同様の装飾がなされた建造物が目に入ってくる。
アタシは手綱を緩め、シュテンの腹を踵で軽く触れると。シュテンはさらに速度を上げて三の門へ接近する。
「さて……三の門にゃ何が待ち受けてるんだろうねぇ」
フブキの話の通りならば、この三の門が黒幕とお姫様が待つ城の、最後の障害となる。
となれば、最強の戦力を配置するのは当然だろう。
おそらくは、先程までアタシらを射貫こうと次々に矢を放っていたのは。フルベで領主を射殺した正体不明の射手に間違いないだろう。
そして、ジャトラに手を貸している魔竜の首に、道中に襲撃を仕掛けてきた蛇人間ら。
三の門に待ち受ける戦力候補を、アタシが頭に浮かべ。警戒心を強めながら、視界の先に目を凝らしていくと。
「ん?……ありゃあ、人影が……三つ?」
アタシが見た限りでは、人影は三人分だったが。
「いやアズリア、四人だぜ」
「うん、お姉ちゃん……よにんだね」
アタシの後ろから見ていたヘイゼルのユーノの二人は、三人ではなく四人いると言い出す。
ユーノが獣人族ならではの、遠くまで見通せる鋭敏な眼を持つのは知っているが。
ヘイゼルはというと。懐から「遠見の筒」と呼ばれる、両端に硝子を嵌めた鉄製の筒を片目に当てて。ユーノ同様に遠くを見通していた。
だからアタシより正確に数を言い当てられたのだろう。
数を見間違えたアタシをさて置いて、二人は三の門に待ち受ける四人の外観を口にしていく。
「大きな弓を構えた男に、おいおい……子供までいるってのかい」
「うん……いるね、こども。それに、お姉ちゃんににてるかっこのおんなまでいるよっ……あれって、りゅう?」
アタシが確認出来たのは、弓を構えた大男の他は二人の人物だけ。ヘイゼルとユーノが互いに口にした子供の姿を見逃がしていた。
しかし、ユーノの言う「りゅう」という言葉の意味がよく理解出来なかった。巨大な体格の竜属であれば、アタシとて見てすぐに竜属だと判断出来るだろうから。
しかも、アタシの視界に映るのは他の二人と同じ人間のように見える。ということは、モリサカと同じく稀少な竜属性の魔法を扱える術者だとでもいうのか。
それも、姿が見えるまでの距離まで接近すれば謎は解ける筈だ。
アタシはさらに速度を上げ、三の門の前にまで辿り着くと。門の前に立ち塞がっていた四人の人物、その中の一人と視線が合い。
互いに驚きの表情を浮かべながら、馬の脚を止める。
「──あ、アズリアかっ?」
「か、カムロギッ? な、何でッッ?」
それもその筈、目の前に立っていた人物とは。
かつてアタシが流行り病の黒点病から生命を救った記憶のある、盗賊団の頭領だったカムロギという名の男だったからだ。




