135話 四本槍、恐るべき姿への変貌
この話の登場人物紹介
ナルザネ 裏切りアズリア側についた元・四本槍
ジンライ 四本槍の一人 隻眼の武侠
ショウキ 四本槍の一人 巨人族
ブライ 四本槍の一人 白塗りの槍を持つ老武侠
突然の老武侠の異変に、まだ頭の追いつかないナルザネだったが。
「──ま、まさかっ! 他の二人もっっ?」
老武侠から視線を外すことなく、だが他の二人の様子を覗いてみると。
壺の中身を飲んだのは、老武侠だけではない。だとすれば、飲み干した他の二人もまた。
一目でわかる、異様な変化を起こしていた。
まず、隻眼の武侠だが。
「お……おお! 見えるっ! 見えるぞおおお‼︎」
左眼に奔る傷痕によって、潰れていた筈の目蓋が開くと。眼窩にはとても人間の眼には見えない、真っ赤な眼が嵌まっていた。
視界が広がることに、歓喜の雄叫びを上げる隻眼の……いや最早、隻眼ではなくなったのだが。
ジンライの身体の変貌はそれだけではなかった。
肩口に近い背中から、既にある二本の腕とは別に。同じような二本の腕が生えてくると。
元々握っていた長槍とは別に、腰に挿していた二本の曲刀を、新しく生えてきた二本の腕へと握らせていった。
両手槍に代表される長柄武器の弱点は、剣と違い小回りが利かない事であり。懐に入られてしまうと、大きな隙が出来てしまうのだが。
つまりジンライは、接近された時の弱点を。追加された二本の曲刀で見事に補ってしまったのだ。
「さあ来いっ! 遊んでやるぞ小童どもおおおお‼︎」
異形とも言える四本の腕を広げ、対峙していた四人の領主相手に高笑いをしながら挑発を繰り返すジンライだったが。
四人を舐めるように睨んだ、真紅に輝く異様な左眼を見たナルザネは。とある記憶が朧げながら、頭に蘇っていた。
「ジンライのあの眼……あまりにも、似ている」
それは、フルベの街の郊外。罪人らを人知れず処刑するため作られた、天然の洞窟を利用した土牢に。ジャトラの元から逃亡したフブキを幽閉していたが。
フブキを救出しようとする女戦士との戦闘中、突如地の底から出現した……魔竜の首に輝いていた──あの眼に。
だが、まだ判断するのは早計だ。
「そ、そうだっ……イズミはっ?」
今度は息子が相対する、もう一人の四本槍・不動のショウキへと視線を向けると。
一目で異様な変貌を遂げた他の二人とは違い、見た目には何も変わっていなかったが。
「──ふんっ‼︎」
いち早く細かな震えから回復した巨躯、その片脚が上がり。周囲一帯の地面を震わすか、と思うほどの強烈な踏み込みを見せると。
突然、ショウキの足元の土が隆起したかと思うと。土砂と石塊で出来た簡素な作りの巨大な槍が、巨人の手に握られていた。
「あ……あの能力、ま、間違いないっ……あれは、あの時戦った魔竜の能力と同じではないかっ?」
土塊から武器を作り出したのを目の当たりにして、ナルザネは湧き上がる疑問を確信へと変えた。
たった今、目の前で巨人族が顕現した、地面から槍を生み出す能力もまた。
ナルザネが、ジャオロンやイズミと共闘し立ち向かった魔竜の首が行使していたのと同じ。土砂を自在に操る能力だからだ。
もっとも……あの時は槍ではなく、巨大な腕を複数本作り出し、暴れ回らせていたのだが。
「も、もしや、この小壺の中身とは……っ?」
ナルザネは、自分もジャトラから預かった壺の封を開けると。目を凝らして、小さな壺の口の穴から、中身の液体を覗き見ようとする。
残念ながら、穴が小さすぎて。壺の中身の液体の様子を目で確認することは出来なかったが。封を開けた途端に鼻についたのは、鉄錆に似た、何度か嗅ぎ慣れた臭気。
