112話 アズリア、まさかの顔と再会
すると、目の前にまで迫った若き武侠は頭に手を伸ばし。まだ名前が出てこないアタシに配慮したのか。
被っていた兜を脱ぎ、顔や髪が良く見えるように晒していくと。
「あ、アンタはッ!」
「思い出していただけましたか、アズリア殿」
その顔は、フルベの街に到着した際に。理由あってアタシらと同行していた、カガリ家の武侠・ナルザネの配下の一人。
ナルザネの息子イズミ、その人だった。
「あの時は、敵である自分の生命を救っていただき、感謝の言葉もありませぬ」
「い、いや。助かったのならよかったけど……さ」
彼らは、幽閉されていたフブキを逃がさまいとアタシらの前に立ち塞がったジャトラ陣営の武侠だったが。
突如、出現した魔竜の首を倒すため、共闘することとなり。その戦闘中に背中に放置をすれば致命傷になり得る深傷を負ってしまったのだが。
その深傷を、アタシの「生命と豊穣」の魔術文字で治療し。生命を救った……という経緯があった。
「で……あの援軍の説明するって言ったけど。確か、フブキの話じゃ他の都市の領主だって聞いたよ」
「アズリア殿の言う通り。彼らは皆、強引に当主の座に就いたジャトラを快く思っていなかったのですが──」
すると若き武侠は、アタシから一度視線を外し。隣に立っていたフブキを見ると。
「え? わ、私っ?」
イズミだけでなく、横にいたアタシにも注目されていたのが自分だとは思っていなかったのか。
動揺し辺りを見渡しながら、ようやく自分に視線が集まっているのを自覚出来たフブキ。
「ええ。あの時にも言ってましたが、フブキ様はいずれシラヌヒに帰還すると思っていましたので」
イズミの言う「あの時」とは、フブキとの約束を指しているのだろう。
確かに。アタシがフブキから「シラヌヒに連れて行って欲しい」という依頼を受けたのは、まさにイズミやナルザネと一緒にフルベの街を目指していた道中だったから。
負った深傷で意識を失っていたと思われていた彼だが。微かな意識の中、フブキの意思を聞いていたとしても、何ら不思議ではない。
「生命を救って貰った恩義を返すには、と。私はジャトラの専横な振る舞いを快く思わない領主らに声を掛けて回っていたのです」
「それで……この援軍が……」
フルベに到着したナルザネ一行は、フブキを見逃がした事がジャトラに知れれば厳しい処罰が待っているだろうと見越し。
何処かへと姿を消したと思っていたが。
まさか。アタシらがフルベの街でシラヌヒ突入の準備を整えていたその裏で、叛旗を翻すための交渉をしていたとは。
イズミの説明を聞き、フブキは納得していたようだが。
アタシは一つ、腑に落ちないことがある。
ナルザネもイズミも、元はフブキを幽閉しようとしていた黒幕の配下だった筈だ。それが、突如として陣営を変えたとしても、反乱を蜂起する交渉に乗る程の信用に足るとは、とても思えない。
「ですが……実を言えば、恥を晒すようですが。私や父ナルザネの言葉だけでは、四つの都市の領主の重い腰を動かすのは無理だったでしょう」
「だよねぇ、それで? じゃあどうやって──」
「アズリア殿のお仲間の力と、その成果を無断ながらお借りしました」
「……は?」
どうやらアタシの疑問は当たっていたらしく、こちらが問い掛ける前に。イズミが先手を打って説明を始めてくれる……のだが。
イズミの口から出た言葉に、アタシは驚きの声を上げてしまう。
「い、いや、仲間ってさ……誰のコトだいッ?」
仲間の力を借りた、というイズミだったが。この国に単身で乗り込んだアタシには、「仲間」という言葉に当て嵌まるような人物は数える程だ。
モリサカ、チドリ、ウコン、カナンなど……世話になった人物を頭に浮かべるも。
その全員が、果たして他の都市の領主を動かし、強引に立場を奪ったとはいえ今の当主に歯向かう程の影響力がある人物とは到底思えなかった。
