133話 イズミ、呪縛を破った理由とは
矢が尽きた事が幸いし、巨人の魔眼から逃がれていた武侠らが。
イズミの身体の異変に気が付き、声を掛ける。
「い……イズミ殿っ!」
だがイズミとは違い、まだ先程までの二人の会話の内容を理解していなかった武侠らは。まだ矢を残していた仲間の矢筒から矢を手に取り、弓へと番えようとするも。
敵であるショウキへと視線を向けた途端、魔眼の呪縛に身体の自由を奪われてしまう。
「ぐ……っ、がっ、か、身体がっ!」
「な、何だ……う、腕が、動かぬ?」
イズミやその他の弓兵らと同様に、巨人を睨んだまま、身動きが取れなくなった武侠らは。何が起きたのかが理解出来ず、何とか身体を動かそうともがくが。
当然、呪縛の魔眼の効果で。身体を震わせ、焦りと困惑の表情を浮かべるのが精一杯だった。
次々に動けなくなるイズミら騎馬隊を魔眼で睨みながら。口端を吊り上げて意地の悪い、勝利を確信したかのような笑みを浮かべるショウキ。
「ふむ……どうやら、これで全員が魔眼の網に掛かったようだのう」
そう言いながら両手の指を鳴らし、ゆっくりとした歩調で接近してくる。
ショウキの武器である巨大な槍は、ヘイゼルの放った単発銃で破壊されていたが。巨人族ならではの長い腕と大きな拳は、それだけで強力な武器となり得るからだ。
勿論、そんな事はイズミらも重々に理解出来ていたようで。
だからこそ武器を破壊されても集団による接近戦を選ばす、敢えて遠距離から弓矢による射撃で牽制する戦術を取っていたのだから。
「ぐ……っ、こ、ここまで、かっ……ち、父上っ、済みませぬ、不甲斐なき子で……っ」
必死に足掻くも、呪縛の魔眼から逃がれる事が出来ず。一歩、また一歩と迫るショウキに。
敗北が濃厚と感じたイズミは目を閉じ、思わず父親であるナルザネの名を漏らす。
イズミらが牽制、という勝利に結び付かない戦術を選んだのも。他の四本槍との戦闘に、ショウキを加勢に向かわせないためであった。
ここでイズミ率いる騎馬隊が敗北すれば。ショウキはナルザネらと対決する白槍のブライや、四人の領主と戦闘中の隻眼のジンライに進んで加勢するだろう。
そうなれば、たちまち戦況は崩壊するのは想像に難くない。
イズミは辛うじて動く目線を、老武侠と戦っていた父親へと向ける。
「ふ。ブライもジンライも大分苦戦しているようだしのう」
顎を撫でながらの巨人の言葉通り。
カガリ家に所属する武侠の中でも、腕利きの四人が名乗る事が許される「四本槍」を冠するだけあり。
ナルザネとジャオロン、四人の領主と。数的な不利ながら互角に戦闘を繰り広げていると思えたが。
「……ち、父上っ、す、凄い……っ!」
イズミが見た限りでは、対等ではなく。僅か──ではあるが、四本槍が劣っていると感じたが。
どうやらその感覚は間違っていなかったようで、老武侠と隻眼の武侠の二人は徐々に押され、劣勢となっていく。
「さすがはナルザネ。裏切ったとはいえ、四本槍の一人だけあるのう。だが──」
イズミの視界が急に暗くなり、目線を魔眼の主へと戻すと。
先程まで剣も槍も届かない位置にいた巨人は、既に拳が届く間合いにまで迫ってきていた。
視界が暗くなったのは、接近したショウキの身体の影だったのだ。
「これで……終いである!」
身動きの取れないイズミら騎馬隊を、まとめて薙ぎ払うつもりなのだろう。
ショウキは丸太のように太い腕を振り上げ、今まさに握り締めた拳を放とうとした。
その時。
「ゔ、ゔおおおっ、な、何だ? 背中が……あ、熱いっっ!」
イズミは背後に、まるで焼き鏝を当てられたような灼熱感に襲われ。思わず、火傷のような痛みの発生源である自分の背中を見ようとして、身体を捻る。
