127話 アズリア、先へと進んだ真意
既に門を潜っていたアタシの呼び掛けに、ユーノは自分が吹き飛ばした巨人族を気にしていたが。
「……わ、わかったよお姉ちゃんっ!」
ナルザネやイズミの奮闘ぶりを見て、納得したのか。
ユーノも、ヘイゼルが乗る馬もまた。アタシを追い掛けるように二の門を通過していく。
二の門の先もまた、一の門の時と同じく。左右に並ぶ白塗りの壁によって、進む方向が決められた通路となっていた。
門を抜けてしばらくは無言で進んでいたアタシらだったが。その沈黙を破り、最初に口を開いたのは馬を並べて走っていたヘイゼルだった。
先程、四本槍の一人の巨人の槍を粉砕した時に用いた単発銃の装填をしながら。
「……なあ、アズリアよ。ホントに、あの連中に後衛を任せてよかったのかい?」
少し不安そうに、アタシの決断に水を差すような発言をするも。彼女の懸念は無理もない話だ。
もし、ナルザネら全員が四本槍に敗れることとなれば。四本槍は、二の門を通過したアタシらを後方から追撃してくるだろう。
三の門で待ち受ける障害が何なのかはまだ不明だが、門の警護と四本槍、前後で挟撃されれば戦況は圧倒的に不利となるからだ。
「せめて、あたいとユーノは残って。あの連中に手を貸したほうが──」
「心配は無用だよ」
ヘイゼルは背後を、ナルザネらがまだ戦いを続けているだろう戦場を振り返って。ユーノと一緒に加勢に行く提案をするが。
言葉の途中ではあったが、アタシはその提案を即座に却下する。
「大体、アンタらがいなくなったら。アタシ一人でフブキを守れッてのかい?」
「い、いや、そうは言ってねえけどよっ」
ここでユーノとヘイゼルの両名が二の門に戻るとなると、敵陣のど真ん中でアタシはフブキと二人だけになってしまう。
二の門までの通路では敵の襲撃がなかったとはいえ、三の門が同じ配置であるかは定かではない。
そして、ヘイゼルの提案を否定したのにはまだ理由があった。
「それに……確かに一対一じゃ、勝てないかもしれないけどねぇ。さっきの戦いぶりをアンタらも見たろ?」
ナルザネらに四本槍を任せ、先を急ぐ決断を踏み切った一番の要因、それは。
門を抜けるまさに直前、イズミの咄嗟の指揮やアカメ領主レンガの誇りより勝利を選んだ行動で。実力では上をいく四本槍の三人と互角以上に渡り合っていたことだ。
「しかも敵は三人。対してイズミやナルザネらはまだ二〇騎以上も残ってる。上手く立ち回れりゃ、或いは──」
「でも、よアズリア」
先程、提案を途中で遮られたからか。今度はヘイゼルが、アタシが話している最中に口を挟んできた。
「あの、片眼の男だってアンタが馬から落としてたからだろうし。言うなら巨人族だって、あたいとユーノの攻撃がなきゃ……抑え切れてねぇぞ?」
「そりゃ……まあ、ねぇ」
確かに、ヘイゼルの指摘は的を射ていた。
白尽くめの老武侠と、全く互角に衝突していたナルザネはともかく。
イズミや四人の領主らは、ヘイゼルの指摘した通りにアタシらの援護がなければ。実力の違いから押し切られてしまっていたかもしれない。
「だからこそ、だよ」
だからこそ、アタシはあの連中を二の門より先に進ませたくはなかったのだ。
アタシは、三の門があるであろう進路の先を指差しながら、ヘイゼルに真意を吐露する。
「きっと、三の門でアタシらを待ち受ける敵は四本槍以上の実力の持ち主だろうさ。そんな敵に、領主たちをぶつけたら……想像がつく、だろ」
「つ……つまり、あんたは。援軍をこれ以上先に進ませないため、二の門に置いてきた……ってのかい?」
