120話 アズリア、城壁の迷路を進む
一の門を突破し、すぐ目の前に二の門が待ち構えているのかと思いきや。
再び馬に騎乗したアタシらを待ち受けていたのは。白く塗られた壁によって隔たれ、右に、左にと移動させられる、密に入り組んだ通路だった。
「参ったねぇ……まるで迷路だよ、こりゃ」
進めども、進めども二の門には到着せず。本当にこの先に門があるのかさえ、頼りなくなっていく。
先行していたイズミら騎馬隊の背中はもう見えず。
アタシらは城の構造を知っているフブキの先導がなければ、今頃は道を間違え、迷っていたかもしれない。
「なあ、フブキッ……ホントに、この道で合ってるのかい?」
「ええ、間違いなく二の門はこの先よっ」
不安になったアタシは、後ろにいたフブキに果たして自分らの進路が間違えていないか、道に迷ったりしてはいないかを確認するが。
城の構造を良く知るフブキは、真剣な表情こそ見せていたものの、平然とした態度で進路の先を指差す。
「しっかし、よお」
アタシと並走するヘイゼルが、不意に空を見上げながらポツリと呟く。
「あたいらが、空を飛ぶ魔法が使えたんなら。こんな迷路みたいな道をバカ正直に通らずに城まで行けるってのに」
「そっか! じゃあボクがっ──」
確かにヘイゼルの言う通りだ。高い城壁に阻まれ、用意された通路をわざわざ進まなければならないのは。アタシらが地に足を着けているからだ。
例えばモリサカが使う竜属性の魔法「竜飛翼」のように、空を飛ぶことが出来れば。
何なら、城と城下街を隔てる三つの門を突破せずとも、城へと到達出来るのに。
きっとユーノも同じ発想だったのだろう。
ならば、と。馬には乗らず、その分自由に動くことの出来る彼女は。前後左右に立ち並ぶ白塗りの城壁に飛び乗ろうとするが。
「……それが、そうもいかないのよ」
ユーノが行動に移るその前に、アタシの後ろに騎乗していたフブキが手を伸ばして彼女が壁に跳び上がるのを制する。
単独行動となるユーノが危険に晒される、という可能性さえ除けば。先行まではさせなくとも、壁の上から正確な道を示唆してくれるだけでも助かる……と思ったのだが。
フブキが止めに入った、という事は。何らかの脅威が想定されている話になる。
「そりゃ、つまり……空を飛ぶ相手にも、予め対策はされてる、ってコトかい?」
アタシの問いに、無言でフブキが頷き返すと。
今、通路を走り抜ける正面ではなく。左右に立ち並ぶ白塗りの壁を指差しながら。
「あの壁の中には、飛び越えようとする人間を鉄の矢で撃ち落とすよう仕掛けが施されてるのよ」
「──え、ええっ⁉︎ あ、あぶなっ!」
城壁に仕掛けられた罠の説明をフブキの口から聞いて。
壁に跳び乗ろうとしていたユーノは慌てた顔で、壁から遠ざかるように小さく飛び退く。
「勿論、城の至る箇所にも同じ仕掛けが、ね」
「じゃあ、アタシがモリサカに頼んで城の最上階まで連れて行って貰おうとしてたら……」
「そりゃ、その時は全力でアズリアを止めたわよ」
選ぶ可能性はあったものの、迎える事のなかった選択肢の話に。アタシは声を上げて、フブキは口に手を当て小さく笑い合っていた。
「まあ……ユーノだったら鉄矢なんて物ともしないとは思うんだけどねぇ」
或いはユーノであれば、鉄矢の罠など障害にもならず。飛び交う矢を回避し、籠手で打ち落としていくかもしれない。
それでもユーノを止めたフブキの心情は分かる。
実は先程、扉の裏側から金属製の棒で閉ざされている門の構造を知った時。身軽なユーノに壁を跳躍させ、棒を外して貰えばもっと楽に一の門を突破出来ただろう。
それでもアタシがユーノに門の裏側に回る指示を出さなかったのも。門の向こう側に敵が潜んでいた場合、ユーノをいらぬ危険に晒してしまうからだった。