アタシは少しばかり声を荒げて、イズミに力を貸した人物が一体誰なのかを聞き出すと。
「はい。今、フルベ領主のソウエン様に治癒術師のウコン様の連名で手紙を書いていただき、四つの領主を説得する材料に」
素知らぬ顔で答えるイズミの内容に、アタシは開いた口が塞がらなかった。それ程に、用意周到な手段と内容に、である。
まず、ソウエンは確か……黒幕が強引に交代させる前のフルベ領主だった人物だ。
彼の素性をアタシは知らないが、という事は。他の都市の領主とも、懇意の関係だったのかもしれない。
さらにアタシの負傷を治療してくれたウコン爺だが。フブキから聞いた話では、過去にはカガリ家直属の優れた治癒術師だったらしく。
四つの都市の領主は、前領主……つまりフブキの父親から仕えていた武侠の一族とも、先程フブキから聞いたばかりだ。ならば、ウコン爺に治療され、世話になった恩義もあるのかもしれない。
「そして。急いで四つの都市を回るため、モリサカ殿の力をお借りしました」
「モリサカの……ッて。それって、竜の翼を生やして、空を飛んで回っていったってコトかいッ?」
アタシの問いに、イズミは無言のまま首を縦に振り、肯定する仕草を見せる。
ハクタク村出身の若者のモリサカだが。実は大陸でも指で数える程しか使い手のいない、稀少な竜属性の魔法を使える人間であった。
ハクタク村で初めて魔竜の首と対決した際にも、竜の翼を生やしたモリサカの炎の吐息で援護をしてくれ。
戦闘階級の武侠ではないにもかかわらず。竜属性の魔法を駆使してアタシらと何度も共闘してくれたが。
出発の直前になり、街の革職人カナンと恋仲なのにアタシは気付き。
さらに危険が想定される本拠地突入にまでは同行させられない、と。アタシはフルベに置いていく決断をしたのだったが。
「呆れたねぇ……竜属性の魔法をさ、伝令馬の代わりに使うだなんて、贅沢にも程があるよ……」
まさかフルベの街でカナンと仲睦まじい生活を、と思っていた彼が。竜の翼を使って、四つの都市を回る役割を果たしていようとは。
それにアタシが「贅沢」などと口にしたのにも理由がある。
実はモリサカにも話してはいないが。
竜属性の魔法の使い手が稀少なのは、竜属性の魔法は活用法を一つ誤れば、世界に脅威となり得る危険を秘めているからだ。
モリサカはまだ身体の一部を竜属の部位に変換する程度だが。竜属性の魔法を極めた場合、自らを竜属に変貌させ、他の竜属を従属させる事も可能になるという。
実際に、太古の昔には竜属性の魔法を駆使する魔術師の集団が一国家と諍いを起こし、国を滅ぼしたとされる文献も残っているくらいだ。
しかも彼は、ナルザネ一行との戦闘で内臓にまで及ぶ深傷を負わされていた筈だ。
「それに、モリサカはアンタらに恨みこそあれ、頼み事を聞くような関係じゃなかった……とアタシは思うんだけどねぇ」
だが実際に、四つの都市からの援軍がシラヌヒに到着した、という事は。モリサカはイズミらの提案を了承し、四つの都市を回ったという何よりの証拠である。
どのような経緯があって、イズミがモリサカの首を縦に振らせたのか。アタシはその一点に興味をそそられた……が。
「いや? 必ずやアズリア殿の力になる、と説明をしたら、モリサカ殿は渋る様子もなく即座に引き請けてくれたぞ?」
「へ、へえ……そうかい、そうかい……ふぅん」
その言葉にアタシは思わず肩透かしを食らう。
そう言えば、最初の出会いの時も。明らかにこの国の人間の格好をしていないアタシに、何の警戒もなく声を掛けてきたのはモリサカだった。
モリサカがあまり疑いを持たない、優しい性格なのは、フルベの街までの道中でも知る事が出来たが。
出来れば、モリサカにはもう少し「人を疑う」という事を覚えておいてもらいたい……と、この時は本心から思った。




