114話 アズリア、残った武侠を街へ逃がす
それに比べ、味方の損害はごく微小だ。
友軍だと思って不意を突かれた、というのもあり。イズミが率いてきた騎馬隊は、その後の交戦で三騎ほど戦線を離脱し犠牲となっていたものの。終始、戦況を優位に進めていたし。
……門を警護していた武侠に至っては。
「うりゃりゃりゃりゃりあああっ!」
前方からの騎兵の突撃に加え。武侠らの真っ只中には、次から次に立ち塞がる敵を両の拳で吹き飛ばす大活躍を見せるユーノがいた。
命中した箇所の骨を粉砕する、恐るべき威力のユーノの鉄拳だが。それでも、この戦場で一番敵を殺めていないのも、実は彼女だった。
というのも……この国の武侠は、転倒したり落馬した相手に一片の容赦なくトドメを刺す。
一方でユーノは。殴り飛ばした敵が立ち上がり、もう一度攻撃を仕掛けてこない限りは追撃を掛けないし。一度、ユーノの実力を肌で味わい、倒れてもなお戦意を維持出来る者など一人もいなかった。
なので、必然的にユーノに殴り飛ばされ幸運にも致命傷を負わなかった武侠の中には、生命を拾うことになる理屈だ。
だが、全員が助かったわけではない。
当然ながらここは戦場だ。馬上からの槍が届く範囲に倒れていれば、容赦なくトドメを刺すための騎兵の槍が急所目掛けて降り注ぐからだ。
という事もあってか。既に敵武侠の数は、目視しただけでも三〇を切っており。まだ存命ながら負傷者は数知れず。
全員が戦意をほとんど喪失していたが。
「ぐ……くそっ、最早これまでか……っ。全員、退くぞ!」
「で、ですが、一体、何処へ逃げおおせばっ?」
武侠の一人が門からの退却を示唆するも。
周囲を見渡せば、前方にはイズミら騎馬隊がシラヌヒ城下街までの行く手を阻み。
さらには敵陣の真ん中に居座っていたユーノが、両手を広げて立ち塞がる。
「ぜんいん、にがさないよっ!」
生き残った武侠が、負傷者を連れて戦場から逃走するのを許さないという考えからなのだろうが。
状況を遠目で見ていたアタシは、敵武侠を最後まで追い込む気に溢れていたユーノへと声を上げた。
「いや、ユーノ……今残ってる連中を全員、逃してやんなッ!」
「ええっ、どうしてっ?」
アタシの提案を聞いて、律儀に広げていた両の腕を下ろし、驚いた声を出すユーノ。
だがどうやら、アタシの言葉に驚いたのはユーノだけではなかったようで。
「ど、どういう事ですか、アズリア殿っ? みすみす敵を見逃がすような真似をっ!」
先程まで再会の言葉を交わしていた若き武侠・イズミもまた。アタシの提案に納得がいかないのか、語気を強めて疑問を投げ掛ける。
「言った通りさ。アタシらの目的は、敵を殲滅するコトじゃあない。門が突破出来りゃ、それでイイんだ」
「で、ですがっ! ここで警護を逃がせば、彼らは街に待機した武侠を集めてもう一度我らを攻撃するでしょう、だから今ここでっ──」
警護を逃がしてしまえば、一の門を突破する障害は取り除かれる。これ以上、戦闘を続行しても無用に消耗するだけだとアタシは説くが。
イズミは、逃がした武侠が人員と体勢を整え直して、背後から今一度攻撃してくる懸念を主張し。一歩も引かない様相を呈していた。
「まあ、落ち着いて聞けッての、イズミ」
そんなイズミの言葉を途中で遮る意図で、アタシは彼の顔の前に開いた手を伸ばすと。
何故、生き残った連中をアタシは逃がそうとしたか。その二つの理由の一つをイズミに説明する。
「今は敵対してるッていっても、あの連中もアンタらも、元はカガリ家に所属してる仲間だろうが」
今、カガリ家で起きているのは。大陸の貴族や王族ら権力者の家系では頻繁に発生する継承者争い、つまりは権力闘争だ。
権力の椅子を欲する者同士は、確かに顔も見たくない程に敵対しているのだろうが。争う権力者の配下は決して同じではない。
元は同じ国、同じ家の人間が複数の陣営に無理やり分割され、争いに巻き込まれることになる……それが権力闘争というものだ。
