11話 アズリア、氷の精霊と拳を交える
いよいよ次で100話です。
「……な、何が起こったんだよ……くそっ、ようやく目が慣れてきやがった……」
氷の壁に刻んだ魔術文字を発動した途端、アタシは目映い光に包まれて何もかもわからなくなった。
ふと、足元の地面を踏みしめる感覚さえも消えたような気さえした。
光で奪われた視覚がようやく戻ってきたアタシの視界に映ったのは……先程までいた洞窟や氷壁ではなかったのだ。
不思議な空間だった。白い石のようなもので出来た床に、氷で出来た宮殿?いや、闘技場と喩えたほうがしっくりとくる、そんな場所だった。
「なッ、なんだいこの場所は?……アタシはさっきまで洞窟の中でロシェットに案内されて……」
驚きの余り、周囲を何度も見返してみるが。
そのロシェットはおろか、アイビーやリュゼらの姿も見えず、この空間にはアタシしか存在していなかったのだ……つい先程までは。
その空間に突如現れたのは、白銀の髪をなびかせた気の強そうな雰囲気の女性。
「……ほう。私が所持する氷の魔術文字と契約するような物好きな人間がまだこの世界に存在していたのかと思い、我が精霊界に召喚してみたのだがな」
「……ここは、本当に精霊界なのかい?」
見た感じは師匠がいた大樹の中の世界とも、水の精霊に呼ばれた水中にある部屋とも違うのだが。
確かに周囲に漂う濃い魔力と、目の前の精霊と同じような雰囲気は今まで訪れたことのある二つの精霊界と似ている、と言えないこともない。
「……やはり面白いな、お前。未知の空間にいきなり召喚されてなお冷静さを失わないとはな。それでこそわざわざこのような場所を用意した甲斐があったというものだ」
目の前の精霊は漏れ出す膨大な魔力を隠すこともなく、両の拳をガツン、ガツンと打ち鳴らしながら歩み寄ってくる。
──── ああ、つまりはそういうコトか。
この精霊の意図を理解したアタシは、右眼に刻まれた「wunjo」を出し惜しみすることなく全力で発動し、背中の大剣を握るとこちらからも歩み寄って間合いを詰めていく。
やがて、息を感じ顔が触れそうな距離までアタシはその精霊と肉薄し。
「アタシがこの魔術文字に相応しいか腕試し、というワケだよね。好きだよ、そういう単純明快なのは」
「早速理解してくれたようで助かるぞ。何しろ魔術文字を求める人間が現れたのは百年ぶりだ……この氷の精霊セルシウスを楽しませてくれよ、人間」
「人間じゃないよ……アタシの名はアズリアだ」
「ああ、済まないアズリア……出来れば拳を合わせた後もお前の名前を忘れないでいたいものだがな」
アタシと氷の精霊。
申し合わせる事もなく、一度拳と刀身をカツンと軽く打ち鳴らすのを合図にし。
互いに後ろに飛び退いてアタシは大剣をしっかりと握り直して、氷の精霊から視線を離さないようにする。
────そして。
手には武器らしきモノは持っておらず、拳を打ち鳴らす仕草から、隣接しての格闘戦が得意だと氷の精霊の戦法を読んだアタシは。
普通ならば大剣の間合いを維持しようとするところを、敢えて向こうの得意な間合いで勝負する!
「……ほう。自分に有利な距離を捨て、間合いを詰めてくるとはな。何を企んでいるのか、それともただの馬鹿なのか……果たして」
アタシは大剣を背中に戻し、拳を構える。
「……アタシを試したいんだろ?なら拳で勝負といこうじゃないか……ッ」
「……だが、よいのか?拳で戦うとなれば私が圧倒的に有利だぞ」
「……御託はいいよ、後は拳で語ろうじゃないか」
氷の精霊の振るう右拳をギリギリで躱し、出来た隙を突いて彼女の顎目掛けて振るうアタシの拳だったが、軽々と身を翻して回避されてしまう。
「……やるな、だが。これを躱せるかな?」
その体勢から回転して繰り出される彼女の左拳での裏拳を、両腕を使って何とか受け止めるアタシ。
「……ほう、どうやら本気のようだな……それにしても意外と動けるではないか。ますます面白いな、お前」
「……あの体勢から拳が飛んでくるのか、厄介だね……こりゃ」
「だが、私の拳を避けずに防御したのは間違いだ。私が氷の精霊だということを思い知るがいい」
氷の精霊の言葉の意味。
それは、左拳を受け止めていたアタシの両腕を見ると霜が着き始め、冷気で腕の感覚が鈍くなっていくのを感じて、ようやく理解出来た。
「私の拳には氷の魔力を乗せている。直撃は避けられても拳がかすめただけでも氷の魔力によってお前の身体は徐々に凍り付いていくだろうな」




