136話 アズリア、危機を伝える手綱
この話の主な登場人物
アズリア この物語の主人公
ヘイゼル 元大海賊団の女頭領 単発銃を愛用する
フブキ カガリ家当主マツリの妹 氷の魔力を持つ
ユーノ 獣人族は獅子人族の少女
時を同じくして。
「あの連中……無事だと、イイんだけどねぇ」
二の門をナルザネに開いてもらい、門を守っていた四本槍とやらを任せてきたアタシだったが。
後方で戦闘をしているナルザネらが、気にならないと言えば嘘になる。
先にある三の門の突破を任された以上は、馬の脚を止めて振り返って待つ、まではさすがにしないまでも。
心配する気持ちが思わず口に出てしまったが。
「ナルザネ……だっけ? あいつらがやられでもすりゃ、四本槍とかいう連中が後ろから追って来るだろうし」
横に馬を並べて三の門までの道を駆けていたヘイゼルが、アタシの呟きに反応を返す。
確かにヘイゼルの言う通りだ。もし、ナルザネらが四本槍を名乗る三人を抑えきれなかった場合。アタシらは三の門の門番と、背後から追撃してきた四本槍に挟撃を受けてしまう。
対して、こちらはヘイゼルとユーノで三人。前後から挟み撃ちをされてしまえば、フブキの護衛すらままならず圧倒的な劣勢になるのは間違いない。
だが、アタシの胸中にあったのは。
ヘイゼルが懸念する点ではなく。
「……それもそうだけど、さ」
アタシは、開いた手をジッと見ながら。二の門で四本槍の一人、隻眼の武侠との攻防と。その時に武器を交えた感触を思い出していた。
以前にもアタシは、二の門で「先に行け」と足止めを引き受けてくれたナルザネとも武器を交えた事があった……が。
ジンライの攻撃を受けた時の、アタシの手に伝わる衝撃だけで言えば、ナルザネよりも上だった。
四本槍、対ナルザネとイズミ率いる騎馬隊。
一見すれば、数的には優勢ではあるものの。魔竜の首との戦闘だけを見れば、イズミの実力はまだまだナルザネには遠く及ばない。
数的な優勢は、戦況を左右する絶対的な勝利条件でないのは。つい先程、二〇〇人以上で警護していた一の門で、アタシらが証明してきたばかりだ。
そう思った、次の瞬間。
「──う、うおッ⁉︎」
突然、握っていた手綱がブチィッ!と断裂音を立てて、真っ二つに切れてしまう。
本来ならば、馬を走らせる最中に切断するような柔い作りではない縄なのだが。
手綱が切れれば、即ち馬を停止する手段がなくなるという話だけではなく。切れた手綱が走っている最中の馬の脚に絡み、馬が転倒する危険もある。
背中がスッと冷たくなるのを感じたアタシだったが。
アタシよりもさらに焦りの色を濃く、焦りの声を張り上げる人物がいた。
「ちょ、ちょっとアズリアっ……ど、どどど、どうするのよおっっっ?」
それは、アタシの後ろに騎乗していたフブキだ。
絶叫する彼女はそのまま、両腕をアタシの腹にまで回して背中へと張りつくように抱き着いていた。
そう。今、走らせている速度で馬が転倒すれば、巻き込まれるフブキも無事では済まないだろうし。
転倒した馬もまた、脚や胴体の骨が折れ、これ以上走れなってしまう可能性が高い。
「ち、いッ……じょ、冗談じゃないよおッッ!」
不意の出来事に、アタシは面食いなからも。二つに切れた手綱の断面を、それぞれ両手て掴んで離さず。
そのまま手綱を引いて、一度馬を止める合図を出す。
いきなり手綱が両断した時は、思わず頬に冷や汗を浮かべてしまったが。
アタシの合図を受け取った馬は無事、ゆっくりと歩調を緩め、その脚を止めていく。
急に脚を止めなかったのは、おそらく。動揺してアタシにしがみつくフブキを案じて、と思われる。
「……ふぅ。一時はどうなるコトかと思ったよ」
さすがはシュテン。人間の言葉を理解出来る能力を持つ、賢い頭の馬だけはある。
手綱が切れれば、騎手以上に馬が動揺し、暴れ出す事も少なくないが。アタシが切断された手綱を引くまで、シュテンは普段と変わらずに走り続けていたからだ。
「ありがとな、シュテン」
アタシは、賢い振る舞いをしてくれた馬の頭を優しく撫でながらも。
突然に切れた手綱の断面を目を凝らし、眺めてみる。切れた理由を確かめるために。