中身を確認するために、ナルザネはゆっくりと壺を横へと傾け。中身の液体を地面に垂らしてみせると
すると、ナルザネの想像とは違い。鮮血の赤ではなくドス黒い色の液体が一、二滴ほど壺の口から流れ落ち。地面に落ちた途端に、ジュッ!と激しい音と白煙を上げる。
「この液体の正体は……まさか。魔竜の、血だ、と?」
そのドス黒い液体が見せた光景は。
かつて魔竜の首との死闘において。共闘していた女戦士の巨大剣で鱗が砕かれ、裂けた肉から流れ出ていた魔竜の血と一緒だった。
だが、カガリ家四本槍と言えば。武勇も、その他の働きもカガリ家のために長く尽くしてきた人間でもある。そんな人間に、魔竜の血だと知らせる事なく手渡していたのだ。
「や、やはり……ジャトラが魔竜と手を組み、カガリ領を好き放題したいというのは、真実であったか……っ」
劣勢になれば飲ませ、身体を変貌させてでも敵を殲滅させるため、利用しようとするジャトラの意図を読み取ったナルザネは。思わず、歯軋りをしながらも。
「と、いう事は……もしあの場でジャトラを裏切っていなければ、我もブライや他の二人のように……」
一歩間違えば、自分もまたジャトラの罠に掛かり。魔竜の血を飲んでしまったかもしれない……という言いようのない恐怖に身体を震わせ。
あわや危機を逃がれたことに、安堵で胸を撫で下ろしていた。
──その一方で。
念願の武器を手にした巨人が、突然の光景にまだ動けずにいたイズミらに厭らしい笑みを浮かべ。
「ふっふふ……さて、それでは。今度はこちらの実力を存分に味わってもらうとするか──のう」
作成したばかりの巨大な石槍を両手で軽々と握ると。力を溜めるために腰を回して、槍を後ろへと大きく振りかぶる。
誰の目から見ても明瞭な、無防備に大振りの攻撃の姿勢を取るショウキだが。
「「う……う、うおお、お……っ?」」
イズミや他の騎馬隊の武侠は、目の前の巨人だけでなく。他の四本槍の二人の変貌に、誰もが声を失い。
大きな隙を作るショウキに対して、何ら有効な行動が取れずにいた。
「……い、イズミよっ? 直ぐにその場から離れよっっ‼︎」
我に返ったナルザネは、攻撃か、または回避か、未だ有効な行動を取れずにいたイズミら騎馬隊に大声で指示を出す。
ただ「逃げろ」と。
最早この時点では、ショウキが作った大きな隙は意味を為さない。今からイズミらが慌てて攻勢に出たところで、ショウキの攻撃が放たれるのが速いだろう。
巨大な武器が一度、振われてしまえば。巨人族の剛腕から繰り出す攻撃の勢いは、普通の人間が競り合い、受け流せる威力ではないからだ。
だが、ナルザネは。自分の助言が功を奏したかどうかを最後まで確認することは敵わなかった。
──何故なら。
「はっははは! 戦いの最中に余所見をするとは、随分と余裕があるようじゃのうナルザネえええ!」
白い甲冑に全身を覆われていた、元は老武侠だったものが。手にした円錐形の槍で攻撃を仕掛けてきたからだ。
「それとも。四本槍ともあろう者が……自分の息子がそれ程までに可愛かったかあああ?」
「──ぐ、っ?」
円錐形の槍を構え、突撃しながら。挑発的な言葉を放ってくる老武侠。
最初こそ、挑発に心が揺れ。思わず感情的になって武器を打ち合わせ、競り合おうという気持ちが一瞬頭を過ぎったが。
先端に刃を付けたこれまでの白槍と違い、完全に相手を刺し貫く突撃に特化したような形状を見て。ただ武器同士を衝突させても、打ち負けるのは体重と勢いの乗らないこちら側だと判断し。
武器を打ち合わせず、身体を捻って横へと跳び。
老武侠の突撃を飛び退き、回避していく。




