134話 四本槍、持たされた謎の切り札
劣勢に追い込まれた四本槍の三人。白槍のブライ、隻眼のジンライ、不動のショウキが手にしたのは陶製の小さな壺だった。
壺の大きさは、握れば手の中に隠れる程の。
「あれはっ──」
思い出したように、ナルザネも懐に手を入れると。取り出したのは同じく小さな陶製の容器。
「確か、門の警護を任された時に。ジャトラに手渡されたのが、この壺だった……」
そう、四人が同時に手にしていた壺の正体は。二の門の警護を任せた四本槍へ、黒幕が持たせた物だった。
何が入っているのか、詳細こそ話しはしなかったが。壺を振ると水が揺れる音がすることから、中身が液体なのは判別出来た。
「ジャトラ様はこうも言っていた。状況が危うくなったら、迷わず壺の中身を飲み干せ……ともな」
「だから、お主らはこの壺を?」
ナルザネが語りかけていた、白槍を構えた老武侠との戦況は互角か……と思っていたが。
実は先程、加勢したジャオロンがブライの背中に放った先制の一撃。その打撃が予想以上に効いてしまっていたのだ。
──見れば。
四本槍の他の二人は老武侠以上に劣勢に追い込まれている様子だった。
隻眼の武侠は両の脚で立ってこそいたが、頭から血を流していた。馬上での戦闘が得意なジンライだったが、さすがに騎乗しない状態で、四騎の武侠に囲まれれば。劣勢なのは当然とも言えるだろう。
そして、巨人族のショウキだが。
「まさか……イズミが、あれ程の技量を秘めていたとは、な」
老武侠との戦闘で、ナルザネは巨人とのこれまでの一部始終を見ていたわけではないが。
結果、イズミが力強く振り抜いた斬撃をまともに喰らい、ショウキは胸を大きく斬り裂かれていた。
その攻防だけを見れば、武器を持たない巨人がイズミに懐深くに入られ。出来た大きな隙を突かれただけ、に見えたが。
問題は、イズミの後衛にいた武侠らだ。
よもや、まだ戦闘経験の少ないイズミを唯一人で四本槍に挑ませるような場面ではない。現に最初は、多数の弓矢でショウキを牽制していたのだから。
「そうか、っ……魔眼、を使ったか、ショウキ……」
不意にナルザネは、息子が挑んでいた四本槍の二つ名と、その由来を思い出す。
ショウキの二つ名である「不動」とは、自身が二人分の巨躯を誇る巨人族であるのを表すのと同時に。彼の切り札とも言える、両の眼に秘められた魔力を指してもいたのだ。
だが、魔眼の秘密が広く知れ渡れば。ショウキと対峙する敵は、真っ先に両眼を潰そうとするのは想像に難くない。秘密を隠すためにも、滅多な事で魔眼を行使しない……と。
四本槍の中で約束をしていたのだが。
不自然なまでに、イズミの後衛の騎馬隊が身動き一つ取らないのは。ショウキが魔眼を使ったからだ、と断言出来る。
ならば、何故。
イズミは魔眼の効果をものともせず動けたのか。
だが、現に。イズミは魔眼の呪縛を見事に打ち破り、格上の実力を持つ四本槍が一角に見事に一太刀浴びせてみせたのだ。
ナルザネが感嘆の声を吐いたのも無理もない。
四本槍、残り二人との戦況も。ジャトラに叛旗を翻し、門を突破する側優勢に進んでいるのを自分の目で確認したナルザネだったが。
そこへ、対峙していた老武侠の声。
「認めたくはないが。我らも随分と年齢を重ね、力も衰えた。若い輩が台頭するのは嬉しいことだ……本来ならば、な」
「……で。この壺の出番、というわけか」
「そういう事だ」
三人はまるで事前に打ち合わせをしたかのように、小さな壺の封を開けると。
口に壺の注ぎ口を付けたまま、上を向いて中身の液体を一気に喉に流し込んでいった。
三人、同時に。
「う……う、う、ゔゔゔっ……」
壺の中身を飲み干したブライ、ジンライ、ショウキの三人の様子がおかしい。
持っていた陶製の空になった壺が手から溢れ、地面に落ちてガシャン、と割れる。
液体を飲み終えた三人が、身体をガクガクと大きく震わせながら。口からは呻き声を漏らす姿は、まるで毒を飲んだ後のようだった。
「ぶ、ブライっ? 壺の中には、一体何の液体が……っ」
敵対していたとはいえ、元は四本槍として肩を並べたかつての同僚が目の前で毒を呷ったのだ。
ナルザネは真っ先に、身体を震わせる老武侠へと駆け寄るが。毒の治療法など知らないナルザネには何の手立てもなかった。
せめて、何の毒を飲んだのかを判別するために。
ナルザネは地面に落ちて砕け散った壺の破片へと目線を落とし、僅かに破片に付着していた中身の液体を指で拭ってみる……すると。
「ぐ、ううっ? ゆ、指の先が焼けるっっ!」
液体に触れた指の先から白煙が上がり、火を当てられた時のような灼熱感に襲われるナルザネ。
「な、ならば、こんなものを喉に流し込んだブライ達はっ……?」
指先ですら、大の男が呻いてしまう程の痛みが奔るのだ。それ程の強力な毒を飲んでしまった三人が今、襲われている激痛は想像を絶するだろう。
「はぁ……お、おのれ、ジャトラめっ! 我ら四本槍を邪魔だと思って、毒を手渡すとは──」
劣勢になれば毒を飲んで自害させるつもりで、毒を手渡したジャトラに憤慨し。かの黒幕がいるであろう、シラヌヒ城の天守閣を見上げていたナルザネだが。
「い……いや違うぞ、ナルザネ」
不意に誰かに後ろへと突き飛ばされる感覚に、ナルザネは驚く。
片手を伸ばし、ナルザネを突き飛ばしたのは壺の毒に苦悶していた筈の老武侠だったからだ。
「な、何を言ってる、ブライ? まずは解毒をっ……」
確かにまだ身体を細かく震わせ、全身から汗を大量に吹き出しているようだが。毒で苦しんでいる筈の顔には笑みを浮かべ、彼の眼は赤く不気味な光が宿っているようだった。
「これは毒じゃない……何故ならっ──」
そう気を吐いた老武侠からは樹木が根本から折れる時のようなバキバキ……という破砕音が鳴り出すと。老武侠の外観が異様な変貌を始める。
装着していた白尽くめの甲冑の形状が変化したのか、装甲がなかった箇所までも、白い鎧に覆われていき。
老武侠が先代当主イサリビより授かった、愛用の白塗りの長槍が。より巨大な円錐形の武器に変わり、握り手と一体化しているように見えた。
「な、何だ?……何が起こってる?……目の前にいたのは、白槍のブライだった、はずだ……それが、それが……」
目の前で一体何が起きているのか、全く理解出来ない事態に直面し、困惑するナルザネ。
二本の角を生やした白い兜とも一体化しつつある白髭を生やした顔には、ニヤリ……と歯を見せた笑みが作られ。
「これ程に……力が漲るからだああああああああ‼︎」
そう雄叫ぶ老武侠の顎からは、彼の象徴とも言える白髭がボロボロと抜け落ちていった。