「それにしても……何で、いきなり手綱がッ──」
だが、いくら見ても理由らしき理由は見つける事は出来なかった。
縄の切断面を見ても、腐ったり、古くなった痕跡はなく。また一の門や二の門の戦闘で、剣や槍で傷を付けられていた様子も見られなかったからだ。
ならば、突然に丈夫な手綱が勝手に脆くなり、千切れたとでもいうのか。
アタシは試しに、持っていた手綱の強度を確かめようと。縄の両端を左右へと力強く引っ張ってみたが。
多少の力では、丈夫な手綱が千切れたり、解けるようには見えなかった。
考えれば考えるほど、手綱が切れた理由が不明瞭になっていく中で。
「そういや……コレって」
アタシの頭にふと、傭兵時代に耳に挟んだ話が思い浮かぶ。
それは、戦場で離れた友軍の身に不幸が及んだ際。装着していた兜の紐が切れたり、弓や十字弩の弦が切れたりして。不幸を知らせてくれる、という慣習だった。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん? なんかかんがえごと?」
「いや、悪りぃ……アタシが傭兵の時にねぇ、こんなコトが起きると、決まって悪い事が起きるって慣習があって、ねぇ」
切れた手綱を凝視していたアタシを、不思議に思ったのだろう。ユーノがアタシへと心配そうに声を掛けてきたのだ。
そんな彼女へ、傭兵時代での友軍の不幸を伝える不思議な慣習について説明していくと。
「へえ。まあ、そういう話なら。あたいら海賊にも似たような海の慣習ってのがあるんだけどね」
横でアタシとユーノの話を聞いていたヘイゼルが、会話に割り込んでくると。海賊ならではの「不幸の予兆を知らせる現象」について語り始める。
ヘイゼル曰く。
船が進む方角を教えてくれる魔導具・指南魚が頭を上や下に向けて直立する時。乗船している人間のいずれかが海の亡霊に生命を奪われる知らせ……なのだと。
「そうね。この国にも似たような話があるわ」
すると、アタシの背中に隠れていた筈のフブキもひょっこりと顔を覗かせると。
フブキ曰く。
雲一つ浮かんでいないの快晴の空模様のまま、突然雨に降られるのは。親しい人間が亡くなる前兆なのだと。
実際にフブキの父親であるイサリビが死んだ日にも、快晴に雨という奇妙な空だったらしい。
というように──この国ならではの「不幸の兆し」なる現象について、これまた流暢に話し出すのであった。
「へえっ、おもしろいねえっ」
どうやら魔王領では、人間の傭兵らのような慣習は伝わっていないらしく。
アタシら三人の説明を興味深く、目をキラキラと輝かせて聞いていたユーノだったが。
「へえっ、じゃあボクも、お兄ちゃんやバルムートのおっちゃんになにかあったら、ひもがきれておしえてくれるかな?」
説明を終えた途端、自分が履いている靴の紐や、革鎧を止める紐をいくつも指差しながら。
今は遠く離れた魔王領の、ユーノの実兄である魔王様やその他仲間らの名前を口にする。
「は……ははッ。まあ、ないに越したコトはないんだぜ、ユーノ?」
アタシはユーノとこんな軽口を交わしていたが、その会話の最中にも背後が気になって仕方がなかった。
今、離れた友軍といえば。
フルベの街に残したモリサカらと。
二の門で戦っているナルザネらを指す。
「もしかして……ナルザネらが?」
だが、フルベに留まってもらったモリサカらにジャトラが軍勢を派遣したとしても。瞬時にフルベの街が陥落するとは思えない。
今、フルベの領主の座に就いているソウエンからは。何かあれば「狼煙」と呼ばれる連絡のための煙を、遠く離れたここ本拠地からも見えるように上げると聞いている。
そうなると、当然。可能性として残るのはナルザネ側ということになる。
「死ぬんじゃないよ……ナルザネ、イズミ」
当然、手綱が切れたのは傭兵時代からの友軍の不幸を報せる出来事では決してなく。ただの事故の可能性だってある。
アタシは切れた手綱の両端を固く結び、応急処置を施したところで。もう一度、三の門に向けて馬を走らせる。
背後の二の門へと、一抹の懸念を残したまま。