「だけどよ。じゃあ、迷路みたいな道を言われた通りに進まなきゃならない状況は、変わらず……ってことかよ」
城壁に仕込まれた罠の存在に、せっかく閃いた名案を阻止され。思わず悪態を吐くヘイゼルだったが。
結局のところ、彼女が言うようにアタシらの状況は、壁が示す通りの通路を進まされるのには変わらないのだ。
「文句より、さっき撃った単発銃、今のうちに準備しときなッての」
「へいへい」
そして、いきなり二の門が目の前に現れ、到着するかもしれない。
アタシは愚痴を漏らすヘイゼルに、一の門を突破する際の戦闘で使った単発銃の装填を済ませておくよう促す。
ヘイゼルが主武器として使用している単発銃は。着火すると爆発を起こす黒色の粉「火薬」を利用し、小さな鉄球を飛ばす射撃武器だ。
小さな鉄球と侮るなかれ。火薬の爆発を利用して鉄筒から発射される威力は、鉄製の兜や鎧を容易に貫通する程だ。
大陸は東に広がる閉鎖的な国家、ロータス帝国を経由して海の王国で使われている恐るべき武器だが。当然ながら大きな欠点もある。
一度鉄球を撃ち出してしまうと。次の鉄球と火薬を装填するのに少なくない時間を要し、しかも準備の際は無防備になってしまう……という欠点が。
ヘイゼルは空になった単発銃の他、腰にもう一本。用心のために単発銃を所持していたが。
先程、一の門に待ち構えていた武侠の数は二〇〇人を超え。一本の単発銃だけで戦闘を切り抜けることは到底不可能だと思ったのだろう。
「よっ……と」
ここはアタシの提案を素直に聞き入れ、単発銃の装填を始めるヘイゼル。
馬に跨がった体勢のまま、器用に懐から小さな包みと鉄球を取り出し。手綱と一緒に握った単発銃の鉄筒の口に投入していくと。
最後に木の棒で、鉄球と包みを筒の奥へと押し込んでいった。
ヘイゼルの手際は実に見事なもので、「時間が掛かる」と聞いていた装填だったが。
彼女が装填に要した時間は、十字弩の短矢の装填とさして変わらぬ程だった。
「へ……え、単発銃ってのは、そんなやり方で鉄球を込めるんだねぇ」
「あん?……そういや、あんたは単発銃に弾込めるの見るのは初めてだったっけ」
「まあ、ね」
彼女……ヘイゼルとは、海の王国での奈落の神を巡る騒動以来、もう一月ほど一緒に行動していたが。
単発銃の装填をアタシが間近で見るのは、これが初めての機会だった。
火薬を使う筈なのに、黒い粉を投入した様子は見られなかったが。
おそらくは先程。彼女が懐から鉄球と一緒に手にした薄い草紙で包んだ物の中に、火薬は入っていたのだろう。
装填を終えた単発銃を握り、真っ正面に鉄筒の口を向けたヘイゼルは。
「さあ、次に待ち受けるのは三〇〇人かい? それとも四〇〇人かいっ」
「いやいやいや……アンタはさっき、ほとんど戦ってないだろッ……」
などと戦意溢れる発言を口にし始める。
一の門の戦闘で。後ろで控えていて構わない、と言ったのはアタシだし。
フブキを庇っての単発銃の一撃には助けられたのも、まあ……事実ではあるが。
だからといって。先の戦闘で多くの敵武侠を倒したような発言は。頭では許しても、さすがに身体が許容出来なかったのだろう。
思わずアタシの手が動き、ヘイゼルの頭を小突いてしまっていた。
「痛てっ? そ、そういのは気分だろっ!……たくよぉ」
⬛︎ロータス「機械」帝国
シルバニア王国の東部南側に広がる国家で。錬金術と蒸気機関が発達し、周囲より一歩進んだ技術力を持つがこの国以上に閉鎖的な国。帝都はブランゼルダ。
この国から、わずかばかりに海の王国に漏洩した技術が。ヘイゼルの用いる火薬と単発銃である。