今、交戦している門の警護の武侠も。フブキの姉が当主の座を取り戻せば、今度は当主やフブキを護衛する側に立場を変えるのだから。
「──あ」
どうやら、アタシの意図をイズミも理解したようで。
先程まで攻撃の続行を強く訴えていた言葉を詰まらせ、門の戦況と騎馬隊同士の競り合いへもう一度目線を移すイズミは、少し考え込んだ後に。
「み、皆の衆っっ! 勝敗は決したっ……残った敵は一人残らず街へと追い込んでくれっ!」
門の警護を攻撃するコウガシャを名乗った騎馬隊と、残り僅かの騎兵を相手にしているリュウアンと名乗った騎馬隊へと大声で指示を出す。
何も包み隠さず「逃がせ」と口にしたアタシとは違い、あくまで攻撃を止めはしないが。敵の全滅が目的ではなく、城下街へと警護の武侠を移動させるというイズミの指示に。
「「──応っっっ‼︎」」
あからさまにシラヌヒ城下街までの逃げ道を開けた上で、騎馬隊の攻撃が再開されるが。
実は……もう一つ、アタシが門の警護を全滅にまで追い込むことを躊躇した理由があった。
それは、海底都市での一件である。
この国から潜入したナズナが、目的を達成するために。自分の生命を犠牲にする自爆という手段を躊躇うことなく実行してきたのだ。
今はウコン爺の療養所で治療中のナズナと、目の前の武侠が同じではないが。追い詰められた連中が「全滅するならば」と自爆、もしくは似たような手段を実行し。
勝てぬまでも、こちら側に甚大な被害を出す可能性をも考えたのだが。
どうやら、アタシの懸念は杞憂に終わる。
イズミの指示通りに動いた、四つの都市からの援軍の騎馬隊は。警護の武侠をどんどんと城下街へと追い込んでいき。
「もはやこれまで、ならば……うおおおおっっ!」
敵前よりの敗走を良しとせぬ何人かの武侠は、生命を捨てる覚悟で突貫し。
「くっ……事情を知らぬ余所者に、フブキ様の偽者、それに裏切り者に、情けをかけられるとはっ……」
と、騎馬隊やアタシらに対して、悪態や恨み言を口にしながら真っ先に逃げる武侠も数名はいたが。
大半の武侠は。かろうじて生命はあったが、脚を負傷したり、思った以上の深傷で立って歩けない負傷者に肩を貸しながら。
「済まぬ……恩に着るっ」
こちらが連中を逃がす意図で動いていることを理解し、軽く頭を下げながら感謝の言葉を残し。
こうして、門を警護していた二〇〇名ほどの武侠に、後に援軍として合流した騎馬隊も全員が負傷者を連れて城下街に退却していったが。
最終的に、まともに動けた人間の数は三〇名にも満たず、負傷者の数が圧倒的に多い上。動けた全員が負傷者を抱えていたわけではない状況下では。
この場に放置されてしまった負傷者もいた。
「……さて、と」
アタシは、まだ敵対する武侠が潜んでいないかと警戒を怠らず。置いていかれた負傷者の状態を確認していく。
とはいえ、治癒術師でもないアタシは。あくまで目視の限りで、既に治療しても助かる見込みのない致命傷と、そうでない傷の区別が出来る程度だ。
手足の傷ならばまだ治療が間に合えば助かるだろうが、首や胸、腹を剣で斬られたり槍で突かれた場合、助かる見込みは……ない。
目の前に転がっていた武侠もまた、その一人のようだった。
「こりゃ……肋骨が息袋に突き刺さってる。もう……助からない、ねぇ」
武侠が装着していた鎧が不自然に押し潰れた痕を見るに、おそらくは、ユーノの鉄拳が胸に直撃したのだろう。
「か……は……がふっ……ひゅぅぅ……ひゅぅぅ……」
見た目には身体のどこからも血を流してはいないが、口からは大量の血の泡を吐き出していた。折れた胸の骨が、息袋を貫通していたのはアタシにも理解出来た。
これ程の重傷は、「生命と豊穣」の魔術文字を使っても手遅れだ。
「なら、せめて──アタシが楽にしてやるよ」
アタシは背負っていた巨大剣を握り、切先を真上に構えて頭上に掲げていくと。
地面に寝転んでいた、血の泡を苦しそうに吐く武侠の顔に、僅かにだが……笑みが浮かんだように見えた。
そして、アタシは大剣の刃を振り下ろす。
苦しまぬよう、一瞬で男の首を斬り落とすために。




