119話 アズリア、門と門の間幕
重く閉ざされていた一の門が完全に開いたことに。
「「う……うおおっっ! やったっ、やったぞ!」」
扉を押していた武侠だけでなく。騎乗したままのイズミを始め、四の都市の領主らもまた驚嘆の歓声を上げつつも。
全員が武器を拾い、馬に跨がって。門を抜ける準備を整えていた。
そんな武侠らの喜ぶ姿を。少し離れた場所で腕の疲労を少しでも取るため、身体を休めながら眺めていたアタシだったが。
「おぉ、おぉ……まだ門を一つ突破しただけだってのに、凄い喜び様だねぇ」
「そりゃ、あの門を人の手で開けるなんて……目の前で見てた私も信じられないくらいだもの」
警戒を解いていたところに、不意に後ろから肩を叩かれる感覚と掛けられた声に。
ハッと驚き、後ろへと振り返るとそこには。
「ふ、フブキッ?」
声を掛けたフブキが立っていたのは当然だったが、アタシの肩を叩いたと思っていたのはフブキの手ではなく。
馬に跨がったままのヘイゼルの足先だった。
「残念だったね、そりゃあたいの足だよ」
「……なんだい。ずっと見学してた分際で、人を足蹴にしやがって」
騎乗していたからとはいえ、アタシの背丈であれば少し屈んで手を伸ばせば肩に手は届くだろう。さすがに足蹴にされたのには、少し苛立ちを覚えたが。
考えてみれば、アタシが後方に退がったフブキを気にせず前線で暴れられたのは。ヘイゼルがしっかりと控えていたからだ。
イズミとの会話の最中に突撃してきた敵騎兵を、単発銃の一撃で沈めたのを思い出し。
「まあ……イイわ。フブキをありがとな、ヘイゼル」
「およ?……なんとも張り合いがない感じだね」
「そりゃ、あんな重い門をこじ開けたんだ、疲れてんだよ、アタシゃ」
胸に湧きそうになる怒りをアタシは鎮めながら、ヘイゼルとの毎度ながらの軽口の叩き合いを楽しんでいた。
だが、横でアタシとヘイゼルの会話を聞いていたフブキは「互いに楽しんでる」という前提を読み取れなかったようで。
「……ちょ、ちょっと二人とも? こんな場所で言い争いはしないでよねっ!」
焦った様子でアタシとヘイゼルとの間に割って入り、互いの顔を覗き込みながら言葉を制しようとしてくる。
本当にアタシらが喧嘩を始めてしまったら、彼女では到底制止出来ないのを知っているからだ。
「……く。ぷ……ぷッ」
そんな彼女の慌てた表情を見たアタシは、思わず顔が綻び、笑みが溢れてしまう。
しかも、どうやらヘイゼルも同じ感情を抱いたようだが。アタシと違うのは湧き上がる感情を隠そうとはせず、馬上で大きく笑っていたからだ。
「あっ……はははははははっ! お姫様っ、これはあたいとアズリアのいつものふざけ合いってヤツだよっ」
「──へっ? あ、ああ……そ、そう、なの、ね」
しかも、フブキが読み違えたことまで指摘してしまったために。必死で口喧嘩を止めようとしていた彼女は、数歩ほど後ろに退がり。
勘違いをした恥ずかしさからなのか顔を真っ赤にしたまま、俯き黙ってしまう。
「こりゃ……少しソッとしといたほうが良さげ、だねぇ……」
これから二の門に向かうため、声を掛けて慰めようか迷ったアタシだったが。下手に感情を刺激すれば立ち直るのに、さらに時間を要する可能性もある。
ならば今は声を掛けず放置するのが最善だろう、とアタシは判断した、その時だった。
「お──姉ちゃああぁぁぁぁんっ!」
フブキとヘイゼルの接近で、一度は解いた警戒の網に引っ掛かる気配を感知し。
アタシは立っていた位置から真横に飛び退くと。
「ふえっ? うわあだめだめえぇぇ……へぶしっ⁉︎」
ヘイゼルの時と同様に、真後ろからアタシの背中に両手を広げて飛び付いてきたユーノだったが。
横に移動したことで、その抱擁を回避してしまい。
盛大に地面に顔面を激突させてしまうユーノ。
