144話 アズリア、力の成長を実感する
「──行くよッ!」
アタシはまさに今、自分の生命を狙った鉄の矢に向かって、馬を走らせる。
一瞬だけ躊躇いを見せ、手綱を握る乗り手を横目で見たシュテン。馬の耳にも、鉄矢が風を裂き迫る音は聞こえている筈だ。「進め」という合図に疑問を抱くのは当然だったが。
アタシが片目を閉じて見せた笑みに納得したのか、すぐに前に向き直り。
一つの迷いもなく、全速で駆け出していく。
一度、蹄で地面を蹴り、大柄な体格を最大限に使い、ヘイゼルの単発銃から撃ちだされる鉄球のごとき速度で。
「アズリアに続くぜ、ユーノっ」「わかってるよっ」
構えた大剣と「赤檮の守護」の魔術文字で、万全の防御の態勢を整えたアタシの背後に。
足並みを揃えてヘイゼル、そしてユーノの順番で縦に並んで走り始めた。
前持って二人に伝えていたのは「後ろに着け」だけで、二人の順番についてアタシが決めたわけではないのだが。
シュテンよりも小柄な体格の馬に騎乗するヘイゼル、そして素足で走るユーノと。後ろにいく程に狙う目標が小さくなるし。
最後尾に感覚の鋭いユーノがいれば。ナルザネらを突破した四本槍とやらが、後方から追撃してきたとしても。接近する気配をいち早く察知出来る。まさに理想的な並び、と言えた。
「ははッ、やるじゃないかい」
二人が遅れるかもと一瞬、心配したアタシだったが。どうやら懸念は不要だった。
──ならば、後は。
「あの三本の矢、きっちりと防いでみせるよッ!」
第二撃としてアタシらに放たれた、三本の鉄矢を防御するために。
いつものように前に刃を向けて、ではなく。刃を横に寝かせ、幅広い剣の腹を前面へと向けて大剣を構えるアタシ。
勿論、ただ頭や胸の急所を守るように構えておくだけでも、二本の鉄矢は防げるだろうが。
装甲を強化するため、クロイツ鋼を混ぜた籠手は先程の初撃で破壊されたのだ。大剣は純粋なクロイツ鋼製で、籠手とは段違いの硬さではあるものの。
この時点で、アタシの唯一の武器が破損でもしようものなら……目も当てられない事態になる。
「対策をするに、越したコトはないからねぇ……」
だからアタシは、頭を守るために視界を遮られた構えのまま。
猛烈な勢いで迫る鉄矢が飛ぶ際の、風を斬り裂く音だけで矢の位置とアタシまでの距離を予測し。幅広い大剣の腹で、飛んできた矢を二本まとめて撃ち落とさんと──振り下ろす。
「──ふんッッ‼︎」
まずは初撃と同じく、アタシの頭を狙った矢を迎撃すると。
金属の刃同士が衝突する際の耳障りな激突音と、左腕で矢を弾いた時と同じ強い衝撃が。剣を握る指に伝わる。
だが、アタシの予想通り。純粋なクロイツ鋼製の大剣は鉄矢の威力に負ける事はなく。先端を打ち据えられた鉄矢は、前に進む勢いが一気に減衰し。
弾き飛ばされ、地面へと転がっていった。
「ちぃ……ッ、今の感覚、弾いたのは一発だけかよッ!」
そう。アタシが今、地面へと叩き落した鉄矢は一本のみ。
アタシの胸を狙ったもう一本の鉄矢は、すぐ間近にまで距離が迫っていた。一度振り下ろした大剣を、胸に構え直していたのでは到底間に合いそうにもない。
アタシは大剣を握る両腕に力を込めると、先程左腕に負った傷口から再び血が流れるが。気にせずに、身体の奥から湧かせた力を両腕へと巡らせて、振り下ろした大剣を途中で止め。
「コレで終わりじゃ──ないよッ!」
咄嗟に空中で止めた大剣を真横へと振り払い、剣の軌道を無理やり変えて。
まさに胸を貫こうと大剣の間合いにまで迫っていた鉄矢を、アタシの身体に到達する直前で大剣へと何とか命中させた。
