140話 イズミ、巨人の槍に屈する
だが、敵である巨人が騎馬隊の考えがまとまり、回答が導き出されるのを待つ道理は何処にもなかった。
指揮役を欠いた騎馬隊が、次の行動に出るよりも先に。巨人は次の手に打って出た──それは。
「「……な、何だとお⁉︎」」
今まさに回り込もうとしていた、巨人の姿を覆い隠すほどの。地面から隆起した巨大な、巨大な石壁が。
壁の表面に大きな亀裂を生み出し、武侠らの目の前で粉砕、崩壊したのだ。
突然の出来事に唖然とする武侠らに、崩壊した勢いで飛んで来たのは石壁の瓦礫や石塊。
「「う、うおおおおおっっ⁉︎」」
だが、問題は何故に石壁が崩れたのか。
答えは、巨人の身体だった。
何と、矢を防ぐために咄嗟に生み出した石壁を、壁を作ったショウキが自ら体当たりをして破壊したのだ。
「お前たちは良く働いたぞ。だが──」
故に、石壁の瓦礫は真っ直ぐに騎馬隊に襲い掛かる。
彼らが騎乗していた馬も、シュテンにこそ劣るが馬鹿ではない。絶命の危険のある石塊を避けるために、動く。
それでも無数に飛来する瓦礫を全部避け切れるものではなく、目を庇おうと反射的に顔の前へと腕を動かすが。
鉄製の籠手や鎧、兜へと。避け切れなかった無数の小さな瓦礫が激突し、騎馬隊の全員が怯んでしまい。
全員が一番の脅威である、不動のショウキから目線を切ってしまう。
「こちらも後が閊えているのでな。これで終いにさせてもらうぞ……ぬんっっ!」
一方でショウキは、騎馬隊が行動に迷いを見せる事も、その場に留まり瓦礫に怯む事も全てを読み切っていたのだろう。
大きな動作で石槍を振りかぶった体勢のまま、大きく息を吐いて力を溜め。次の瞬間、槍を持つ両腕が異常に膨れ上がる。
たった一撃でイズミを含む六騎を屠ったショウキの石槍だったが。先程の一撃は、今のように力を溜める動作を挟んではいなかった。
にもかかわらず、騎馬隊らの足元には。先程ショウキが振るった石槍が地面を抉り、作られた大きな溝が残っている。
ならば、これ程に力を溜めてから放たれる一撃は一体どれ程の威力となり得るのか。
力を溜めていたショウキの巨躯が、動く。
この場にいた誰もの耳に届く程の雄叫びとともに。
「おおおおおオオオオオオオオオオオオ‼︎」
初めて剥き出しにした殺気を込めた、重く、低い大声は周辺の空気を震わせ。その身に降り注ぐ瓦礫や石塊を、まるで物ともせずに凄まじい勢いで前進し。
イズミらを薙ぎ払った一撃よりも速く、まさに暴風とも喩えるような風切り音と衝撃。電光の如き一閃が。騎馬隊らの首や胴体、そして騎乗していた馬の首や頭部を通過し。
──直後、破壊の嵐が騎馬隊を襲う。
「が……っ?」
「ま、まさかっ……い、一直線、に……ぃっ……」
馬の断末魔の嗎きとともに、武侠らの無念の声が漏れる口からは。すぐに言葉ではなく鮮血を吐き出し。
石槍の槍刃が通過した箇所が上下に両断されていく。
コツン、と頭に何かが当たった。
衝撃で意識が覚醒する。
「……ん……お、俺は……一体っ……?」
意識がはっきりとしてくると同時に、胸の激痛が全身を駆け巡り。
自分の身に何が起きたのか、意識を失った直前までの記憶を必死に思い返していたイズミ。
目を覚ましたばかりの彼の視界に飛び込んできたのは。
「──な……っっ⁉︎」
ショウキが放った渾身の石槍の一撃によって、健在だった騎馬隊十数人の頭が飛び。或いは、胸から上が無惨に太い馬の首とともに斬り落とされ。
切断された二〇以上の箇所から、真っ赤な鮮血が噴き上がる光景だった。
「ば、馬鹿なっ……騎馬隊が、全滅、だ、とぉ……っ……」
胸に奔る激痛を忘れるほどの光景に、呆然としていたイズミだったが。
「な、ならばっ、他の武侠らはっ?」
慌てて記憶の糸を辿り、自分と一緒に巨人の槍で吹き飛んだ武侠の安否を確認するイズミだったが。
彼を除く五人の武侠は、ある者は首が歪に曲がっていたり。またある者は大きく胸が斬り裂かれ、大量の血を流し尽くした様子だったり……と。
誰一人として生存者はいない、という状況に。
「ほう……唯一、生き残ったのがナルザネの子供だとは、のう」
騎馬隊らの返り血を全身に浴びて、さらに「悪鬼」と呼ぶに相応しくなった姿のショウキは。
息はあれど。胸に深傷を負い、立ち上がるどころか身体を起こすことすらままならぬイズミを目敏く見つけると。
石槍の槍先をイズミに向けながら、一歩、また一歩。ゆっくりと迫ってくる。
「だが、裏切り者は裏切り者。一切の容赦はせぬ。覚悟は良いか、のう」
騎馬隊は全滅した、となれば。カガリ家最強の戦力である四本槍の一人と、ただ一人で対峙しなくてはならない。
同じく四本槍である父親にもまだ全然及ばない実力のイズミが、ショウキと一対一で戦うには無理がある。
だが……戦うにしても、逃げるにしても。
イズミの身体は動かなかった。
視線を下へと落とすと、胸部に装着していた筈の鉄製の甲冑は。真横一直線に、大きく破損しており。鎧の内側の胸の肉は深く裂けて、血が止まらない。
胸の傷の激痛は、起き上がろうと腕を動かした途端に全身に奔り。全く、と言っていいほど身体に力が入らず、動くことが出来なかったのだ。
「く……だ、駄目、か……っ……」
そして、いよいよ鋭利なショウキの槍の先端が、イズミの鼻先に突き付けられると。
「ふぅぅ……っっ。ここまで、かっ……」
観念したのか、起き上がろうと足掻くのを止め。一度、息を大きく吐いて全身から力を抜いて、目蓋を閉じると。
イズミの頭の中に、過去の出来事が次々に巡っていく。
幼少期に優しく育ててくれた母親の顔。そして一人前の武侠になるため、厳しく接してくれた父親の顔を。
「父上……親よりも、先に逝く親不孝を、許して下さい。それに──」
そして回想はついに。先日。八頭魔竜の首の一本との戦闘へと辿り着く。
見境いなく暴れ回る魔竜の牙に、背中を抉られ。本来であれば生命を落としていた戦いの記憶を。
「イズミはあの時、一度死んでいるのですから」




