122話 アズリア、隻眼の武侠の実力を知る
対照的に、迎え撃つ側の白づくめの老齢の武侠は。叫び声をあげながら馬を走らせる相手へと、顔色を変えず冷静な目線を向け。
「……ふむう。では、戦るかの」
顎から伸ばした長い白髭を、二、三度撫でながら一つ息を吐くと。一度は地面に下ろした白塗りの長槍、その槍先を片手で持ち上げ。再び突撃していくアカメ領主に向けて構えていくが。
「あいや、待たれよ。ブライ殿」
四人の中で唯一、騎乗していた頑強な体格をした壮年の武侠が横から進み出てきた。
「既にブライ殿は数度槍を振るい、お疲れの様子。となれば、次はこのジンライが──」
言葉の意味をそのまま受け取るなら、数人を相手にした老齢の武侠の身を案じて、なのだが。
アタシが見た限り、二人の間に流れる雰囲気としては、どうやら逆の意味。
おそらくは、横から割って入ったジンライなる血気盛んな壮年の武侠が。自分の出番を待ち切れずに出てきてしまった……というのが真相だろう。
「ぬ……ぬおおおおっ⁉︎」
名乗りを挙げて、騎馬での突撃を今まさに行っていた最中のアカメ領主・レンガは。アタシが見ても、どちらへと剣刃を向けるべきかを困惑しているようだった。
挑発の言葉を発したのは白づくめの老武侠・ブライ。
だが、今彼の眼前には壮年の武侠・ジンライ。
喧嘩を売った相手に殴り掛かったら、目の前に違う男が立ち塞がっていたようなものだ。困惑するのは当然とも言えたが。
「え、ええいっ! 何をごちゃごちゃとぉっ!」
だが結局は、両名とも倒さねば二の門を突破することは出来ない。
動揺した胸中を吐き出すように、雄叫びを発したアカメ領主は。眼前のジンライの横を走り抜けながら、すれ違いざまに振りかぶった曲刀の一撃を放つ。
だが、馬の突進力を乗せた領主の攻撃は。ジンライという武侠が片手で握った槍によって難無く弾かれる。
しかも。
騎馬による攻撃が怖いのは、たとえ攻撃を凌いだとしても。馬の機動力ですぐに手持ちの武器の攻撃範囲から離脱してしまうからだ。
レンガもまた、最初の一撃こそ防がれたものの即座に距離を空け。再び攻撃をするつもりだった──が。
油断していたレンガの背中へと、猛烈に風を切り裂く音とともに何かが迫る。
レンガの剣撃を受け流したと同時に、その威力を乗せて大きく槍を回転させ。攻撃の速度を重視するため重い槍先でではなく、軽く扱える真逆の石突でレンガの背中を狙ったのだが。
「う、お……おっ?」
慌てて馬を加速させると。直前までレンガがいたであろう位置を、ジンライの槍の柄が通過していった。
何とかジンライの反撃は回避出来たものの。互いに戦場を馬で駆けるか、馬の脚を止めての馬上での交戦ならばともかく。まさか自分の突撃時にまで反撃が飛んでくるとは、レンガの予想外だったのだろう。
遠巻きにいたアタシから見ても、見事な槍捌きに。
攻撃を無事に回避し、距離を空けたレンガも。即座に次の攻撃には移れずにいた。
「さ、さすがはジンライ。ジャトラの配下に成り下がったとはいえ、四本槍と呼ばれただけはあるわ……っ」
せめて舌戦に持ち込もうとしたのは。今の一瞬の攻防で崩されてしまった自分の優位性を取り戻そう、とするレンガなりの策。だったのだろうが。
ジャトラの配下、と挑発された当の本人は今の言葉に堪えた様子は一切見られず。
「御託はいい。死にたくなければ、もっと強い奴に変われ」
「……なっ!」
寧ろ、ジンライの一言で頭に血が昇ったのはレンガ……という有り様だった。
フブキやイズミの話では。援軍に現れた四つの都市の領主らは、いずれもカガリ家先代当主から力を貸していた歴戦の猛者だと聞いていた。
確かに、ジンライの反撃を察知し、何とか回避出来た体捌きと馬を走らせたレンガの判断は。積み上げた戦闘経験の高さを物語ってくれてはいたが。
それでも、アタシの判断では。まだジンライと名乗る壮年の武侠の実力が上だと見てしまうのだ。
……それに、もう一つ気になる点があった。
「ん? あの、武侠。もしかして……片目が開かないの、かい」
そう、アタシがずっと不思議に思ったのは。
先程、挑発を仕掛けた張本人である白づくめの老武侠に割って入った時から。今、レンガの挑発を軽く去なしている時もだが。壮年の武侠は、片目を閉じたままだったからだ。
すると。背後に乗っていたフブキが直ぐ様、アタシの疑問に答えてくれる。
「──ええ。カガリ家四本槍の一人、隻眼のジンライ。その二つ名の通り、彼の左眼は戦の最中に受けた傷が元で見えていないわ……それでも」
四本槍とは、かつてイズミの父親であるナルザネと交戦した際に。ナルザネが自分の名前と一緒に名乗った二つ名だ。
魔王領にて、ユーノの肩書きである「四天将」と同じように。カガリ家で優れた武勇や成果を出した四人のみが名乗ることが許される二つ名だ、と。過去にフブキから説明されたのを思い出す。
どうやら四本槍を名乗る壮年の武侠の片目は、閉じているのではなく、傷で目が潰れて開かないようだ。
「実力は見ての通りよ。もしかしたら、アズリアとも対等に戦えてしまうかもしれない」
「なるほど、ねぇ。こりゃ……全然見えないよ」
アタシは試しに片目に手を当てて、片目だけの視界を体験してみるが。単に隠した片側が見えなくなり視界が狭まる……で済む話ではない。
見えない片側の視界により一層の警戒心を割かねばならず、精神は絶えず削られるだろうし。それだけ見える範囲への反応も遅れてしまいかねない。
「この視界で、さっきの動きが出来るッてえワケかよ……恐れ入る、ねぇ」
にもかかわらず。自分の横を通り抜けていくレンガの背中を正確に狙い、槍を振るったという事となる。
ジンライの実力を、先程フブキは「アタシと対等」という判断をしたが。同じく片目が見えない条件で戦闘をしたら、アタシは彼ほどに巧みに武器を扱える自信はない。
だとすれば。挑発に熱くなりすぎた友軍の武侠を、ここは後ろに下げるべく声を掛けるべきだったのだろうが。
「これ以上は話すことはない!……たとえ四本槍とはいえ、今は不忠の輩っ! このレンガが討ち果たしてくれるわっっ!!」
隻眼の武侠の挑発に激昂したレンガは、手にした曲刀を頭上高くに振り上げると。
「お、おいッ……待てッ? 止まれッてんだッ!」
アタシが口を開き、制するよりも一瞬早く。
一直線にジンライに向けて突撃を仕掛けてしまったのだ。




