139話 イズミ、巨人の剛腕に対抗する
この話の主な登場人物
ショウキ 巨人族ながらカガリ家四本槍の一人
イズミ 過去にアズリアに生命を救われたナルザネの息子
さらに──同じ戦場では。
まさに今、巨人が手に握る石槍が唸りを上げ、イズミと騎馬隊を真横から薙いだ瞬間だった。
巨人──不動のショウキが繰り出した槍の威力は凄まじく、石槍と地面が接してなお、地面を削りながら勢いは全く減衰せず。
「「ぎゃああああああああ⁉︎」」
地面を削る程の凄まじい威力の石槍は、騎乗する馬の脚を砕き、胴体を斬り裂き。
自分の身に迫る危機に気付き、多少こそ馬を動かし、石槍を回避しようとした武侠もいたにはいたが。
最早、それは些事でしかなく。
騎馬隊を横から順に、次々と吹き飛ばしていき。
迫る石槍が、次に標的に選んだのはイズミ。
事前に父親から、警告の声を掛けられていたこともあり。抜いた曲刀を構え、唸りを上げ迫る石槍へ向け。両手で武器を握り、防御に備える。
「ぐ、うぅぅぅっっっ!」
イズミの武器と石槍の激突の瞬間、あまりの衝撃に武器を持つ腕が痺れ、思わず武器を手放しそうになる。
巨人の剛腕から繰り出された槍の威力を全く殺し切れずに、騎乗していた馬ごと真横へと引きずられていくイズミ。
だが、何とか歯を噛み締め、限界まで腕に力を込めて。威力を受け止め、石槍の攻撃を止めてやろうと躍起になっていたが。
「な?……ぶ、武器がっ、砕ける、だとお……っ!」
今まさに、石槍を受け止めていたイズミの曲刀に細かな亀裂が生じ、不快な破砕音は徐々に大きくなっていく。
イズミは確かにショウキの攻撃に反応こそ出来たが。重く、硬い石槍と、巨人族の剛腕を受け切るには、武器の材質が耐えられなかったのだ。
「ぐ、っ……口惜しい、せめて、我が刀剣が緋彩銅で出来ていればっ……」
だが、ここで武器を持つ手を引くことは許されない。
徐々に亀裂が大きくなっていたとはいえ、イズミが今、石槍の威力を何とか抑えているのは事実だ。もし一瞬でも力を後ろや横に逸らそうものなら、石槍の刃は容赦無くイズミの身体に喰い込むだろうからだ。
思わずイズミは、武器を作るには貴重すぎるこの国独自の金属の名を口にするが。いくら願ったところで、鉄が緋彩銅に変質するものではない。
そして、破滅の瞬間が訪れる。
バキィィン!という破砕音と同時に、イズミの握っていた曲刀の刃が無数の破片に砕け散り。
競り合っていた石槍の切先が胸へと喰い込み、右から左へとイズミの胸板を纏っていた鎧ごと斬り裂いていき。
槍の柄の部分が、イズミが騎乗していた馬の太い首をいとも簡単に圧し折っていくと。
その他の騎馬隊と同じように、イズミは馬ごと背後へと吹き飛ばされていった。胸の傷から血を撒き散らしながら。
「ふぅぅぅっ!……ふぅぅぅぅっ……っ!」
こうして振るった石槍は、イズミを含めて六騎の武侠と六頭の軍馬を。ただの一撃で戦闘不能にまで追い込んでしまう。
騎馬隊を真横から薙ぎ払う一撃を放ったショウキは。息を荒らげながら、まるで親の仇を前にしたような憎悪に満ちた表情で。
石槍を握る両の腕は、先程と比べて明らかに歪に膨れ上がっていた。
その姿は、まさに「悪鬼」と呼ぶに相応しいものだった。
「う、うわあぁ……っ」
指揮役であるイズミも含め、一撃で六騎が打ち倒されたのだ。
石槍の攻撃範囲から運良く逃がれた騎馬隊の中には、怯えるような声を漏らす武侠まで現れる始末だ。
だがそれでも、領主やイズミに率いられたとはいえ。少数で不利と知っていながら叛旗を翻しただけあり。
