115話 アズリア、依頼を受けた理由
僅かなズレもなく、首に喰い込んだ大剣の刃は。太い首の骨を一瞬で断ち、武侠の首もろとも生命を絶った。
「……ッッ」
手に伝わる柔らかい肉を裂き、硬い骨を両断した時の感触が。否が応にも「助けた」のではなく「殺した」のだと訴えてくる。
アタシがやったのは、もう助かる見込みのない致命傷を負い、絶え間無く襲う死の苦痛から解放する行為……なのだが。
今回の戦闘だけでも、握っている大剣で何人の武侠を斬殺したのか数えてなどいない。そんなアタシが、今さら一人の生命を絶ったところで何を思うのか、だが。
「やっぱ、無抵抗の相手に剣を向けるのは……あまりイイ気持ちじゃない、ねぇ……」
アタシは、今まさに首を斬り落としたばかりの武侠の、物言わぬ亡骸を見つめながら。
ボソリ……と今の気持ちを吐露していく。
敵意を露わにし、こちらを殺そうと武器を向けた相手に剣を振るう事には何の躊躇いもない。
例え、その相手が女や子供だったとしても。
しかし戦闘が終わり、戦いの中での高揚した精神が冷めていく最中に。敵意を持たない負傷者に対し、死の苦しみを絶つためとはいえ剣を振るうのは。
いつになっても慣れない……いや、慣れたくないものだ。
こうしてアタシは、戦場となった一の門の前を歩いて回り。助かる見込みのない何人かの負傷者を、同じく大剣でトドメを刺す。
同様に、イズミが引き連れてきた四つの都市の領主とその武侠らも。治療を施せばまだ助かる負傷者を運び出し、致命傷を負った武侠を介錯を手伝っていたが。
「……が、ふ……た、たす、け、て……」
「ぐ、ぐっ?……お、俺には、やはりっ……」
だが、やはり。今でこそ当主の座を強奪したジャトラと、その支配を受け入れぬ勢力とに分裂してしまって敵対はしても。元は同じカガリ家という旗の下に集った味方同士。
致命傷を負い、逃れられない死の苦痛に呻き地面に倒れていた一人の負傷者へと剣や槍を振り下ろそうとするが。介錯する側の顔が苦悩に歪み、一度は武器を持つ手が止まる。
という様子を見ていたアタシの腕に、そっと何かが触れる。
「……アズリア」
首を動かさずに、目線のみを横に向けると。
それは、こちらに遠慮したようなか細い声で、アタシの名を呼ぶフブキが伸ばした指だった。
おそらくは、戦闘の最中から明らかに気落ちしたアタシを心配して声を掛けてきたのだろう。
「アタシゃさ……身内同士の争いッてヤツにはさ、あまり関わりになりたくないんだよ」
「え?」
「元は、同じ仲間だった連中が。次の日にゃ武器を持って殺し合うのを見てるのが……どうにも悲しくなって、ねぇ……」
そう言ってアタシは、フブキから目線を外し。
負傷者への介錯を、一度は躊躇っていた武侠へと視線を向けると。
「済まんな……許せ、許せ、っっ!」
「が……ふ……っ」
武侠にも様々な葛藤があったのだろうが。
目を閉じて、悔恨と謝罪の言葉を口にしながら。一度は止めた槍先で、負傷者が装着した金属鎧に守られていない首を一突きしトドメを刺す。
「──うっ」
その瞬間。横でアタシの腕を掴んでいたフブキが声を漏らすと同時に、顔を背けて目を逸らしていた。
フブキもまた、戦闘の最中には目の前で敵武侠が血を流して倒れても平気な程に、精神が高揚していたのだろうが。
そこはやはりお姫様という立場。戦い以外での人の生き死には直視出来なかったのだろう。
だが。
「フブキ。ちゃんと見ときな」
アタシはたとえ敵であっても、二人のために死んだ姿から目を逸らすフブキの行為が許せず。
少しばかり語気を強く、フブキに対し目を逸らさずに目の前の光景を直視するよう促すと。
「う、うんっ……」
語気を強めたにもかかわらず。素直にアタシの言葉を受け入れて、一度は背けた顔を真っ正面へと向けてくれる。
フブキが意図したわけではないだろうが。今、一の門の前を戦場に争った武侠らからすれば、先程の戦闘は。
先代当主の正当な血統であるフブキの姉・マツリを選ぶか。それとも当主の座を力ずくで奪ったジャトラを選ぶかの権力闘争でもある。
だからこそ……フブキには姉のために散っていった生命を見て見ぬ振りだけはして欲しくなかった。そんなアタシの勝手な気持ちからだが。
どうやらこちらの意図が、言葉にせずとも通じたのか。
槍を喉に突き刺された武侠が息絶える様子を瞬き一つせず、真剣に凝視していたフブキだったが。
「ね……ねえ、アズリア? 一つ、聞いてもいいかしら」
突然、何事かをアタシへと質問しようというフブキだったが。彼女の態度、それに言葉の端々に躊躇が感じられたことで。
聞きにくい内容の質問であろうことは、すぐに理解したアタシだったが。
「ああ、何でも答えてやるよ。一つだけなら、ねぇ」
普段であれば感情的になって言い返してきてもおかしくなかった先程のやり取りで、素直にアタシの言葉を聞き入れてくれたお返し……というのが理由ではないが。
アタシは何を聞かれても「答える」と、笑顔を浮かべてフブキに返答してみせる。
さて、何を聞かれるのか。
アタシの過去、大陸の情報、右眼の魔術文字の事など。フブキが疑問に思いそうな話題を想定し、次々に頭へと浮かべていったが。
「何故、私の依頼を引き受けてくれたの? さっき、御家騒動に関わるのはイヤ……って言ったのに」
フブキが質問してきたのは、アタシが頭に浮かべた内容のどれでもなく。
フルベの街への道中に、彼女と姉マツリを再会させるという依頼を即答で引き受けたのかという理由を、だった。
予想が外れたことに、肩透かしを食らうアタシ。
「そ、そんなコトで、よかったのかい?」
「そ、そんな事って……これでもアズリアにずっと聞けなくてモヤモヤしてた事なんだからねっっ!」
てっきり、もっと深刻な質問をされる事態も覚悟していただけに。アタシは少し間の抜けた声を出してしまったが。
フブキの胸中では、こちらが想定した質問よりも深刻な悩みだったのだろう。何しろ、依頼を承諾したのはフルベに到着するより前。既に十日以上は経過していた。
という事は、十日以上も悩みを抱えながら一緒に行動していたというわけだ。
「──……うぅぅっ」
その悩みをようやく吐き出したというのに、アタシに間の抜けた態度を取られてしまえば。フブキでなくても怒鳴りたくもなるというものか。
アタシは興奮したお姫様が少し落ち着くのを待って。一度咳払いしてから、フブキが待ち望んでいた理由の説明を始めていく。
「……アタシが最初、この国で見た村はさ。飢えに苦しむ住人が一人もいない、豊かな村だったんだよ」
モリサカやチドリと出会ったハクタク村には、水を張った畑に、米なる農作物が育っていて。近くを流れる川には、大陸の村では稀にしか見ない水車まで設置されていたり、と。
「村の様子を見て。ああ、この領地を治めてた当主様ってのはだいぶ名君みたいだ……と思ったんだよ、アタシはさ」
アタシはふと、村の風景を頭に思い出しながら。村があるだろう方角を見上げながら、遠い目をする。
本拠地から見て、ハクタク村が何処の位置にあるのかはアタシは知らないが。




