141話 アズリア、突然の襲撃の一矢
この話の主な登場人物
アズリア 主人公 フブキの依頼を受けシラヌヒ城に突入する
フブキ カガリ家当主マツリの妹 氷の加護を持つ
ユーノ 獣人族は獅子人族の少女 格闘が得意
ヘイゼル 元は海の王国で巨大な海賊団の女頭領
??? 襲撃者
魔竜の血を飲んでその姿を変貌させた四本槍が、ナルザネらを圧倒していた──同じ時。
三の門を目指し、フブキの先導で先へと進む。
「私の記憶が間違ってなければ、あと少しで三の門に到着するはずよっ」
二の門を抜けた先は相変わらず、白塗りの壁が立ち並ぶ、入り組んだ通路となり。何も知らずに闇雲に進めば、迷っていたのは確実だろうが。
アタシの背中を掴んで、後ろに騎乗していたフブキが的確に道順を示してくれる。さすがはカガリ家の先代当主の血を継ぎ、当主の座をジャトラに強奪されたマツリの実妹だけはある。
「……ん? あれれ?」
騎乗するアタシの横を、素足で並走していた獅子人族の少女・ユーノだったが。髪から飛び出ていた両耳が突然、ひくひくと大きく動かしながら。
何かを気にするように、アタシらが辿って来た道の後ろを振り返る。
「どうしたんだい、ユーノ?」
隣に並んでいた少女の振る舞いが気になって、アタシはユーノに確認を取る。
二の門までの経路では、道の途中では幸運にも待ち伏せる敵はいなかったが。三の門も同様に伏兵がいない、と断言する材料はない。
ユーノが何かに反応したのは。もしや三の門に向かう進路の何処かに隠れていた敵の気配を察知したのではないか、と思ったからだ。
だが、ユーノの答えはアタシが意図していたものとは違っていた。
「いま……すごいおとがしたんだ、さっきいたおっきなとびら、だとおもうけどっ」
「えっと……それって、もしかして二の門の事?」
どうやらユーノが察知したのは、敵の気配などではなく。アタシらのいる場所の遥か後方、ナルザネに開けて貰った二の門がある辺りを指差していた。
二の門では、ナルザネらが四本槍とかいう連中を足止めしてくれていた筈だ。その場所から、ユーノが聞き取れる程の大きな音が響いた……ということだ。
ユーノが大きな音を察知した、二の門があるだろう方角へと。アタシも耳を傾けていくと。
「ん……ん? ホントだ、何か……聞こえる、ねぇ」
地響きにも似た音と、何か建造物が崩壊したような音を、アタシの耳は拾っていく。
二の門で最後衛を任せたナルザネとは、アタシも一度剣を交えていたが。あの時の戦闘でナルザネは、地響きを起こしたり、何かを崩壊させるような戦い方を見せなかった。
アタシとの戦闘では、実力の全てを見せなかった、とも言えるが。一歩間違えればフブキを奪還されるか、という場面で本気を見せないとは到底考え難いし。
その後、連戦で魔竜を倒すため共闘した際にも同様に。大きな音を発する戦技や魔法を、ナルザネは見せなかったのを鑑みるに。
おそらく、音の正体は。
ナルザネが対峙している四本槍のいずれかによる現象なのだろう。
「そういや、四本槍とかいう連中の中にゃ……一人、巨人族が混じっていたねぇ……確か」
巨人族は、名前の通り普通の人間の二人から三人ほどの背丈という巨大な身体を持ち。巨躯に見合った膂力を発揮する種族であり。その力は、アタシが右眼の魔術文字を発動させた時と対等なのではないだろうか。
大陸でもあまり見る機会のない、珍しい種族だ……というのも。遥か太古に、魔王領に追放された魔族や獣人族と違い。魔導帝国時代、力の強さに目を付けた人間に魔法で使役され。兵士や労働力として酷使された事で、その数を減らした過去があるからだ。
