125話 アズリア、ナルザネの意図を知る
徐々に門が内側へと開いていく異常事態に。
慌てて四本槍の一人である巨人族が、その巨躯を以って。開く左右の扉、その隙間に手を突っ込み、閉じようと試みるが。
「ぐ……う、おっっ、だ、駄目だ、と、止まらぬっ!」
どうやら扉の向こう側から、ナルザネの協力者がただ人力で開いているのではないのか。
巨人族の膂力をしても、一度開き始めた扉を止めることは出来ず。
アタシらがただ呆然を見ている目の前で、完全に二の門が開き終えると。
「どういうコトか……聞いても、イイよね?」
アタシの視線を受け止めたナルザネが、謝罪の言葉とともに頭を下げてくる。
「アズリア、それにフブキ様。我に出来るのはこの門を通すことくらいだ……済まぬ」
「いや。それは分かったんだが──」
どうやら先程の片手を上げた動作は、本当に門を開けさせる合図だったようだ。
ナルザネは「済まない」と頭を下げたが。正直、ジンライや後ろに控えた巨人族の実力を見るに。イズミら援軍よりも格上なのは、一目瞭然だ。
アタシやユーノ、ヘイゼルが参戦し、乱戦が始まってしまえば。実力の劣る騎馬隊の被害が大きくなるのは避けられない……だろう。
戦闘が避けられ、無傷のまま二の門を通過出来るのだから。ナルザネの行動は感謝こそすれ、謝られる心当たりなど微塵もない。
「一つ……聞かせておくれよ」
だが、それならば。
息子がいたにもかかわらず、敵の陣営に立って傍観していたナルザネが。何故にアタシの顔を見た途端に、門を開ける判断をしたのか。
「じゃあ何で、子供を邪魔するような真似をしたんだい?」
すると、ナルザネの視線が一瞬。アタシの背中の向こう側にいる息子へと向けられ。続けて目を伏せて、首を左右へと振り。
「我とて、人の親だ。自分の息子をむざむざと死地に歩ます真似など、したくはない……と、いうことだ」
「なるほど……ねぇ」
そう話しながらナルザネは、門が開き切った先へと目線を向けた。
つまりは、二の門の先……三の門には。ジンライら四本槍の実力を超える戦力が待ち受けている、と黙して目線のみで語ってみせる。
それに、ナルザネが父親として息子を思い遣る心情は。
魔竜との戦闘で、放置すれば致命傷となる深傷を負ったイズミの治療を。敵であるアタシに躊躇いなく嘆願してきた事からも、痛い程に理解していた。
「で。そんな強敵に息子をぶつけるのが嫌だから、アタシを当たらせよう……てワケかい?」
どうやら先程のナルザネの謝罪の言葉は。
二の門しか開けられなかった不甲斐なさに対して、ではなく。
三の門に控える強敵をアタシに相手にさせる、という心苦しさから頭を下げてきたということか。
だが。ナルザネの思惑はどうであれ、どうせ三の門を突破するならば対峙しなくてはならない相手でもある。
「まあ、そういうコトなら。遠慮なく──」
後ろにフブキを乗せた状態の馬の歩を進ませて、二の門を潜ろうとしたアタシだったが。
「こ、此処より先には進ませんぞっ!」
今まで会話の外に置かれていた、四本槍の一人の白尽くめの老武侠が。
突然の仲間の裏切りをようやく頭が理解したのか、怒鳴り声にも似た大声を発すると。
白塗りの長槍を振り上げ、顎から伸びる長い白髭を靡かせ。アタシ……ではなくナルザネへと迫る。
「な、ナルザネよっ、き、貴様、正気かっっっ!」
二の門を防衛する、という役割を放棄しただけではなく。みすみす侵入者へと門を開いてみせる、という赦し難い行動に。
白尽くめの老武侠──「白槍」のブライは怒りを露わに、二つ名でもある白塗りの槍をナルザネの頭へと振り下ろすも。
間一髪のところで、ナルザネは得物である黒塗りの長槍を両手で掲げ。殺意が込もる老武侠の槍を受け止めた。
「ざっ、残念だが……ブライ殿。我はいたって正気だ……っ!」
「ならば、何故我々を裏切り門を通したっ? 言えっナルザネっっ!」
白槍と黒槍が激突し。その度に老武侠は裏切りの理由を元は四本槍だった男へと問い掛けるも。
ナルザネは語らず黙したまま、怒りに任せた攻撃を防戦一方で凌いでいた。
一方で、後方に控えていた四本槍は最後の一人となる巨人族が、足音を鳴らしながら動き出し。
「門は、このショウキが通さぬぞおっっ!」
アタシが門を通過するよりも先に、入り口へと立ち塞がり。自分の巨体を以ってこちらの突破を阻止しようとするが。
先程から黙って見ていたのは、四本槍だけではない。
アタシがその実力を認めている、獣人族の少女と元海賊の女頭領もまた、後ろで飛び出す好機を狙っていた。
「はっ、邪魔すんじゃないよこの巨体がっ!」
「お姉ちゃんのじゃま、すんなあああぁぁっっ!」
友軍の騎馬隊の並びを割って飛び出してきたヘイゼルの騎乗する馬と、獣人族ならではの脚力で騎馬隊の頭上から跳躍したユーノ。
ショウキと名乗った巨人族へ、打ち合わせていたのかほぼ同時に。
黒鉄の籠手からは指を一本と、握っていた単発銃の炸裂音が鳴り響き。
「飛び道具か! だが……見えるぞその軌道っ!」
同時に放ったものの、先に巨人へと到達したのはヘイゼルの単発銃の鉄球だったが。
軌道を見切った、という言葉の通り。巨人は握っていた巨大な槍を振るい、自分へと迫る鉄球を撃ち落とそうとする。
見事、単発銃の鉄球を捉えた槍だったが。
激しい衝突音と、火花が散った次の瞬間。
「な……な、んだ、とおっっ⁉︎」
ショウキが握っていた巨大な槍が、鉄球と衝突した箇所から粉々に砕け散る。
一方で、槍を粉砕する威力を発揮したことで。鉄球の勢いは完全に減衰し、地面へと落下してしまったが。
鉄球の軌道のすぐ後ろを、到達が遅れたユーノの放った「黒鉄の礫」の指が飛来し。
たった今、防ぐ手段を失ったショウキの無防備な腹部に直撃する。
「がっ⁉︎……ぐ、おぉぉっっ?」
ユーノの籠手の指が、ショウキの腹に深く減り込み。
苦痛に顔を歪め、痛みに耐えるために歯を食い縛るも。片膝を突いて、折れた槍を支えにすることで何とか倒れるのを耐えてはいたが。
当初の目的であった、アタシの突破を邪魔するための二の門の前への移動は叶わず。
先程、アタシと刃を交え、落馬したジンライはというと。
地面に激突した衝撃から解放されたのか、ようやく身体を起こし。こちらも片膝を突いた体勢で。
「う……ぐ、ま、待て、女っ……俺との勝敗は、まだ決してはおらぬ、ぞ……っ」
落馬へと追い込んだアタシへと、激しい敵意を秘めた視線を向け睨んでくるが。
その隻眼の武侠が、体勢を整えるまでにはまだ若干の余裕がある。
だから、アタシは悩んでいた。
このまま二の門を突破してしまうか。
それとも。白槍と隻眼、巨人の四本槍の三人をここで倒していくか、否か──を。




