128話 ナルザネ、老武侠に真実を語る
──同じ頃、二の門では。
ナルザネらと四本槍の戦闘はさらに激しくなっていく。
門を開ける、という重大な背信行為を見せたナルザネへ、怒りを隠そうともしない老武侠は。
自分の得物である白塗りの長槍を、感情のままに激しく振り回す。
一の門を突破してきたイズミら騎馬隊を挑発する態度もだが。「白槍」のブライという人物は老齢なれど尚、冷静とは程遠い性分らしく。
「もう一度聞くぞナルザネっ! 何故、我らを裏切り、門を通したああっっ!」
「……アズリア、あの者に敗れ、気付いたのだよブライ。魔竜に従う意味はない、と……なっ!」
「──何だとっ!」
二度、三度とナルザネを打ち据える激しい連続攻撃と一緒に、発せられた押し問答に。
完全に守勢に回ったナルザネは苦い顔を見せ、何とか白槍の攻撃を防ぎ切りながら。かつての仲間に対し、魔竜の力と支配から訣別した意志を告げる。
「ば、馬鹿なっ?……四本槍の貴様も知ってるはずだ。八頭魔竜の復活がなければ、この国が……いや、このカガリ家がどうなっていたか、を」
「……当然だ。だからこそ我も最初は魔竜の支配を受け入れ、ジャトラに味方した」
二人の会話は、黒幕やその上の「八葉」の大君らが、魔竜を利用している事実を。ブライら四本槍が既知であることも暗に示していた。
ナルザネの意志表示に、ブライはついに連続攻撃の手を止めて距離を空け。本格的な押し問答を始めてしまう。
もちろん、攻勢を続けた老武侠の息が途切れてしまった……というのもあるが。
「はぁ……はぁ、っ。八頭魔竜の復活は、八葉がさらに上に立つ御方……太閤が決定なされた事。それに逆らえば、カガリ家はっ──」
「八葉の座から、降ろされるのは確実……か」
「そうだ! だから我ら四本槍は、魔竜に従わぬマツリ様よりもジャトラ側に付いたっ……そうだろう、ナルザネ!」
この国は、自国の領地を八つに分割し統治する「八葉」と呼ばれる八つの有力貴族がおり、カガリ家もその一つに数えられるが。
八葉の当主──大君よりさらに上、八人の大君を統括する、通常の国家でいう国王の立場である最上位の階級が存在する。
それが「太閤」と呼ばれるミスルギ家の当主だ。
この国において、太閤の決定は絶対であり。決定に逆らうという事は他の八葉を敵に回すのも同じ意味に等しい。
太閤、の名を出したことで。一度は裏切りを見せたナルザネを説得出来る、という確信の笑みを見せる老武侠だったが。
老武侠の想像とは違い、何ら動揺する様子を見せないナルザネは。
「聞け、ブライ。もし、あの伝承の魔物・魔竜が何者かに倒されたりしたら……どうだ?」
「それこそ、有り得ん。伝承では、かつてこの国の勇に優れた武侠が地下深くに封ずることしか出来なかった……とある」
「それが、あったのだよ。ブライ」
逆に、老武侠らが黒幕に従っていた根拠の一つ。復活した八頭魔竜の絶対的な力への信頼を、ナルザネは崩そうと試みる。
彼の会話の意図を読み取った老武侠は、不敵なナルザネの態度に片眉を上げてみせる。
「先程門を抜けて行った、フブキ様と一緒にいた女戦士だが──」
「ああ。確か、貴様がアズリア、と呼んでいたあの余所者の女か。それが……何だというのだ?」
「あのアズリアが、既に魔竜を二度、倒している……と言ったら、どうだ?」
ナルザネの発言は、先を行かせた女戦士が魔竜を打倒したのをその眼で見た体験が言わせたものだったが。
当然ながら、魔竜を倒したのを見てはいない老武侠は、ナルザネの言葉を急に信じられる筈もない。
だが同時に、目の前のナルザネという人物が下手な嘘を吐く性格でないのは。四本槍として長く関係を持ってきたからこそ、嫌という程に理解していた老武侠は。
明らかに動揺しながらも、心が揺らぐのを隠すかのように顔を真っ赤にしながら大声を発し。
再び、白塗りの長槍を両手で構え直す。
「う、嘘だっ! な……何を根拠にそのような馬鹿げた話をっっ!」
「証拠か……確かに、お主を納得させるだけの証拠はない。が──」
今にも攻撃を再開しようとする老武侠に合わせ、一度は槍を下ろしていたナルザネもまた。手に持つ黒塗りの長槍を構えながら。
「フブキ様を喰い殺そうと出現した魔竜の首を、この我の目の前で倒してみせたのが……あの女戦士だった」
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なあああああっ!」
ナルザネが自分の眼で見てきた事実を言い終えるより前に、信じ難い内容に激昂した老武侠は。
大きく槍を振り上げ、感情を乗せているためか威力こそ十分だが。力任せなせいで狙いの乱雑な突きを放ってくる。
老武侠の心は乱れていた。
ナルザネが告げた、おそらくは事実に。
もし、復活した八頭魔竜がナルザネの言う様に。たかが一人の人間に討ち倒される存在だったならば。
先代当主イサリビの実娘である正当な後継者・マツリを裏切ってまで、魔竜の力を使うのに躊躇のないジャトラが当主の座に就くのに手を貸した意味は。
魔竜の力を取り戻させるために、ジャトラや太閤の命令に従い。無数の人間を時には一つの農村を丸ごと贄に捧げた意味は。
老武侠の中で「正義」だと信じてきたモノが、今まさに砕け散りそうな状態だったからだ。
だから、ナルザネは対戦相手の心の動揺を迫る槍先から読み取り。
「ここまで説いても理解せぬなら、仕方がない」
先程までは攻めに転じる機を一度も見せず、防御に徹していた黒塗りの長槍を。初めて向かってくる老武侠目掛けて──振るう。
「──ふんっっ!」
「う、おおぉぉっ⁉︎」
普通ならば、怒りで我を忘れて突撃してきた相手への緩急を付けた槍先は。老武侠の胴体へと突き刺さり、致命傷を与える一撃だったが。
さすがは四本槍を名乗るだけあり、心の隙を見事に突かれたのを察知した老武侠は一旦、攻撃を諦め。攻勢に転じたナルザネの放った槍先に、白塗りの槍先を重ねて弾き、捌いていく。
「くっ! だが……今の一撃を避けるとは、やるな……ブライ」
「はっ! 貴様の話が真実だったとて……最早我らは道を引き返せぬ!」
「ならば、方法は一つしかないな。裏切ったとはいえ、我はまだこんな場所で死にたくはない」
白槍と黒槍が、互いの主張が激突し、火花を散らし。
拮抗した威力に、競り合いを嫌った二人は同時に一歩、後ろへと跳び退いた。
この時点でナルザネも、そしてブライも。互いを言葉で説得するのは不可能だと、ようやく理解する。
自分の主張を言い聞かすには唯一、自らの槍で相手を討ち倒す他にない──と。
「「──征くぞ‼︎」」
次の瞬間、二人の武侠が同時に動いた。




