109話 アズリア、思わぬ増援の出現
まだ距離を置き、突撃の機会を窺っていた騎馬隊の武侠らは。先程まで防御に専念していたアタシに、一撃で馬ごと斬り伏せられた仲間の騎兵の死に様を見て。
「ば、馬鹿なっ……あの、ササキ殿がっ?」
「な、何が起きたっ、相手はただの歩兵ぞ!」
ほぼ全員が「信じられない」という顔を浮かべながらも。
三騎ほどが、仲間が倒されたことに激昂して馬の腹を蹴り。アタシに向かってバラバラに突進してくる。
「よくも……よくもササキ殿をっっ!」
アタシは顔を動かさず、目線のみを左右に動かして、三騎の位置と距離をそれぞれ把握する。
平地にて「騎兵に囲まれる」という状況は、通常ならば絶対的な危機を意味する。
身を隠す地形のない場所で、馬の機動力を使われ。縦横無尽に攻め立てられれば、逃げ回るのにもいずれ限界が来て、騎兵の槍なり剣なりの餌食になるのは時間の問題だからだ。
だが……それは。歩兵が騎馬兵に対して、何の対抗手段がない場合のみに限られた話だ。
「ははッ、息が合ってたのは最初の突撃だけ。どうやら……アタシの読みは当たったみたいだねぇ」
最初に十騎以上の突撃を一斉に喰らった時には、正直アタシも防御に専念するしかなかった。
二撃目も三撃目も、騎馬隊の波状攻撃が続くならば。一度は断ったユーノの援護、もしくは後方に待機していたヘイゼルの手も借りるしかないと考えもした。
しかし、「ササキ」と呼ばれた武侠が突出し、単騎で二撃目を仕掛けてきた時点で。
アタシにも勝機が十分に見えてきたのだ。
まずは右側から迫る、顔を真っ赤にした騎兵だ。
最初こそ三騎同時に、と思った突撃だったが。よく観察すると右側から迫る一騎だけが、他の二騎と足並みが揃っておらず。
先程の「ササキ」という武侠と同様、一騎だけが突出していた。
「次こそはっっ! この儂の槍で仕留めてやるわぁっっ‼︎」
仲間を倒された怒りからか、名乗りを挙げもせずに長槍を両手で巧みに操る。
よく見ると、先程の武侠が扱っていた長槍とは先端の槍先の形状が微妙に違う。
「ありゃあ……槍じゃないね、長鉾ってヤツかい」
長鉾は槍と同じ形状ではあるものの。違うのは刺し貫くため鋭く尖った槍先ではなく、剣の刃が取り付けられており。振り回し、剣刃で斬り裂くための武器である。
に、しても。アタシの知っている長鉾とは少しばかり形状が違い。剣刃の部分がより長い形状となっているのは。きっと曲刀と同じく、この国独自の武器なのだろう。
武器の形状こそ興味はあったものの、今は好奇心を優先する場面ではない。
武器への興味を一旦捨てるために、アタシは自分の頬を二、三度ほど軽く叩くと。
先程は、迎撃にと自分から地面を蹴って突進したアタシだったが。
今度は、相手の長鉾の攻撃範囲に入るまで、その場に立ち尽くした状態で。単騎で突出した騎兵を迎え撃つ。
「槍に興味はあっても、アンタにゃ興味がないんだよ──ねぇ!」
「……抜かした事を言うなっ女あああっ!」
互いに一言ずつ言葉を交わしながら。振り回して威力をいや増した長鉾の頭上よりの一撃と、対抗するアタシが高速で巨大剣を振るう剣閃が激突し、火花を散らす。
互いに振るった一撃は互いの攻撃を弾いた……そう認識したのか、すれ違い様にアタシと馬上の武侠は笑顔を浮かべるが。
「──み……見事……」
直後、武侠の口からつぅ……と血が漏れた途端。
武侠の武器である長鉾が、握っていた手首ごと地面に転がり落ち。胸板を真横にぱっくりと斬り裂いた傷と切断された手首から、血が盛大に噴き出しながら。
白眼を剥いた武侠の身体が傾き、馬上から落ちていく。