「まあ、そういうコトになるのか、ねぇ」
一の門では大活躍を見せた、イズミが率いた援軍ではあったが。
二の門に到着して早々に、その騎馬隊の数騎が巨人の一薙ぎで吹き飛ばされるのを。そして、アカメ領主レンガが一対一で隻眼の武侠に遅れを取るのを見てしまったアタシは。
より強敵が待つと予想される二の門の先へ、これ以上イズミら援軍を連れて行くことは出来ないと思った。
「だったら。一言『ここで待て』でよかったんじゃねぇのか?」
「じゃあヘイゼル。アンタは……ユーノに同じ台詞を言って、大人しくそこに留まると思うかい?」
「……ゔ。そ、そりゃ……」
もし、ヘイゼルらが加勢して四本槍を倒し、その勢いのまま三の門に進むとなれば。ナルザネもイズミらにも「留まれ」と言ったところで制止するとは思えない。
彼らは、アタシらに助力するのが目的でなく、あくまで黒幕であるジャトラを打倒するのが目的だからだ。
いくらフブキを連れているとはいえ、余所者のアタシらの言葉など聞く耳は持たないだろう。
ここでアタシが敢えて会話相手のヘイゼルに喩えなかったのは。彼女の性格なら「来るな」と言われたら、状況次第では言葉通りに捉えるかもしれない。
ならば、と。分かりやすい性格をしたユーノに喩えれば、互いに解釈もし易い……と思ったからだ。
「……止まん、ないだろうなぁ……」
「だからだよ。アタシがあの連中に二の門を任せて、先に進んだのは」
戦況を見ていた限り、ナルザネがこちら側に寝返り三人となった四本槍と。イズミと四つの都市の領主に率いられた騎馬隊との実力は拮抗していると判断したアタシは。
無事に四本槍に勝利したとしても。こちらを追ってくる余力は残らない、と推察し。ナルザネらに後衛を任せ、先へと進んだというわけだ。
「それに、フブキに味方する街の領主に何かあったら、騒動が終わった後に迷惑するのはその街の人間だろうから、ねぇ」
ほへぇ、と感嘆の溜め息が聞こえてきたのは。会話をしていたヘイゼルからではなく、背中に掴まっていたフブキからだった。
「あの状況で、そこまで考えてたのね、アズリア……」
「おいおい、何だいフブキ。アタシゃ、そこまで頭使わない人間に見えるのかい?」
アタシの決断が、ただ先を急ぐだけが理由ではなく。実力に劣る若き武侠や、四の都市の領主らをこれ以上の危険に晒さない配慮まで含まれていると知って……のフブキの嘆息。
これまでにもアタシが様々な配慮をし、頭を悩ませてたのを、フブキも見てきたと思うのだけど。
身体も大きく、さらに巨大な剣を振り回して戦う姿のアタシは。今回だけでなく、今までに何度も「頭より先に手が動く」と勘違いされるのには慣れてはいたが。
「これでもアタシゃ、色々考えてるんだよ……ッと」
「え──い、きゃっッ⁉︎」
それはそれ、これはこれ、だ。
アタシは空いていた手を背後に伸ばし、勘違いしたフブキの顔に近付けていくと。
折り曲げた指を離し、彼女の無防備な額を弾いてみせた。
「い、い、痛ったぁぁ……っっ?」
途端、悲鳴とともに。反射的に弾かれた額を抑えるフブキ。
勘違いへのお仕置きを終えたアタシは、馬上でまだ痛がる彼女のさらに後方。
しばらく前に通過した二の門へと振り返り、ポツリと呟いてみせると。
「まあ、一番の理由は。ナルザネの決意を無駄にしたくなかった……ッて、だけなんだけどねぇ」
アタシとヘイゼルの騎乗する馬。
そして、自分の脚で馬について来るユーノは結局、足を止めずに。
黒幕とマツリの待つ城への最後の関門となる、三の門を目指して進んでいく。
いや……行くしかなかった。




