111話 アズリア、戦況は優勢に傾いていき
こちらへと突撃してきた馬上の武侠は、両手に持つ長槍を頭上へと大きく振り上げながら。
「このフブキ様の偽者めえっ! 貴様さえ……貴様がこんな化け物を連れてこなければっっ‼︎」
聞くに耐えない暴言を、フブキへと向けて吐き出していく。
アタシを「化け物」と評した事については、まあ……不問にしてやるとしても、だ。黒幕に騙されて本物のフブキを偽者呼ばわりし、アタシらの前に立ち塞がって刃を向けた罪は不問には決して出来ない。
連中が犯した罪は己れの生命で償わせる。そのため、アタシは握っていた大剣の柄に力を込める──のだが。
「はい、それまで──な」
騎兵が攻撃範囲に入るのを待ち構えていたアタシの背後から、突然の爆音。
その直後、目の前に迫る騎兵の兜に大きな孔が穿たれ。頭が、高い場所から落とした水瓜のように砕け、四散する。
操り手がいなくなった馬は、アタシが発する殺気を察知したのかこちらを大きく逸れ。背に乗っていた騎兵だったものを地面へと落とし、何処かに走り去ってしまう。
「あ、アンタ……ねぇ……ッ」
振り返ると、真っ直ぐ伸ばした腕に単発銃を握り、得意げな笑みを浮かべるヘイゼルの姿が。
「はん。危ないとこだったんじゃないか?」
というような台詞を口にしたヘイゼルかもしれないが。
今のアタシの両耳は、まだ単発銃が小さな鉄球を発射する時に使われる火薬の爆発音が響いており。ヘイゼルの言葉をほとんど聞き取れていなかったりする。
「……ッ、まだ耳の奥がきぃぃぃんとしてるよ……」
見れば、ヘイゼルの後ろに引いていたフブキは。彼女が単発銃を撃つのに気付いたのか、爆発音に備えて両手で耳を塞いでいた。
アタシがまだ爆音で麻痺した耳に触ろうとした途端、指先にヌルッとした感触が伝わる。
「何だこりゃ……ッて、血?」
指に感じた妙な感触の正体を、早速アタシは確認すると。指先にはべっとりと真っ赤な血が付着していたのだ。
門を警護する武侠を散々、巨大剣で斬り裂き胴や首を両断してきたのもあり。アタシの身体は連中の返り血を浴びていた。最初はそんな返り血なのかとばかり思っていたが。
「ちょ、ちょっとアズリアっ……額が切れてるじゃないっ?」
「……あン?」
血を拭った指先をまじまじと見ていたアタシに、フブキが慌てた様子で馬を降りて駆け寄ってくると。
「──毘沙那、お願い」
何を言っているのかはまだ耳が響いていて聞き取れなかったが。アタシの側頭部に手を当てて、目を閉じて何かしらの魔法を使い始める。
すると先程、槍先が髪を数本切り裂いていった側頭部に帯びていた熱が、すぅぅっと引いていくのを感じる。
「そっか……あの時、頭も切られてたッてえワケかい……ふう、アタシもまだまだ未熟だねぇ」
フブキの慌てる様と、徐々に引いていく額の熱。そして指先に付着した血から、おそらく槍の刃は髪だけでなく、額の横も切り裂いていたのだ、と。
という事は、フブキが使った魔法は軽い傷を癒すための「小治癒」というところか。
「さて、と。戦況はどうなってるかねぇ……」
傷口の熱が引くとともに、先程まで戦闘に次ぐ戦闘で高揚していた精神が徐々に冷静になっていく。そんな冷静な目でアタシは、一の門を警護する武侠らとの戦況を確認していくと。
◇
一の門の前では。
「槍持ちを前に出せ! 少しでも騎馬の突撃を食い止めろ! その間にもう一度隊列を立て直す!」
門を警護していた武侠は、最初の騎馬隊の突撃で三〇名ほどが犠牲になったものの。槍を装備した武侠を前面に立たせることで何とか騎兵の突進に対抗していたが。