「さて、と……お次はどっちが相手だい?」
アタシは倒した武侠から興味と視線を外し、遅れて突撃を開始していた残りの二騎へと視線を移す。
今までの二騎とは違い、どうやら迫る二騎は互いに連携してアタシを追い詰めようと。二騎が前後に並び、速度を揃えて連続攻撃を仕掛ける算段のようだ。
「単騎では勝てぬのならばっ!」
「二人掛かりで攻めるのみっ!」
最初の波状攻撃でアタシが守勢に回ったのを見て、突撃が有効な攻撃手段であるという考察は捨てられなかったのだろう。
足並みだけではなく、言葉まで揃えてアタシへと迫り連続攻撃を繰り出そうとした二騎だったが。
「……甘い、ねぇ──ッ!」
アタシは、右眼の「筋力増強」の魔術文字の効果を腕から両脚へと巡らせ。身体を低く屈め、地面を強く蹴ると。
一瞬ではあるものの、疾る馬を超える速度で。アタシは今立っていた位置から移動する。
「な……何っ?」「き、消えた、だとお!」
前後に並んでの二連続攻撃が成立するのは、アタシがこの場から動かない、もしくは動けない場合にのみ限定されているということを。
騎兵らの頭からすっかり抜け落ちていたのだ。
攻撃目標が直前に、しかも高速で移動した事で。目の前からアタシが突然消えたような錯覚を覚え。
移動で地面を蹴った瞬間、足元の大地が盛大に爆ぜたのが目眩しにもなり。
完全に二人の視界から喪失したアタシの姿を、今一度捉えようと。慌てて周囲を見渡す二人の武侠は、困惑したまま馬の脚を緩めてしまう。
騎兵の動きがこちらを警戒して止まり。
アタシは高速で移動し、真横へと回り込む。
すっかり互いの立場が入れ替わってしまった状況を、ようやく二騎の武侠が地面を高速で駆けるアタシの姿を目視した途端。
「「う……うおおおおおおっっっ⁉︎」」
驚きと恐怖で絶叫し、武器を構えることすら忘れて身体を硬直させた二人と二頭へと。
真横から迫っていたアタシ。
一切の容赦も慈悲もなく。剣を握った両の腕力に加え、高速で迫る速度を肩に担いだ大剣に乗せ。
周囲の空気を震わせながら、渾身の一撃を斜めに振り下ろした。
アタシの大剣の刃は、一人目の武侠の頭を叩き割り両断し。そのまま金属鎧を着た胸と腕を斜めに斬り割いて突き抜けていくと。
勢いが落ちない剣は、隣接していた二人目の腕を斬り落として腹へと喰い込み。胴体を上下に両断して……ようやく止まる。
「あ……あっという間に、四人も……」
「……な、何という豪剣だ……っ」
先行して突撃を仕掛けた四騎が、立て続けに倒されるのを見ていた騎兵らがボソリと呟くと。
まだ半数以上も残った騎馬隊だが、アタシへの攻撃する意志がすっかり喪失したのか。さらにこちらとの距離を空けていくのだが。
その内の一人、一番シラヌヒの城下街に近い位置に陣取っていた騎兵が大声を発する。
「お、おっ!……ま、街から再び援軍が来たぞ!」
さらなる援軍が到着した、という報告に。残った騎馬隊も、門の警護の武侠らの目には希望の光が灯り。武侠らの一部からは歓声まで上がる始末だ。
「じょ……冗談、だろ……ッ?」
これまでにアタシらは数多くの武侠らと交戦し、次々に斬り倒し。或いはユーノがその拳で殴り倒していったが。
城下街からの援軍はこれで二度目となる。同じ程度の数であれば、アタシが遅れを取るということはないだろうが。これで城下街に待機している戦力が尽きた、という保証はどこにもなかったりする。
しかも、である。これ以上、一の門で足止めを受け続ければ。さらに二の門・三の門を守る戦力まで援軍に投入される可能性だってある。