二の門で、ユーノの魔法とヘイゼルの射撃、そしてイズミらが抑えていた巨人族は。アタシの知る中では小さな体格ではあったものの……それでも人間二人分ほどの巨躯だ。
おそらくは、地響きも崩壊音もあの巨人族の仕業だろう、と。アタシが半ば確信にも似た推察をしていると。
「ッッ⁉︎──痛ッてえ!」
「何ボッとしてんだい、アズリアよお」
ユーノとは真逆の横に並び、同じく馬に騎乗していた元海賊の女頭領・ヘイゼルが。思案に耽っていたアタシの肩を強めに叩いてきた。
ヘイゼルの言う通り、考え事をして気を取られていたのは確かだが。それでも、我に返すには少々力を込め過ぎじゃないのか、と。
アタシは抗議の意味を込めて、肩を叩いてきたヘイゼルをジッと睨み付けると。
「そんな怖い顔するんじゃねえよっ? ほれ、そろそろ門に到着する、ってさっきからフブキが言ってんだろ」
「……えッ? ほ、ホントかいッ?」
ヘイゼルの指摘を受けて、アタシは背中越しに後ろに騎乗していたフブキへと視線を向けると。
やれやれ、と今にも口にしそうな、呆れながら。ずっとアタシが無視をしていたからなのか、不機嫌な表情を浮かべていた。
「もう……いいわよっ」
不機嫌なフブキの顔から目を逸らすように、咄嗟に見てしまったのはユーノの顔だったのだが。
何度かフブキと仲違いをしていたユーノすら、アタシと視線が合った途端に。
「お姉ちゃん……フブキ、ななかいくらいよんでたんだよ」
などとこちらが諫められてしまう。
七度も声を掛けられても気付かないアタシも、相当に考え事に入れ込んでいたかもしれないが。七度も無視されてしまえば、フブキが不機嫌になるのも無理はない。
しかも、ただの会話ではなく。目的地である三の門への到着を告げるためだったのだから。無視をしたアタシが圧倒的に悪い。
「わ……悪かったッて、二の門の連中を心配しただけなんだし、機嫌直してくれな──」
非を認めたアタシが、背後のフブキに謝罪の意を示そうと口を開いた、まさにその時だった。
前方から猛烈な勢いで迫る、殺意に満ちた何か。
慌ててアタシが進行方向に視線を向けると。
殺意の正体は、風を切り裂きながら一直線にアタシの頭目掛けて飛んできた、一本の矢だった。
それも、殺傷力を増した鉄製の矢だ。
「し……しま、ッ?」
直前に、フブキに謝罪をしようと後方へ意識を向けていたためか、反応が遅れてしまい。今から背中の大剣に手を回していては到底間に合わない。
防御のため、「赤檮の守護」の魔術文字を描くのは論外だ。
頭を少し傾けて、矢を回避することは可能かもしれないが。その場合、一直線に飛来する矢は後方のフブキに命中する可能性が高い。
見れば、左右に並んでいたユーノとヘイゼルもまた。突然目の前に飛来した矢に驚き、身体を硬直させていた。
大剣による防御も、回避も、周囲の援護も期待出来ない状況に。
「──こうなりゃッ!」
一瞬、頬に冷たい汗が流れる感覚がアタシを襲う。
今からやろうとする事が失敗すれば、多分あの矢がアタシの頭を貫き、生命を落とすかもしれないからだ。
だが、アタシとフブキの双方がこの時点で助かるには、コレしか手段は残されていない。
アタシは利き手ではない右腕と違い、しっかりと腕甲と籠手を装着した左手を防御に使う。
だが……ただ左腕を盾にしただけでは、風を斬る轟音から推察する鉄矢の威力では。装甲ごと腕を貫通され、矢は頭に到達してしまうだろう。
だからアタシは、機を見計らい左腕を跳ね上げる。