「くそっ、コウガシャめ! 機を見て裏切るとは……武侠の風上にも置けん輩めっっ‼︎」
「残るこちらの人数、およそ八〇!」
「何だとお? 二〇〇名以上いたのに、この僅かな間に半数以上も倒れたというのか?」
「……ぐ、ぬぬぬぬ」
最初にアタシとユーノが敵陣の真っ只中に突入し。縦横無尽に迫ってきた大勢の武侠を、特にユーノが最後列に待機していた弓兵を残らず薙ぎ倒したことで役割分担が崩壊していたところに。
騎馬隊の突撃で完全に前線が崩壊してしまい、警護の武侠らは大混乱に陥っていた。
しかも、である。
「ボクをわすれちゃこまるよっっ!」
弓兵を壊滅させたユーノはまだ、警護をする八〇名の武侠らの真っ只中に残っていたのだから。
幼い伏兵は、両腕に装着した巨大な籠手をぶんぶんと振り回しながら。不利な状況なれど、まだ数的には優勢であることを活かし、何とか戦況を好転させようとしていた武侠らを。
彼らの希望ごと、容赦なく吹き飛ばしていく。
「いっくよおお──黒鉄の礫っ、みだれうちだよおっっ!」
武侠の一人の身体を、放った鉄拳によって空高く浮かせていった後。
握り込んでいた鉄拳を開くと、前方へと向けられた籠手の指一本一本が飛礫となって撃ち出され。
ユーノとの近接戦闘を避けるように距離を空けていた武侠を数人、飛礫となった指が目標として捉え。
「……が、はっ⁉︎」「ぐあああああああっ!」
黒鉄の飛礫が頭を直撃し、或いは腹に深く減り込む。
命中した箇所は、鉄製の兜や鎧をベコリと変形し。当然、装甲の下にある身体も無事では済まず、命中した箇所の骨を粉砕し、複数人の武侠を戦闘不能に追い込んでいき。
ユーノが動き出してからほんの僅かな間に、倒された武侠の数は十数名。
「……っっ‼︎」
あの小さな化け物を、今の戦力だけで阻止するのは不可能と判断した武侠らは。援護に駆け付けてきた騎馬隊の合流を最後の希望として、視線を向けるも。
シラヌヒからの援軍であった騎馬隊は、アタシとの交戦でその数を僅か数騎に減らされてしまい。
しかも今は「リュウアン」を名乗った別の騎馬隊に包囲され、門の警護の援護になど到底辿り着けはしない状況であった。
◇
「どうやら、勝敗は決したみたいだねぇ」
城下街から第二の援軍が到着した時は、消耗戦を覚悟したアタシだったが。
まさかこの機に、強引な手法でカガリ家当主の座を強奪したジャトラへと叛旗を翻し、アタシらと共闘する勢力が現れるとは。
「……でも、さすがに状況が噛み合いすぎちゃいないかい?」
フルベの街にも、ジャトラの圧政を嫌い、反抗する勢力は確かにあった。
領主リィエンを打倒した後、迅速に街の統治や人事を整えることが出来たのは、彼らジャトラに反対する勢力があったからだ。
だが今回、本拠地に潜入した話はフルベの時とは事情が違ってくる。第一、アタシらは秘密の抜け道で極秘裏にこの場にやってきた。
つまり、戦場に現れた連中に知られていては困るのだ。
「それについては……不肖、私めに説明させて下さい、アズリア殿」
すると、後から現れたこちらの味方をしている騎馬隊の中から一騎、アタシらの元へと馬の歩を進めてきていた。
敵意がない、という証明なのか。馬上の武侠は両手を頭の上に掲げ、武器を持っていないと主張していた。
「ん?……あれ、アンタの顔、見覚えがある……よ。けど──」
よく見ると、兜から覗かせた歳若き武侠の顔は。アタシの記憶の中にある顔付きをしていた。
だが、今までアタシが遭遇した武侠は、大概が敵対する勢力であり。見覚えがあり、かつ今もなお生きている武侠には心当たりがまるでない事に。
アタシは困惑を隠し切れなかったのだが。