本来であれば、魔眼の呪縛に囚われたイズミには出来る筈のない動作……だが。
「か、身体が動くっ?」
「そ、それもだが、い、イズミ殿っ……何だ、その、見たことのない文様は……っ?」
「……文様、だと?」
動く筈のない腰が回り、イズミは自分の背中を覗き見ることが出来た事に、まず驚き。
次いで、焼けるような熱さを感じた自分の背中に淡い緑色に光る、見たことのない文様が浮かんでいたのを見て。さらに驚くイズミ。
背中の文様の正体に、何も心当たりがなく。困惑するイズミであったが。
「い、いやっ! まず、今やるべき事は──」
考えるべきは今、背中の文様ではなく。優先順位は間違いなく、現状の打破が先になる。
そう判断したイズミは、咄嗟に腰に挿した剣の柄に手を掛けると。鞘から刀身を抜き放つと同時に、眼前に迫っていた巨人へと一撃を浴びせた。
深傷を負わそうとか、致命傷を与えようという攻撃ではなく。ただ、今自分に出来る最善の策を取ったまでの行動。
それでも、効果は絶大であった。
「な、何だと! 何故、魔眼の影響下で動けるっっ?」
まさか呪縛の魔眼の効果が剥がれる、などとは微塵も思っていなかったのか。拳を振り上げていた巨人は、状況的にも精神的にも無防備だったため。
咄嗟に放ったイズミの剣を、まともに胴体に喰らう羽目となってしまった。
「う──おおおおォォォっ⁉︎」
鋭い曲刀の刃がショウキの胸を斜めに斬り裂き、傷口から真っ赤な鮮血が辺りに飛び散る。
巨人族の分厚い肉や皮が、勝負を決する深傷になるのを防いだようだが。今の一撃は、浅い傷だとは言い難い。
「ぐ、う、うおおっ……っ、何故だ、何故……魔眼が解けたっ?」
魔眼の呪縛は解除していない、にもかかわらず。イズミが動いたばかりか、剣閃まで浴びせてきた事実をいまだ受け入れられず。
血が流れる胸の傷を押さえながら、信じられないといった表情を見せる巨人だったが。
「そ、それはこちらの台詞だ……っ」
その疑問をイズミもまた同様に抱いていた。
魔眼に備える用意などしていなかったのに、何故。
そして、緑色に光っていた背中の文様。あの正体は何なのか。
「あの緑色に光る文様……あれが、呪縛から解き放ってくれたのか? だが、ならあの文様は、一体何なんだ……っ?」
実は、イズミが灼熱感を覚えた箇所。
そこはかつて突然出現した魔竜の首から放置すれば生命にかかわる傷を負った箇所だった。
あの時、傷の治療を施したアズリアが用いたのは、「生命と豊穣」の魔術文字だったが。
治療が終わった後も、彼女は血で描いた魔術文字を消さずにいたため。文字に残存していた魔力の効果が発揮され。
ショウキの呪縛の魔眼を打ち消したのだった。
イズミは治療の際、意識がなかったために自分の傷の治療の経緯を知らない。
だから。いくら悩んだところで、彼が真実に辿り着くことは決してないのだが。
一方で、傷を負ったショウキはというと。
斬られた痛みからか、二、三歩後退し。体勢を立て直そうとしていた。
「か、身体の硬直が……なくなったっ」
不意の斬撃による痛みで、魔眼を維持する集中が切れてしまったのだろう。
魔眼の呪縛は次々と解け、馬上の武侠らが身体の自由を取り戻す。
「ぐ……俺の魔眼が効かない人間がいるのならば、これを使う時なのだろう……のう」
受けた傷の影響なのか息を荒げながらも、何故か顔には片側の口角を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべ。
腰へと手を伸ばして何かを手にする。