「ひ、怯むなっ……矢だ、矢を放つぞっ!」
まだ矢筒に矢を残していた武侠らは、慌てた様子ながら弓を構え。巨人に向けて残り少ない矢を番えるのだが。
フブキとアズリア、その仲間を二の門の先に行かせるために接近戦を避け、弓矢による攻撃で足止めを実践し。矢を消耗していたこともあり。
同じく弓矢を構えた武侠は、たった二名だった。
それでも。あの悪鬼に直接武器を握り、接近戦を仕掛けるよりも、まだ希望のある戦法だ。
矢を番えた武侠は、もう一人。弓で射る構えを取った武侠へと声を掛ける。
「狙う箇所は分かっているだろうな?」
「無論──眼に決まっているだろう」
二人の武侠は、互いに頷き合いながら。弓に番えた矢の先端を、次の攻撃に動く巨人の両目に向け、狙いを定める。
ショウキは巨人族ながら、主に魔族が持つとされる魔力を帯びた眼──謂わゆる「魔眼」を宿しているからだ。
彼が持つ魔眼の魔力は、呪縛。
視界に捉え、魔力を帯びた視線に捕らえた対象の身動きを捕縛し、自由を奪う効果を及ぼす。
その魔眼を射ち抜くことが出来れば、視界を奪うだけでなく、魔眼への対抗手段という効果までも発揮するからだ。
しかも、巨人族の身体の皮は厚く、普通の弓矢では致命傷を与えるまでには至らないが。眼に厚い皮はない。
一度で三つの効果を得られる、となれば。
「当たれよっ──」「この矢、絶対に……外さん!」
二人の武侠が、ほぼ同時に弦を放し、矢を放つ。
狙い定めた、ショウキの両の眼へと。
「……馬鹿めがっっ!」
するとショウキは。先程は勢いで地面が抉り、騎兵を六騎も打ち倒した程の一撃を放った石槍を振り下ろし。
大きな槍刃のある先端で、ではなく。底の平らな石突で足元の地面を大きく打ち据えていくと。
剛腕で殴り付けられた衝撃で、周囲の地面には振動が奔るが。ショウキが石槍を振るった目的は地面を揺らす事ではなく。
揺れたショウキの足元の地面が大きく隆起し。
手にした石槍と同じ材質の、土砂や石塊が積み上げられた石壁が迫り上がってきたのだ。
人間二人を縦に並べた背丈を誇るショウキの姿が、完全に見えなくなる程の巨大な石壁。
「「な、何だ……とっ?」」
驚きの声を上げたのは、矢を放った二人の武侠だ。
当然ながら、両の眼どころか攻撃対象であるショウキの姿が石壁により隠れてしまったのだ。二人が射った矢も石壁に阻まれ、虚しく石壁に突き刺さる。
しかも石壁でショウキの姿が見えなくなったことで。
騎馬隊の視点からでは、石壁の背後に視線は届かず。脅威の敵であるショウキが、壁の後ろで何をしているのかが全く分からない状況なのだ。
「お、おい、ど、どうする?」
一人の武侠が、焦りを含んだ声で次の行動をどうするかを聞いてくるが。
聞かれた武侠も即答出来ずにいた。
そう、今。
騎馬隊は選択を迫られていたからだ。
このまま距離を取って待機していれば、自分らの身の安全は保証されるも。ショウキが騎馬隊を捨て置き、他の四本槍への加勢に向かった場合。戦況が一気に総崩れになる可能性もある。
ならば、石壁を回り込むとしても。騎馬隊が一方に偏れば、攻撃範囲の広い石槍で一網打尽にされるかもしれないし。
一度に殲滅される危険を避けるため、左右に隊を分割すれば。今度は各個撃破される可能性もある。
しかも指揮役のイズミは、馬と一緒に吹き飛ばされ、起き上がってくる気配がない。おそらくは、先程の石槍で致命傷を受けたのだろうと推察し。
残された騎馬隊は、いずれの選択を取るかを迷っていた。