ユーノが突っ込んできた脚の速さから、地面に激突したユーノの状態が心配で。恐る恐る、うつ伏せに地面に倒れていた彼女に声を掛けるが。
「お、おい……大丈夫かい、ユーノッ?」
「ひ……ひどいよ……お姉ちゃん……ボク、ただ……だきついただけなの……にっ」
顔のあちこちに擦り傷を作り、泥と砂塗れにはしていたものの。直ぐに起き上がったユーノは、横に退いて自分を避けたアタシへと恨めしげな視線を向ける。
「いや、さ、加減ってヤツをもう少し考えてくれないかねぇ……ユーノ」
ヘイゼルに足蹴にされ、下手に警戒を強めにしていたのもあったが。戦闘が終わった後の興奮状態のユーノの突撃がまともに当たれば、アタシとて受け止め切れる自信はない。
まあ、さすがに無数の擦り傷が顔に出来てるのを見て罪悪感が湧いてきたアタシは。
「でも、避けちまったのは悪かったよ。ユーノ」
「あっ……え、えへへぇっ」
起き上がってきたユーノの頭を、優しく撫でてやると。
先程まで不機嫌そうだった彼女の表情が途端に緩み、少しだらしない笑顔に変わっていく。
「で。どうだったかな、ボク?」
「ん? どうだった……ッてのは、一体どの話だい?」
すっかり上機嫌に戻ったユーノは、上目遣いで何かを訊ねてくる。
褒められる事を催促しているかのようなユーノの態度だったが。何の事を聞かれているのか、アタシには思い当たる点がいくつかあった。
アタシとは別行動で前線の武侠をフブキに向かわぬよう抑えた事か。
それとも、最後衛の鉄矢を放つ弓兵隊を迅速に撃破した事だろうか。
もしくはアタシが援軍の騎馬隊を相手にしていた間、門の警護の武侠を壊滅させた事を言っているのか。
果たしてどの成果について聞いてきたのか、アタシは一つずつ本人に聞いていこうとしたが。
こちらが話すよりも前にユーノが口を尖らせる。
「ぜんぶ、だよっ。ボク、お姉ちゃんのやくにたてた……かな?」
ユーノの「役に立てたか」という言葉で、ようやくアタシは彼女の態度の真意に気付く。
道中での馬の名付けでユーノの案が選ばれなかったために不機嫌になった事や、魔竜の眷属からの奇襲時に警戒を怠り油断したユーノが傷を負い、厄介な毒を受けた……等といった積み重ねが原因で。
迷惑を掛けた、と思い込んで無謀な突撃に名乗りを上げるユーノとアタシは、秘密の山道を抜け、一の門に向かう直前で言い争いを起こすまでの事態となった。
その時にはユーノは「全然気にしていない」と口にしたため、懸念は解消されたものだと勘違いしていたアタシだったが。
一度、慰めの言葉を聞いただけでは。「アタシに迷惑を掛けた」というユーノの懸念が消えてはいなかった。
ユーノの懸念を払拭するためには、本人が納得する形での成果が必要だったのだ。
「ああ、もちろんだよ。アンタのおかげでフブキが狙われるコトもなく、アタシも楽に戦えたよッ」
「ほ、ほんとっ?」
「次もこの調子で頼むよ、ユーノッ」
アタシは頭を撫でたまま、今回の戦闘でのユーノの成果が満足のいくものだった事を告げる。
今回の成果で、ユーノの懸念が解消されてくれることを願いながら。
「──うんっ!」
アタシの言葉を聞いて、満面の笑顔をこちらへと向けるユーノだったが。
ユーノの内心から、役に立とうと焦る懸念が消えたかどうかはわからない。何しろ、先の言い争いの際にもユーノは笑顔で応えたからだ。
何しろ、二の門以降でどれほど危険な相手が待ち受けているかはわからない。
その時に再び、ユーノが功を焦るあまり。無謀な突出をしないことを信じるしかない。
こうして。
イズミが率いてきたリュウアン・コウガシャなど四つの都市からの援軍の騎馬隊が先行し。その後をアタシらが進む隊列となって。
シラヌヒ、一の門を突破していった。