いくら……鉄矢の威力が高かろうが、所詮は一度使い手の手から離れた武器だ。常に使い手の手に握られ、力を送り続けることの出来る武器と対抗するのは無理がある。
大剣に受け止められた二本目の矢は。アタシの予想通り、急速に勢いが失われていき。
頭を狙った矢と同様、地面へと転がっていった。
「コレで、残りはあと一本だ……あ、いや──」
ふと、地面を転がる鉄矢を見ると。
三本ではなく、四本も転がっていた。
つまり。
「とっくに三本目の矢は、弾いてた……ッてえコトかい」
アタシが二本の矢を弾いていた合間に、シュテンに向け三本目の矢は到達し。そして、再出発の直前に馬に張った「赤檮の守護」の防御結界が、馬を狙い飛来した矢を防御していたようだった。
「いや、それにしても──」
いくら迫る二本の鉄矢を迎撃するのに集中していたとはいえ。アタシに気付かせることなく、矢を弾いていたとは。
普通の軍馬であっても、自らの眼前に矢が迫れば、暴れたり怯えたりする素振りを見せるのが当然だ……というのに。
アタシは、自分が騎乗していた馬であるシュテンの賢さと配慮に、あらためて感心する。
もし、三本目の矢を魔術文字の効果で弾いた際に。シュテンが迫る矢に怯え、脚を急に止めたり、暴れたりでもしていたら。
ちょうど視界を塞ぐ構えを取っていたアタシは、音を頼りに矢との距離を測っていたため。下手に動きが止まったり逆に暴れたりしていれば、間合いを誤り、迎撃に失敗していたかもしれない。
それはつまり、鉄矢がアタシの頭や胸の急所を貫く……死ぬ、という今とは真逆の結果になっていただろう。
「賢いのはわかってたけど……まさか、度胸まで備わってるとはねぇ。やるじゃないか、シュテン」
普通の馬と明らかに違い、人の言葉を理解する賢さを持っているまでは知ってはいたが。恐怖に耐える度胸まで、普通の馬とは段違いな図太さをアタシは気に入り。
真っ黒いシュテンの鬣を、少し乱暴に指を立ててアタシは撫でてやると。
「第三撃は射たせないよッ! 先にアタシらが三の門に到着してやる!」
──と、意気込むアタシの背後では。
ヘイゼルとユーノは、先程後ろから眺めていた鉄矢の迎撃について、何か思うところがあったようで。
「な、なあ……見たかよユーノ、今の」
「う、うんっ、みたっ」
二人して会話を交わし始めていた。
出発前に言い争いをしていた程の大きな声ではないものの。決してアタシに聞こえないように小声で話す、という配慮もない素振りだったので。
視線は前を向きながらも。遠慮なく二人の会話を拾わせてもらうことにアタシはした。
「あのデカい剣を途中で止めるとか、無茶苦茶だけど、問題はそこじゃねえ」
「うん……お姉ちゃん、あんなことしてたのに、めがぴかーってひからなかった。まえのお姉ちゃんなら、めがひからなかったら、できなかったのに」
そう言えば、そうだ。
確かに二人の指摘通り、渾身の力を込めた剣を途中で止めて、剣の軌道を無理やり曲げるなんて。右眼の魔術文字を発動し、腕の膂力が増してるならばともかく。普通の状態でやろうものなら、下手すれば肘や手首を痛めかねない。
にもかかわらず、アタシは先程。鉄矢を迎撃した時には何の違和感もなく、剣を途中で止め、軌道を横へと変えることが出来た。
「やっぱり……成長してるってコトなのかねぇ」
本拠地の道中や、一の門での戦闘でかなり実感していた、アタシ自身の筋力の向上だったが。
アタシの年齢は二五という微妙な年齢だけに、もう成長などはしないと思い込んでいたが。
魔王領、そして海の王国と共闘してきた二人が言うのならば。本当にアタシはまだ成長している、ということなのだろう。
アタシは、握ったり閉じたりする手のひらをじっと見つめながら、ぼそりと呟く。




